第114話 魔石の秘密
「見たところ、変異種はいねぇみたいだな」
「魔石は期待できぬか」
「アースドラゴンに期待だな」
そう言いながらフランクさんとヴィルナさんは、倒れたアースドラゴンの方へと向かった。
そういえば強い魔物だと心臓が魔石になってるんだっけ。
倒した魔物は、数こそ多かったけどそれほど強い魔物はいなかったみたいだから、変異種でもないと魔石にはなってなかったんだろうな。
「でもダンジョンの魔物って、精霊界の幻影みたいなもので本物じゃないってカリンさんが言ってなかったっけ? だから死体はダンジョンが吸収しちゃうって。それなのになんで魔石が残るんだろう?」
だって幻影なら、心臓も幻影ってことだもんね? だったら魔石が残るのはおかしいような。
「ふむ。それはな、魔石が魔素を凝縮したものだからだ。幻影とはいえ、実物と変わらぬ姿と能力を持つのだ。いかに膨大な魔素を持つかが分かる。その仮初の姿を失った時、貯めこんだ魔素が凝縮され、魔石となるのであろうな」
私の呟きを聞いたカリンさんが、ビン底メガネをキラリと光らせながら教えてくれた。
「なるほど~」
カリンさんってスライムだけじゃなくて、他のことにも詳しいんだね。
「そうなんですか!?」
その横で話を聞いていた騎士学校の先生が、驚いたような声を上げる。
カリンさんは「そうだ」と頷いて腕を組んだ。
「そもそもダンジョンというものは精霊界に近い場所にできる、影絵のようなものだからな」
「精霊界というのは初耳ですが、それは一体何でしょうか」
「かつての力ある神々が向かった先だ」
「力ある神々……?」
「そうだ。かつてこの地には……」
さすが博士、と思いながらカリンさんの説明を聞いていると、突然カリンさんが話を止めて目を見開いた。
何? 何か発見したの?
「あれは……」
「あれ?」
「あれは、スライムではないかー!」
カリンさんはそう叫んで、アースドラゴンの方へ一目散に駆け寄る。
ん? ダンジョンの中のスライムは本物じゃないから興味はないんじゃなかったっけ?
首を傾げていると、アマンダさんが苦笑しながら教えてくれた。
「ダンジョンの中の魔物が死ぬとダンジョンに吸収されてしまうんだけど、どこからかスライムも現れて死体を綺麗に溶かしてくれるのよね。カリンが言うには、掃除屋のスライムにはちゃんと匂いがあるらしいわ」
ということは、お掃除をしてくれるスライムは本物ってこと?
「やはりこうした大物が倒れると出てくるのだな。くんくんくんくんくん。……はぁ。掃除屋独特の、どこかカビたような良き香りがするぞ。ああ、やはりそこに、石の匂いが混ざっておる」
……え。カビっぽい臭いなのに、良い香りなの?
えええー。
その姿に慄いていると、今までダンジョンの説明を聞いてカリンさんに尊敬のまなざしを向けていた先生も、呆然とその姿を見つめている。
分かります、その気持ち。
でもカリンさんは、スライムが関わると大体あんな感じなんですよ……。
「見てみよ、小娘。ダンジョンのスライムはほとんど良き香りがせぬが、この掃除屋と呼ばれる灰色のスライムだけはダンジョンごとに違う匂いがするのだ。ほら、お前も嗅いでみるがよい」
「ええっと……それは、ちょっと遠慮します……」
思わず後ずさりをしながらお断りすると、わざわざカリンさんが私の所まで戻ってきて腕を引っ張った。
「遠慮せずともよい。さあ!」
うわーん。
アマンダさん、アルにーさま、助けてぇぇぇぇ。
ずるずると引きずられる私は、涙目で二人に助けを求めた。
二人はため息をつくと、私を助けるべくこっちに来てくれる。
ほっ。助かったぁ。
そう思いながら安心していると、どこからか、ピシッと音が聞こえた。
……なんだろう。空耳かな。
ピシピシッ。
「何の音?」
周囲を見回すけど、特に何もない。
でもヴィルナさんもその音を聞いたのか、耳をひくひくさせて音が発する場所を特定しようとしている。
「おいおい、また眷属持ちか!? アースドラゴンが眷属持ちだなんて、聞いたことがねぇぞ」
舌打ちするフランクさんが油断なく身構える。
ヴィルナさんは音の有りかを確かめようと、激しく耳を動かす。
その耳がピタリと止まった。
「違う、下だ!」
下!?
足元を見るけど、何も――
その時、ビシビシッっと何かが裂けるような音が聞こえた。
よく見ると、アースドラゴンの体の下に、亀裂が走っている。
ダンジョンに亀裂ってどういうこと? ダンジョンの壁は、魔法を当てても剣でぶつかっても、壊れないはずじゃないの?
「しまった。大崩落だ。みんな逃げろ!」
声を上げると同時に、フランクさんの体が床に沈む。
いや違う。一瞬で裂け目に落ちたんだ。
「きゃああああああ」
そして私も、手をつかむカリンさんと一緒に、裂け目に――。




