124話 地の底
「悠里、起きなさい、悠里」
遠くで懐かしい声が聞こえる。
あれは……。もしかして、お母さん?
「僕の妹は寝ぼすけだよね。一体誰に似たんだろう」
苦笑しているのは、お兄ちゃん。
「お父さんの寝起きはいいぞ」
うん。お父さんお休みの日は凄く早くからゴルフに行ってるもんね。
「ほら。早く起きなさい、悠里。みんなが待っているわよ」
お母さん、みんなって誰?
「ユーリ……!」
誰かが私を呼んでいる。
お兄ちゃんの声に似てるけど、ちょっと違う気がする。
誰……?
「悠里、ゆうり、ユーリ……。もう起きて」
でもお母さん、私まだ眠っていたいの。
だって目が覚めたら、もうお母さんは――
「にゃあ」
猫?
猫なんて飼ってったっけ。
ほっぺに当たるふわふわの毛は、誰のもの?
「ユーリ!」
名前を呼ばれてハッと目が覚めた。
「アルにーさま……と、ノアール?」
目を開けると、心配そうに私の顔を覗きこんでいるアルにーさまがいた。すぐ横にはノアールがいる。
あれ……?
私……何か、夢を見ていなかったっけ?
凄く、凄く懐かしい夢。
誰かが私の名前を呼んで、それで……。
あの声は……。アルにーさまの声だったような気がする。
ってことは、アルにーさまの夢を見てたのかなぁ。
ボーっとしながらそんなことを考えていると、心配そうなアルにーさまが私の体を抱き起こした。
「大丈夫かい、ユーリ? どこか痛い所はないかい?」
「ここ、は……?」
起き上がってよく見ると、そこはキラキラと光る金色の草がたくさん生えている不思議な場所だった。
天井ははるか上にあって、どこから落ちたのかも分からない。
なんでこんな所に……。
確か玄武と戦って、それであともう少しで倒せると思ったら落っこちちゃったんだよね。
もーっ。土の迷宮は崩落しすぎ。一体、何回落っこちればいいんだろう。
「ユーリちゃん、目が覚めたのね」
アマンダさんの声に辺りを見回すと、フランクさんたちもいた。
どうやらみんな無事みたいでホッとする。
「玄武はどうしたんでしょうか?」
「――倒せちゃいねぇ。ったく、まさかあんな所で大崩落が起きるとはな。いや、大崩落自体、玄武の仕業かもしれねぇけど」
トウモロコシ色の髪の毛をがしがしとかくフランクさんの手を、ルアンがきゅうきゅう鳴きながらよけている。
あ、ルアンも無事だったんだ。良かったぁ。
「叡智の器を示せ、か――」
「ん? アルゴ、どうした?」
「いや。玄武が最後の言葉はどういう意味だろうと思って」
「ああ。そんなこと言ってたな。……叡智か」
考えこむアルにーさまとフランクさんに、アマダンさんが「もしかして」と声をかける。
「ここから出るのには、頭を使わないといけないってことじゃないかしら」
「おう。アマンダにしちゃ鋭いじゃねぇか」
「失礼ね! フランクみたいに頭の中まで筋肉じゃないわよ」
「鍛えられるもんなら鍛えてぇぜ」
「……意味が分からないわ」
頭の中まで筋肉って、いわゆる脳筋さんってことだよね。
あれ? そしたらもう既にフランクさんは脳筋さんな気がする。
あれれ?
「それにしても、ここはまた別の迷宮なんだろうか。カリンは何か感じるかい?」
エルフであるカリンさんは魔素の流れとかに敏感だから、アルにーさまもカリンさんを頼りにしているみたい。
スライムが関わらなければ、凄く優秀な人なんだろうなぁ。
「ここは迷宮ではないと思うぞ」
「ええっ!?」
そもそも最初に入った土の迷宮の下に、玄武がいる迷宮があって。
ここはさらにその下の迷宮じゃないの?
「迷宮のような魔素は感じぬ。かといって地上と同じというわけでもなく……不思議な場所だな。実に興味深い」
瓶底メガネの奥をキラーンと光らせたカリンさんは、放っておくとスライム探しにでかけちゃいそうだったから、ヴィルナさんに襟の所をつかまれて捕獲されてる。
うん。正しい対応だね。
「確かに魔物の気配はねぇな。……ったく。変なとこに落っこちちまったなぁ」
「そうだね。とにかく出口を探そう」
フランクさんとアルにーさまは辺りを見回した。
ふかふかの金色の草が一面に生えていて、壁の光ゴケの灯りを反射しているからか、周囲はかなり明るい。
ゆらゆらと草が揺れるたびに金色の光が瞬いて、とても幻想的だ。
「風があるってことは、どっかに繋がってるだろ」
人差し指をなめて顔の前に突き出したフランクさんは「あっちが風上だな」と右手を向く。
その時、ヴィルナさんの耳がピクピクと動いた。
「――誰かくる」
えっ。
もしかして私たちの他にも、ここに落ちちゃった人がいるってこと?
一瞬で警戒態勢になったアルにーさまたちは、私を守るように立ちはだかった。
そして、ずるり、ずるりと引きずるような足音が聞こえて現れたのは――
白い服を着た髪も肌の色も真っ白な、目を閉じたまま歩いてくる人たちだった。




