第115話 スライムクッション
落下する時の浮遊感に全身が粟立つ。
バタバタと風圧で白猫ローブのフードが音を立てる。
落ちて行く先はかなり深くて、助かるかどうか分からない。
怖い!
でも、どうすれば……。
誰か助けて!
心の中で叫ぶと、腕をつかむ力が強くなった。
「羽衣よ! 盟約により、一族の末を助けよ!」
次の瞬間、カリンさんの背中から透明な羽が広がる。
そしてガクンと落下が止まる。
助かった……?
そう安心したのもつかの間、カリンさんが苦し気な声を出した。
「くっ。さすがに二人分は無理か。こうなったら開発途中ではあるが、仕方がない。……マクシミリアン二世、頼んだぞ!」
そう言って、腰のポーチからマクシミリアン二世を出したカリンさんは。
えええっ。
あんなに大切にしてるスライムを、投げたー!?
放り投げられたマクシミリアン二世は、そのまま地面へと落ちてゆく。
そして地面に当たってポヨンと跳ねて。
ええええええええっ。
うっそおおおおおぉぉぉぉ。
「よし。成功だ」
眼下には巨大な水色のスライムがいた。
そこにフランクさんとヴィルナさんが落ちて、アルにーさまとアマンダさんも落ちた。
最後に私とカリンさんが。
ぶつかるうぅぅぅぅ。
でも、予想していた衝撃はない。
ぽよんぽよんと体が何度か跳ねただけで、それもすぐに収まる。
うつ伏せのまま、何が起こったのか分からなくて呆然とする。
えっと……。
カリンさんがマクシミリアン二世を投げて、それが大きくなって……。
ということは、つまり、このぽよんぽよんしてるのって、マクシミリアン二世!?
どういうことーっ!?
その時、ぐわんと体が揺れた。
「にゃーう!」
その声に慌てて顔を起こすと、そこにはノアールがいた。
「ノアールも落ちてきちゃったの!?」
「にゃーう」
しかも頭の上にはしっかりプルンもいる。
私は慌てて二匹を抱きしめた。
そこに、ぽよんぽよんと振動が伝わり、顔を上げるとそこにもボヨンドーンなお胸さまが。
「ユーリちゃああああん。無事で良かったわぁぁぁ」
ノアールとプルンごと、ぎゅうううううっと抱きしめられる。
「アマンダさんも怪我はないですか?」
「ええ。カリンのおかげで助かったわ」
ほっ。
結構高い所から落ちたから、心配だったの。
「ユーリ、大丈夫かい」
「アルにーさまも無事で良かったです」
アマンダさんの胸に埋もれて顔が見えないけど、アルにーさまも怪我とかはしてないみたい。
本当に良かったぁ。
「おい、カリン。なんだこりゃ。お前こんなの研究してたのか?」
ヒールを詠唱する声は聞こえないから、フランクさんも怪我はしてないよね。
これならヴィルナさんも無事だろうと思って、肩の力が抜ける。
「うむ。ノアールが体の大きさを変えるのを見てな、ひらめいたのだ。理論的には可能だと思っていたが、こうして実証された」
アマンダさんに抱きしめられながらカリンさんの声のする方を見ると、既にその背中の羽は消えてしまっていて、一人だけ地面に立って腕を組んでいた。
透明で綺麗な羽だったから、もっとちゃんと見たかったなぁ。
残念。
「ちょっと待て。じゃあぶっつけ本番だったってことか?」
「なんだ、フランク? 成功したから良いではないか」
「……確かにそうだな。ありがとう、カリン」
「お主がそんなに素直だと調子が狂うぞ。ニブルヘルムに雪が降りそうだ」
明日は雹が降るっていうことわざと同じ意味だよね。
妖精の国ニブルヘルムは常夏だから、雪なんて降らないもん。
「カリンは素直じゃねぇなぁ」
わっはっは、と笑うフランクさんにいつもの空気が戻ってきたのを感じる。
それにしても、と私は天井を見上げた。大崩落でできたばかりの穴だっていうのに、なぜかヒカリゴケが生息していて、そのおかげで部屋の中は明るい。
どちらかというと、部屋というよりも天然の大広間と言った方がいいかもしれない。
高さは三階建ての建物と同じくらいあって、広さもかなりのものだ。
遠く見える天井には、ぽっかりと大きな穴が開いていて、そこから騎士学校の先生が下を覗いている。
「大丈夫ですかー?」
ぽよんぽよんしながら地面に下りると、マクシミリアン二世がしゅわわっと縮んだ。
「あれ……。前より小さくなってる?」
よく見ると、プルンより一回り小さい。
「体内の魔素をふくらませて大きくしているからな。その分の魔素が減ってしまった。まだまだ改良が必要だな」
「じゃあスライムの体の中は水じゃなくて魔素なんですか?」
そう聞くとカリンさんは首を横に振った。
「魔素だけではなく水も含むのだろうが、まだ解明しておらぬ。マクシミリアン二世を解剖するわけにもいかぬしな。……そうだ。小娘、お主のスライムを少しばかり貸して――」
「絶対、ダメです!」
カリンさんが聞き終わる前に、言葉をかぶせるように答える。
うちの可愛い子を、スライムに関してはマッドサイエンティストなカリンさんに貸すわけないでしょー!




