第105話 【アーティファクター・クルム 天命の石板】
レーニエ伯爵は貧しい領地を復興させようと、鉱山の開発のためにドワーフの協力を要請しにやってきた。
私はそんなレーニエ伯爵の力になりたかった。アーティファクトと同等の性能を持つ私の作ったモノクルがあれば、それも可能だ。
もし私が見つけたこの金属と同じ物があれば、私は神をも超えることができる。
それが見つからなかったとしても、私になら何かできるはずだと信じた。
そしてそれは現実となった。
伯爵の領地にある鉱山で、魔石と同じような性能を持つ石を発見したのだ。
魔鉱石と名づけられたその石は、伯爵領の特産となり、瞬く間に伯爵は財を成した。
そしてその財を使って、私に『神々の遺産』の研究をさせてくださった。
この世界に残る『神々の遺産』は、どれもデタラメな性能を持っている。一度敵と定めたら、どこまでも追撃してゆく弓矢。魔法を反射する盾。魔力を増幅する指輪。
その中でも伝説の『天命の石板』は別格だ。
それを持てば、ありとあらゆる望みが叶うといわれる、神の持つ石板。
ただの伝説に過ぎないのかもしれない。
だが私は、神をも超えると誓ったのだ。
その為には、『天命の石板』の力をも我が物にすると。
そしてまた――。
私が作るアーティファクトである魔力を増幅する指輪によってレーニエ伯爵の魔力はかなり増えた。今では伯爵の魔力が少ないことを知る者も少なくなってきたことであろう。
伯爵はそれでも望むのだ。
自らの魔力だけで伝説の魔法を使ってみることを。
だが私には分かる。
伯爵の真の願いは、『天命の石板』とそれを持つ者しか使えぬ伝説の魔法を使い、この世界の覇者となることなのだと……。
「しかしあの町のゴーレムは封印されたようだ」
過去を思い出していた私は、レーニエ伯爵の言葉に、ハッと我に返った。
「封印など、破ってしまえばよろしい」
私は少しずれたモノクルを直した。
「あのフランクが師と共に施した封印だ。そう簡単に破れはしまい。……それに、少し動いただけで膨大な魔鉱石を消費したらしいぞ。報告によると、あの地の魔鉱石は結局ただの石になってしまったと書いてある。それほどの効率の悪さからすると、ゴーレムは失敗作だった可能性が高いな」
「なるほど。それであの町に放置されていたというわけですか」
相変わらず、素晴らしい洞察力だ。私が付き従うべきは、やはりこの御方しかいない。
「それよりも『天命の石板』の行方は分かったか?」
「十年前に『愚者の楽園』というパーティーが同じように情報を探していたようですが、何も見つからなかったようです」
「『愚者の楽園』……。どこかで聞いた事があるような」
考えこむ伯爵に、私は頷いた。
「八年前の魔の氾濫の際にアンデッドキングになったのが、『愚者の楽園』のリーダーだった男ではないかと言われております」
「ああ……。確かにそんな話を聞いたことがある」
『愚者の楽園』は魔族だけで構成され、しかもスケルトンやリッチなどの屍を使役する死霊使いがリーダーを務めるという、非常に珍しいパーティーだった。
魔族はあまり自国から出ない排他的な一族だ。
だからこそ、その魔族たちが冒険者になったということで、たちまち噂になった。
その動向を見守る人々に構わず、彼らは淡々と冒険者ギルドの依頼をこなし、どんどん冒険者ランクを上げていった。
だが魔の氾濫を機に、一切その名前を聞かなくなった。
彼らは神の怒りを買って使役するアンデッドその物となったあげく、魔物の王となり果てたのだと噂になったのは、長引く魔の氾濫に人々が不安を隠せなくなった頃であろうか。
それが真実であったのかは分からない。
だが『天命の石板』の行方を捜した『愚者の楽園』のリーダーが魔物の王に堕とされたというのならば……。それは、『天命の石板』が確かに存在して、それゆえに神の怒りを買ったのだということにはならないだろうか。
そう説明すると、レーニエ伯爵は目を輝かせた。
「では手掛かりに繋がるかもしれんな」
「はい。手始めに、『愚者の楽園』が攻略していた土の迷宮へ行ってみようと思います」
「十分な準備をするが良い」
「ありがとうございます」
魔鉱石のおかげでレーニエ伯爵領は非常に潤った。その潤沢な資金によって、私は思う存分アーティファクトの研究ができる。
土の迷宮であれば、レーニエ伯爵の子飼いの騎士や魔法使いを連れて行けば簡単に攻略できるだろう。
「風の迷宮で見つけたような隠し部屋があると良いのですが……」
アーティファクトを感知するこの宝珠が見つかったように、新たなアーティファクトが見つかる可能性は高い。
「もし土の迷宮にも存在するならば、各国の迷宮にもありそうだな」
「そうですね。ドワーフ共和国の風の迷宮はもう攻略済みですから、他の迷宮を攻略していきたいと思っております」
私がそう言うと、レーニエ伯爵はそうだなというように小さく頷いた。
「ああ、それから……。引き続き、あのユーリという娘の動向にも注意しておこう」
「そんなに気になりますか?」
「……お前にすら能力が見えない以上、用心しておくに越したことはない」
レーニエ伯爵はそう言うと、これ以上の会話は必要ないとばかりに目をつぶった。
『天命の石板』――必ずや、わが手に。
 




