第2話 この夢、絶対忘れたくない
灰色の道から立ち上がる土煙は、だんだんこっちへ近づいてきていた。
よく見ると馬に人が騎乗しているらしい。それも団体さんで。
じーっと見つめていると、その団体さんは一度立ち止まってからまた走り出した。そして私がいる丘の下までくると、こっちの方へ駆け上がってくる。
ん?こっちに来るの?
ぼけっとその団体さんが来るのを見ていると、彼らは私から少し離れたところで止まった。
「こんな所に子供が!?」
先頭の人が私を指さして言った。逆光で顔がよく見えないけど、テノールの凄くいい声。誰だっけなぁ。最近見たアニメの声優さんの声に似ている。
夢で見ちゃうくらいだから、実はあの声優さんの声が超好みだったのかな。アニメはイマイチおもしろくなかったけど。
「なぜこんな所にいる?親はどうした」
深みのある声の人に聞かれて、私は首を傾げた。なぜこんなとこにって言われても、夢だからとしか答えられないよね。
親なら家にいると思うけど、そう答えればいいんだろうか。
うーんと悩んでいると、声をかけてきた人が隣にいる人と何やら話し始める。
「自分の名前は言えるのか?」
何やら相談が終わった人に再び聞かれる。
「九条悠里です」
「クジョユーリか……名前だけではどこの者か分からぬな」
クジョユーリって……そんなの私だってどこの国の人か分かんないよ!
「クジョユーリじゃなくて、九条、悠里!」
「カメイモチか?!」
なにその、お餅?
「だがユーリというカメイに聞き覚えはないな。アルゴ、お前は?」
「いえ、僕もありません」
隣にいる人の声もいいなぁ。
やっぱり夢だから美声天国なのかなっ。ふふふ。
「悠里が名前ですよ。九条がえーと、ファミリーネームです」
「ふむ……だが聞いたことのない家名だな。しかし家名持ちの子供をこのままにしておく事もできまい」
ああ、カメイモチって家名を持ってるってことかあ。なんだ。てっきりおいしいお餅でもくれるのかと思った。
お餅といえば今宮神社のあぶり餅食べたいなぁ。きなこが絶品なんだよね。
「砦に連れて行くぞ。アルゴ、その子を私の前に乗せてくれ」
最初の美声さんが言うと、アルゴと呼ばれた人が馬を下りて私のとこまで来た。茶色の髪に優しそうな水色の瞳をした、なかなかの美形さんだ。
わぁ。目の保養。
うん。やっぱりねぇ。夢とはいえ、綺麗な顔の人を見るのって楽しいよね。
アルゴさんは「ちょっとごめんね」と言って、私を抱き上げた。
おお~。視界が高い!
キョロキョロしているとアルゴさんが眉をへにゃって感じで下げた。
「うっわ。この子、めっちゃ癒される……」
てへ。なんか褒められた。
嬉しくなった私は、ニコニコと愛想を振りまく。
それに益々アルゴさんは眉を下げた。
ニコニコニコニコ。
へにゃへにゃへにゃへにゃ。
永遠に続くかと思われたニコとへにゃの戦いは、美声さんによって終止符を打たれた。
「アルゴ、いい加減にしろ、その子をこっちへ寄こせ」
「うう……渡したくないなぁ。団長、大切に扱ってくださいね」
アルゴさんは渋々といった感じで私を美声さんに手渡した。
「うわ~ぁ」
アルゴさんに抱っこされた時も視界が高かったけど、やっぱり馬の上はもっと凄い!
そして近くで見た美声さんは、もっとびっくりの超絶美形さんでした。
ゆるくウェーブの入った黄金の髪。上質なエメラルドのような切れ長の緑の瞳。超絶美形なんだけど、女々しさはなくて男らしくて、気のせいか男の色気みたいなのが、むわ~っと漂ってくる感じの人でした。
年は二十代後半くらいなのかなぁ。西洋人の年齢って分かりづらいからハッキリとは言えないんだけど。
なんていうか……アニメとかの主人公がそのまんま現れました、って美形さんに、思わずぽかーんと見とれてしまった。
うん。この夢凄いなぁ。
起きても絶対、覚えてたい!
はい。現在私は、今まで見たこともない美形さんに馬に乗せてもらっています。
ちびっこ仕様なので、すっぽりと包みこまれる感じで安定しています。
一応、鞍みたいなのがついてて、私は手綱を取る腕にしがみついてます。結構鍛えてるのか、腕が太いです。
それにしても馬って結構揺れるなぁ……
ホント、この夢はリアルすぎる。
「ユーリはどこの国から来たのか覚えているか?」
「日本ですよ」
「ニホン……聞いたことがないな」
下から見上げると私を見下ろす美形さんと目が合った。
うわぁ。下から見てもカッコイイとか反則じゃないかな。
「海の中にある島国です。四季があって過ごしやすいです」
「シキ……?」
「はい。春夏秋冬があって春には桜が咲いて、夏にはプール行って、秋には焼き芋食べて、冬には雪だるま作るんです」
「それは……楽しそうだな」
「はいっ」
なんだか分かってなさそうだったけど、夢だしこれ以上の説明はしなくていいよね。
でも……
なんだかちょっと怖い。
なんていうか感覚がリアルなんだよね。なんて言ったらいいのか分からないけど、妙に現実感があるというか……
で、でも、現実でこんなハリウッドスターとかモデルよりもかっこいい人なんて見た事ないし、これは夢でいいんだよね……?
不安なのが顔に出たのか、金髪のお兄さんは私がつかまってない方の手で、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「大丈夫だ」
うん。深みのある声で言われたら、なんか大丈夫そうな気がしてきた。
「……はい!」
そうだよね。せっかくのリアルな夢だし楽しもう。