第23話 野営設営はバッチリです
次の日。
魔の森への探索が始まる日は、お天気に恵まれました。アレス王国は一年中温暖な気候で、雨は適度にしっとりと降る程度みたいです。傘とか必要ないって事かな。
飲み水とか畑の水はどうするのかなと思ったら、霊峰メテオラから流れるいくつもの川と地下水を利用しているんだって。
そういえばイゼル砦の近くにも川があったなぁ。飲み水は井戸から引いてたけど。
そしてその川に沿って、魔の森への探索をするみたいです。確かにそれなら迷わなくていいもんね。
魔物の探索は、気配探知のスキルを持ってる騎士さんがやるんだって。
気配探知かぁ。いいなぁ。
多分、気配探知って狩人の持ってたスキルだと思うんだけど、私は狩人の職に就いたことがないから覚えられないんだよね。でもこの世界の人は、騎士であっても気配探知のスキルを覚えられるみたい。
そうやって自分に必要なスキルをどんどん覚えて、強くなっていくって感じなのかも。
私はLVアップでしか新しい魔法を覚えられないけど、賢者の新しい魔法って何があるんだろう?
ま……まあ、それ以前にもっとLV上げないとダメだけど。
「そういや嬢ちゃん、魔法の腕が上がったんだって?」
「上がったっていうか……ウィンド・アローなら、対象だけにダメージ与えられるようになりましたよ」
「へぇ。実戦で使えそうかい?」
「やってみないと分からないけど、多分……」
ちなみに現在、私はフランクさんの左の肩の上に乗ってます。
なんでこうなったのか、私にもよく分かりません……
私は、てっきり魔の森へは馬に乗って入ると思ってたんだけど、徒歩なんだそうです。まあ、よく考えたら木とか蔦とかたくさんあるから、馬になんて乗ってられないですよね。顔に枝パンチされちゃいそう。
でも徒歩だとどうしても8歳児の足だと遅れちゃうし、どうしようかと思ってたら、フランクさんにひょいと肩に担がれました。
鍛錬にちょうどいいから、ついでに運んでくれるそうです。
フランクさん……神官さんですよね……?
鍛錬とか必要なのかな……
「まあ、魔法はいざって時のために取っておきな。基本は回復だけしてくれりゃいい。こいつらなんて、戦闘が終わってからゆっくり回復すりゃいいしな。ガハハハハ」
豪快に笑うと揺れます~。バランスが崩れて危ないです。
一応、しっかりフランクさんが左手で私の体を支えてくれてますが、それでも油断すると落っこちそうで怖いです。
「安心しな。うちの砦の騎士がいりゃぁ、そこらの魔物なんざ敵じゃねぇよ」
「だったら、私、いなくても良かったような……」
それだけ強いっていうなら、どう考えてもオマケにしか思えません。
「まあなぁ。でも砦に一人で残ってたら、魔物よりもっと危ないのが来るかもしれねぇしなぁ」
「なんですか、それ?」
「大人の事情ってヤツだよ。まっ、気にすんな」
フランクさんが右手で私の髪の毛を乱暴にかきまぜます。
うきゃぁ。髪の毛がぐしゃぐしゃになります。
「色々考えても仕方ねぇしな。物事ってのは、なるようにしかならんもんだ。とりあえず前見て歩いてりゃ、どうにかなるって事さ」
む~ん。そういうものなんだろうか……
首を傾げていると、フランクさんが立ち止まりました。周りを見回すと、騎士さんたちも持っていた袋を降ろしています。
「今日はここで野営だな。嬢ちゃん、下ろすぞ」
「はい」
川から少し離れたところで、イゼル砦の魔法使いさんたちが三人ほど集まっていました。その中にはセリーナさんもいて、森の方を向いて何やら詠唱しています。
「空を駆け抜ける大いなる風よ、鋭い矢となり、目の前の敵を刻みたまえ。ウィンド・アロー!」
三人が呪文を詠唱すると、鋭い風の刃が、魔の森の木を根元から綺麗に切り倒していきます。そのなぎ倒した木を騎士さんたちが運んでいって、あっという間に川のそばにある程度の広さのある野営地ができました。
そしてなぎ倒した木を前に、何やらアマンダさんが手招きをしています。
これは、もしや……
「ユーリちゃん、ほら。練習の成果を皆にも見せてあげましょ」
やっぱり、そうきましたかー!
お昼ごはんの時間になるまで、私のお仕事は薪作りでした……。
砦から持ってきたパンを食べ終わると、レオンさんが立ち上がって指示を出し始めました。
「これより魔の森の探索を行う。各班、魔物を発見したら速やかに倒すように。倒せないほどの群れや変異種がいた場合は、無理をせずに必ず応援を呼べ。アルゴ班はここで待機して各班への伝達を頼む。では行くぞ!」
レオンさんは十人ほどの騎士を連れて森へと入って行きました。フランクさんやアマンダさんもそれぞれ班を率いて森へと入っていきます。セリーナさんも数人の魔法使いや騎士と共に探索へ向かいました。
残ったのは私とアルゴさんとゲオルグさんと、五人ほどの騎士さんたちです。
「さて。僕たちは野営の準備でもしようか。あ、ユーリちゃんは薪をこっちに持ってきておいてね」
アルゴさんが、持ってきた荷物から大きな布のような物を出しました。それから適当な長さの切り倒した木を持ってきて、いくつかテントのような物を作っていきます。
その合間に、瑠璃色の小鳥がアルゴさんの元へとやってきて、くちばしに挟んだ小さな紙を渡してはまた飛んでいきます。
「アルゴさん、それは何ですか?」
「ああ、ユーリちゃんは知らないかな?魔鳥と言ってね、ドワーフ族の作る、魔石でできた小鳥なんだよ。こうやって離れた所に情報を伝えてくれるんだ」
へぇ。確かにドワーフさんたちって細工が得意みたいだけど、あんな小鳥も作ってるんだ。
「なるほど。そうやってアルゴさんはその報告を集めてるんですね?」
「そうだね。まだ魔の氾濫は始まったばかりだから、そんなに魔物も多くはないと思うけど。それでも特定の魔物が多ければ、どの種族の王が生まれるか分かるからね」
「分かるんですか?!」
「うん。そうだね。王が生まれる前に、その種族の魔物が一番増えるから。そうして王になる魔物の種類が分かれば、その対策も早くできるだろう?今頃他の国でも、魔の森の探索をしてると思うよ」
そっかぁ。だからこうやって魔の森の探索に来てるんだ。
「あ、じゃあ八年前もアンデッドが増えたんですか?」
「そうだけど、アンデッドは基本的に魔皇国の近くにしかいないんだ。だからアレス王国の方に襲ってくるまで、そこまで増えていたのに誰も気がつかなかったんだよね。それにアンデッド・キングなんて滅多に生まれないしね」
ああ、だから対策も遅れちゃったのか……
今回は早く魔物の王の種類が分かればいいけど……
そんな事を考えている間に、テントのような物がたくさんできました。しかも囲炉裏のような物まで作っています。
す……凄い。仕事が早い。
「このテントはね。魔物除けの魔法陣が組んであるんだよ。だから野営地にいれば魔物に襲われる心配はないんだ」
「それは安心ですね」
エリュシアオンラインでも、テントを買って使うとフィールドでHPとMPが完全回復したけど、こういう理由だったんだ。なるほど~。
「今のうちに水を運んでおくかな。ユーリちゃん、一応水にキュアかけてくれる?」
おお!解毒とかの魔法のキュアって、そんな使い方があるんですね。これなら生水飲んでもお腹壊さないですね!
私はアルゴさんとかゲオルグさんが運んでくる鍋に入った水に、どんどんキュアをかけていった。
今日はまだウィンド・アローしかかけてないから、MPにも十分余裕があるもんね。
それにしても、今日の私は、野営のお手伝いしかしてないような……?
魔法もそれにしか使ってないような……?
あれれ???
でも皆さんのお役に立てるんだからいいよね!魔物を倒すのも大切だけど、寝る場所の確保も大切よね!
そうやって調子に乗ってキュアをかけていたから、いきなりゲオルグさんに声をかけられた時に、思わずびっくりして飛び上がってしまった。
あ……キュアが森の奥の方へ飛んでった。ど、どうしよう!
でも……キュアだから、平気、かな……?平気だよね?
「キュアだから大丈夫だよ」
おろおろしている私を見かねて、ゲオルグさんがそう言ってくれた。見かけは熊みたいだけど、目元が凄く優しい。それになんだかとっても優くて安心できる声の人だ。やっぱりアマンダさんの好きな人だし、きっと凄~くいい人なんだね。
えへへっ、と笑うと、ゲオルグさんの目が更に優しくなった。
「もうこれで終わりだから。ユーリちゃん、疲れてないかい?」
「大丈夫です!皆さんのほうがお疲れじゃないですか?」
「普段、鍛錬しているからね。大丈夫だよ」
確かに……一見、細身のアルゴさんもそんなに疲れた様子を見せていなかった。騎士さんたちって、やっぱり普段から鍛えてるから、体力があるんだなぁ。
セリーナさんたち魔法使いさんも鍛錬してるのかな?あ、でも疲労回復の魔法陣とかあれば、それを服につけてそう。
そう考えると魔法陣って便利なんだなぁ。どうやって作ってるんだろう?
ゲオルグさん、今度教えてくれないかな。
その時。
突然、私の背後からグルルルルという唸り声が聞こえてきた。
えっ?!
「危ないっ」
振り向いた私に飛び掛かってくる黒い影。
え、どうして?ここは魔物除けの魔法陣が効いてるんじゃないの?!
視界の端に、ゲオルグさんが剣を抜くのが見える。でもそれよりも黒い影の方が早い。
「ユーリちゃん!!!!!!」
アルゴさんの声も聞こえる。
「えっ?」
その黒い影は、私にぶつかる寸前、くるっと一回転して、足元へと降りた。
そして……
「にゃぁぁぁぁん」
「にゃ?にゃあ??????」
足元を見るとそこには、真っ黒な子猫がいて私の足にスリスリしていた。
「え?ね……ねこ……?」
なんでこんな所に子猫がいるの?!




