第20話 変異種
残された私はへにゃへにゃと崩れ落ちそうになり、アルゴさんに支えらる。
「ユーリちゃん、大丈夫かい?!」
「あ……あんまり大丈夫じゃない、です……」
攻撃魔法どころか、ヒールすらもしていないっていうのに、足がガクガクして立てない。
これが……戦い。
ゲームの狩りとは違う、これが本物の魔物との戦い。
頬をなぶる生暖かい風と、むせ返る血の匂いにめまいがする。
でも……と、ぎゅっと手の平を握る。
ここで、この世界でがんばるって決めたから。
必ず元の世界には帰るけど、それでも今私がいるのはここだから。
ここで、できる事をがんばろう。
「ちっちゃい子にはキツイわよね。でも、この世界では小さくても強くなければ生き残れないわ。ユーリちゃんも強くなるのよ」
赤い髪を風になびかせて、真紅の瞳でひたと私を見据えるアマンダさんは、まるで物語に出てくる戦乙女のようだった。油断なく構えたままの剣には、赤い炎が燃えている。
「でも……正直、泣いたり気絶したりするかと思ってたけど……がんばったわね」
「私……がんばってますか……?」
「ええ、とっても」
まだ手も足も震えてる。
だけど……
がんばってるのを認めてもらえて、そこは……嬉しいな。
身体強化呪文だけしか唱えられなくて、後はこうやって庇われるだけの私だけど、それでももっとがんばって、いつかみんなの力になりたい。
「アマンダ!後ろ!」
そんな風に思っていると、突然アルゴさんが叫んだ。
「はっ」
振り向きざまに、炎をまとった剣がいきなり襲ってきたワーウルフを斬る。そして返す剣でもう一度斬る。
村の奥から逃げてきたらしきワーウルフは、そのままドサリと倒れ伏した。
アルゴさんの背に庇われた私の頬に、返り血が飛ぶ。
ひっと息を飲んで固まっていると、倒れたワーウルフの向こうからグルルルルゥという唸り声が聞こえた。アルゴさんの体の陰からそっとのぞくと、そこにいたのは灰色じゃなくて、青みがかったワーウルフだった。
「ちっ。変異種か」
変異種?それって何?
こんなワーウルフ、見た事ないよ。
「アマンダいけるか?!」
「ええ。アルゴはそのままユーリちゃん守ってて!」
「おう!」
アルゴさんは私を背に庇ったまま、ジリジリと後ろに下がった。青いワーフルフは、一瞬だけこっちを見て、すぐに剣を構えるアマンダさんに視線を移す。
そして頭を低くすると、次の瞬間にはアマンダさんに飛び掛かった。
「!!!」
私は声にならない悲鳴を上げた。
アマンダさんは炎の剣で喉元に迫った青いワーウルフの牙をはねのける。でもすぐにその鋭い爪が、アマンダさんの左腕をえぐった。
ザクッ。
肉の切れる音。
それと同時に聞こえるアマンダさんの、くぐもった悲鳴。
「ユーリちゃん、ヒールを!」
そ……そうだ。ヒールすれば!
「ヒール……た……たい……しょうは、アマンダさん」
アルゴさんに言われて、震える唇で、ヒールを詠唱する。
銀の光が私の指先から、アマンダさんへと飛ぶ。
するとアマンダさんはすぐに態勢を整えて、再び剣を構えなおした。
怪我した左腕は……見る限り、破れた服からは肌色がのぞいている。回復……できたと思う。
アマンダさんは再び青いワーウルフと対峙した。
青いワーウルフも頭を下げたまま、視線をアマンダさんに向けたまま低く唸っている。
青いワーウルフの背中が盛り上がった。
そしてまた跳躍する。
アマンダさんは今度は剣を目の前に構えると、そのままその剣を向かってきたワーウルフの目に突き立てた。
ギャウゥゥゥゥゥゥゥ
青いワーウルフが断末魔の叫びを上げる。
ガリィッ、ガリッ
でもそれよりも、ワーウルフの爪がアマンダさんの肌をえぐる音の方が耳に響いた。
「ヒール、対象はアマンダさん!ヒール、対象はアマンダさん!」
ワーウルフの断末魔の叫びが、そしてその爪が肌を切り裂く音が聞こえなくなるまで、私は何度も何度もヒールを唱えた。
「ユーリちゃん、ユーリちゃん。もう大丈夫だから。もうヒールしなくて大丈夫だからね」
気がついたら、アマンダさんに抱きしめられて、背中を優しく撫でられていた。
「ア……アマンダさん……」
見上げたアマンダさんの体をぺたぺたと触る。
「痛い所はありませんか?どこか痛い所はありませんか?」
「大丈夫よ、ユーリちゃんが回復してくれたから。ありがとうね。でもちょっとヒールしすぎだわ。最後のほうは全回復してるところにヒールしてたわよ」
「アマンダさん、アマンダさん。うわぁぁぁぁん」
どこにも怪我をしていないのに安心したら、涙がボロボロとこぼれてきた。アルゴさんもがんばったね、って言って頭をなでてくれるから、余計に涙が止まらない。
「ユーリッ、大丈夫か?!」
村の探索を終えたレオンさんが戻ってきて、泣いている私に声をかけてくれた。その後ろには騎士さんたちも続いている。村人らしき人の姿は……ない。
「っ。変異種か、こっちに逃げていたとはな」
そしてすぐに倒れた青いワーウルフを見て、眉をしかめた。
「幸い、キングになるほどの強さじゃありませんでしたよ」
同じようにワーウルフに目を向けたアルゴさんが言う。
「キングが現れるのはまだ先だろう」
「どうですかねぇ……ゴブリンの出現も早かったし、変異種だって普通はこんなに早く森の外へは出てこないでしょう?早くても前兆から2週間ってとこだ」
「確かに異常な早さだな。……魔の森で何かが起こっているのか……?」
「それを調べる為にも、早急に魔の森へ探索に出る用意をしなきゃいけませんねぇ」
アルゴさんは腰に下げた袋から布を出すと、剣の血をぬぐってから鞘に納めた。
「準備に何日かかる?」
「せめて3日ですかね」
「できるだけ急いでくれ」
「了解しました。ところで村人は……?」
アルゴさんの問いに、レオンさんは首を振ることで答えた。
「まあ、変異種がいた時点で厳しいですしねぇ。むしろ一人だけでもよく逃げ延びたもんだ」
「そうだな。……ああ、ユーリとアマンダは他の女性騎士と一緒に砦に先に帰っていてくれ。私たちはまだ事後処理がある」
事後処理って……
ああ、亡くなった人を埋葬するのかな……
「分かりました。じゃあユーリちゃんは私の馬に一緒に乗って帰りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
そうして私の初めての砦の皆との魔物討伐は、こんな風に終わったのだった。




