第54話 神の気まぐれ
「そのベルトのことで、ちょっと話があるみたいだ。会議室まで来てくれないか?」
「いいわよ。……何か大変なことでもあったの? あのベルトには、元々の効果はついてないって話だったけど」
声をひそめるアマンダさんに、アルにーさまは「悪い話じゃないんだけどね」と肩をすくめる。
「ただちょっと、あんまり人の多いところでは……ね」
「分かったわ。もう食べ終わったし、行きましょう」
他にも用事があって忙しいというアルにーさまと分かれて、アマンダさんと二人で向かったのは、会議室と呼ばれる少し広いお部屋だ。レオンさんの執務室の隣にあって、中央には会議をしやすいように、アンティークな雰囲気の丸いテーブルが置かれている。
そこにはもうゲオルグさんが待っていて、私の肉球ベルトがテーブルの上に置かれていた。
「わざわざ呼び立ててすまない」
「いいのよ。私はいつだってあなたに会いたいもの」
「アマンダ……」
困ったように眉を下げるゲオルグさんを見て、アマンダさんは軽くため息をつく。
「大丈夫。ゲオルグにそんな気はないってこと、ちゃんと分かってるから。でもいつか振り向かせてみせるわ!」
「……君は、変わらないな」
ええっと……。
二人とも、私がここにいるって分かってるのかなぁ。
なんだかすっごく雰囲気が良いんですけど。これじゃ私、まるでお邪魔虫みたいじゃない?
……本当にこの二人って恋人同士じゃないの?
「それで、アルゴからベルトの件で呼んでるって聞いたんだけど、何かあったの?」
「ああ。このベルトに何をつけようかと少し悩んだが、物理防御と魔法防御はユーリちゃんの魔法でカバーできるから、それ以外がいいかなと思ってな。魔法職であれば『素早さ』の効果をつけるといいんじゃないかと思ってつけたんだが」
ほ~。ゲオルグさんってアマンダさんには、こんな喋り方をするんだ。ちょっとぶっきらぼうな感じだけど、これが素なのかなぁ。
「『素早さ』でいいんじゃない? 何が問題なの?」
そういえばエリュシアオンラインにはゲオルグさんみたいな付与術師はいなかったんだよね。ただ、装備に特別な効果がついていることはあったけども。
たとえばレアモンスターの『暗黒卿』って呼ばれる魔物から稀にドロップする『暗黒の鎧』は、物理防御が上がる代わりに炎の攻撃に弱くなるっていう特徴があった。
他にもサブ職業で鍛冶屋を選んだ人が作る『ライトニングソード』はゾンビ系の魔物に強いとか。
『素早さ』が欲しい場合は、Lv.50から装備できる『はやての指輪』を装備するんだったかな。これもギャングスワローっていう、二匹とか三匹で徒党を組んで出てくる魔物を倒した後にたまに現れるボススワローっていう魔物から出るレアアイテムだったっけ。
ただでさえ中々出てこないボススワローの、更にレアドロップのアイテムだったけど、素早さが上がると攻撃する回数が増えるから皆でボススワローの出る狩場に通ったなぁ。
「素早さをつけたはずだったのに、違う効果がついた」
「――それって、もしかして『神の気まぐれ』が起きたの!?」
「ああ」
「凄いじゃない、ゲオルグ!」
神の気まぐれ? それって、なんだろう。
首を傾げていると、アマンダさんが興奮して教えてくれた。
「『神の気まぐれ』っていうのは、魔法付与の魔法陣を入れた時に最後に光って特別な効果がつくことを言うのよ」
「特別な効果ですか?」
「ええ。弱い魔物がよけていく効果とか、ダンジョンで良いアイテムを拾いやすくなるとか」
それってエリュシアオンラインにもあったかも。ごく稀に、製作した装備に『魔物よけ』とか『レアドロップ率1.2倍』とかつくことがあるの。
プレイヤーが自作したものを売る『モール』にそんな装備が出品されたら、『魔物よけ』はともかく、レアドロップの効果がある装備はとんでもない高値で売られていた。
も、もしや、この肉球ベルトにレアドロップの効果がついちゃった!?
「それで、どんな効果がついたの?」
私もアマンダさんと一緒にドキドキしながらゲオルグさんの返事を待つ。
も……もしかしてゲームでは高くて買えなかった、憧れのレアドロップ装備をゲットできちゃうの!?
「『幸運』がついた」
んん? 幸運?
「凄いじゃない!」
う~ん。凄いの?
「ああ。俺もまだ一度しかつけたことがなかったから、驚いた」
「『幸運』ってどんな効果があるんですか?」
レアドロップ率よりいいのかなと思って聞いてみる。
えーん。夢のレアドロップさーん。
夢のまま、終わっちゃったよ~。
しくしく。
「とにかく運が良くなるらしい」
……それって、そのまんまですよ。もうちょっと具体的にお願いします!
「その、以前つけた装備はゲオルグが持ってるの?」
「いや。団長に頼まれてつけたものに偶然ついたから、そのままお渡しした」
「それじゃあ、団長の運が良くなったかどうかなんて分からないんじゃない? そもそも団長って、強運の持ち主だもの。なんといっても英雄だし」
確かに、英雄って元から凄い運命を持っていそう。だから何か良いことがあっても、それが付与されたものかどうかは分からないかも。
「そうなんだが、団長が効果があったぞと言っていたので、おそらく何らかの効果はあったんだろう。いずれにせよ、それが『幸運』であれ、『物理防御』であれ、団長の助けになったのなら、付与師としてこれ以上の喜びはないさ」
「もうっ。それだけの腕があるんだから、もっと自慢してちょうだい! そしてもっと他のことに喜びを感じて欲しいわ」
「アマンダさんとデートとか?」
ついつい口をはさむと、アマンダさんは「そうそう」と頷いて、ハッと我にかえった。
「ユーリちゃん、何てこと言うのー!」
真っ赤になったアマンダさんを見るゲオルグさんは、凄く優しい目をしていた。




