第14話 世界地図
「お嬢ちゃんが神の一族……いや、それはないか」
思いっきり否定して頭をブンブン振ってる私を見て、フランクさんは肩をすくめた。
「ないですないです。私が住んでたのは日本ですううう」
あ……頭振ったら、またクラクラした。
でもちょっと体がふらついたのを、レオンさんが後ろから抱きとめてくれる。感謝の気持ちをこめて上を見上げると、私を見下ろしているレオンさんの目がちょっと優しい感じに思えた。
レオンさんってあんまり表情がない人だと思ってたけど、こうやって見ると結構目に感情が出てるんだなぁ。
なんだかそれに気がついたのが嬉しくて、へにゃっと笑ってみる。
そうすると、レオンさんの目がちょっとだけ丸くなった。
それに気がついてさらに嬉しくなって、へにゃへにゃと顔がゆるんだ。
「うっわ。団長のあんな顔、初めて見た」
「アルゴも初めてなんて、相当ね。まあユーリちゃんは可愛いから仕方ないけど」
「えっ。それで納得しちゃうんだ。まあ確かに可愛いけど」
「でしょでしょ」
うひゃぁ。なんだかアルゴさんとアマンダさんの会話がいたたまれない……。そんなに可愛いとか言われると、嬉しいけど照れちゃうよぉ。
やっぱりちびっこだから可愛く見えるのかな。確かにこの砦って、ちびっこがいなさそうだもんね。
ちょっぴり顔が赤くなってるのを誤魔化すために、両手をほっぺに当ててみた。ううう。
「ニホンか。聞いたことのねぇ国だなぁ。どこにあるんだ?」
フランクさんに聞かれたけど、答えられない。
本当に、どこにあるんだろう。
どうやったら帰れるんだろう。
思わず膝の上の手をぎゅっと握った。
「それが……その、分からなくて……」
「迷子って事か。どうやってこの国に来たんだ?」
「それは、なんというか……賢者になるための試験を受けて合格したら、いきなり気を失って、気がついたら丘の上で寝てて、そこをレオンさんに拾ってもらった、みたいな……?」
「ケンジャ……か。そりゃあ何だ?」
「えーっと、つまり、攻撃魔法と回復魔法の両方を使える人の事です」
「お嬢ちゃんみたいな奴が他にもいるってぇことか」
「そうです」
なるほどな~とフランクさんが腕を組んで考えこんだ。
どうでもいい事なんだけど、やっぱり腕が太いなぁ。腕を組んだら筋肉でモリッとして、余計太く見えるね。
「そのケンジャになる試験というのはどういう物なんだ?」
私はレオンさんを見上げながら説明した。
「賢者の塔の最上階にいるマスターと戦って、勝ったら認められて賢者になれるんです」
「一人で相手と決闘するという事か?」
「そうですね。でも扉の前までは仲間と一緒に行けます」
基本的に、上級職に転職する時は、一人でその職のマスターと戦わなくちゃいけない。ただマスターがいる場所が大体迷宮の奥だから、そこまで行くのにはパーティーじゃないと行けないという謎仕様だったんだけどね。
賢者の塔も、かなり強い魔物がたくさん出てきてたから、ソロで最上階まで行くのは無理ゲーだった。
次のアプデでは、クエストを受けたらすぐにボス部屋まで転送されるようになるっていう話だったけど……。
「ところで、賢者の塔については知ってる人がいないんですよね?」
「聞いた事がないな。魔の森の中にあるんだったか?」
「そうです。魔の森の真ん中に建ってる塔です」
「ユーリ……それはありえない」
「え?」
「魔の森の中央にあるのは霊峰メテオラだ。ケンジャの塔などではない」
「……え?」
「その霊峰メテオラに登った者どころか、そのふもとにたどり着いた者すらいないだろう。それほど、魔の森の奥に住む魔物は強いものばかりだ」
え……でも……。
「そもそも、ユーリの言う『魔の森』と我々が知る『魔の森』は違うのではないか?」
「違う……?」
「そうだ。ユーリが魔の森を通ってケンジャの塔へ行ったのなら、このエリュシア大陸のどこかの国から魔の森へ入ったという事だろう。その姿形を見る限りユーリは人族だ。ならばアレス王国側から魔の森へと入るのが普通だろう。そして魔の森に一番近い町はグラハムだが、そこで食料などの調達をしたならば、必ずイゼル砦の前を通るはずだ。だが我々はそのような旅人の姿は見ていないし、ユーリはこの砦の名前を知らなかった。つまり、ユーリの言う『魔の森』は、この地にある魔の森とは違う物ではないのか?」
えーと。そうじゃなくて私が入った魔の森はゲームの世界の魔の森だったんだけど……。
でも、魔の森の真ん中に賢者の塔がないとすれば、私が知ってるゲームのエリュシア大陸の姿とは違うってこと?
あ、そうだ。地図!
この部屋に入った時に、レオンさんとアルゴさんが見てた地図を見せてもらえばいんじゃない?
「あ。あの。もし良かったら、エリュシア大陸の地図を見せてもらっていいですか? そしたら何か分かるかもしれないし……」
「……いいだろう。アルゴ、持ってきてくれ」
アルゴさんは壁にはってあるのとは違う地図を持ってきてくれた。
おお。これがこの世界の世界地図かぁ。
大陸の形は私の覚えているものと同じだった。
一つの大きな大陸があって、右上から魔皇国・ドワーフ共和国・獣人のウルグ獣王国・人族のアレス王国・エルフの名もなき国・妖精の住むニブルヘルムの六つに分かれている。
その中央に大陸の三分の一の大きさの魔の森が広がっていて、更にその真ん中に賢者の塔がそびえたっている……はずだったけど、この地図ではその場所に霊峰メテオラという山が描かれていた。
地図に書いてある文字の方は、大学の北欧文学を専攻してる友達が見せてくれたルーン文字っていうのに似ている。でも目で見た瞬間に、その文字が日本語で変換された。
とりあえず、文字を読むのには苦労しないのが分かって良かったけど……。
「この……霊峰メテオラの場所に賢者の塔があるはずなんですけど……」
「ニホンはどこだ?」
「この地図には載ってないです。っていうか……どうやって行くんだろう……」
「ではユーリはどうやってニホンから魔の森を通ってケンジャの塔へ行ったのか、分からないという訳か」
こくんと頷くと、レオンさんが優しく頭をなでてくれた。
「これからニホンへ帰る道を探せばいい。我々が手伝おう」
「あ……ありがとうございますっ……」
優しい言葉に涙があふれてきた。レオンさんが私を抱きなおすとくるっと体を反転させて、正面からぎゅーっと抱きしめてくれた。そして背中をあやすように叩いた。
ポンポンと背中を叩く音が、くっついた耳から聞こえるレオンさんの心臓の音とシンクロする。
それに甘えて、私はこの世界に来てから初めて、思いっきり号泣した。
これが私の、今のこの状況が夢でも空想でもなく現実なんだと、ハッキリ自覚した瞬間だった。




