ゾンビの孤島
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
どこかで誰かの叫び声が正午にしては薄暗い森の中に木霊する。また一人、あれに捕まったのか…
「はぁ…はぁ…」
俺は走っている。いや、正確には逃げていると言うべきか。なにから?非現実的だが…ゾンビからだ。
まずは簡単な状況説明からはじめよう。それが一番精神の安寧につながる。
ここはおそらく太平洋に浮かぶ小さな島、名前はもちろん知らない。ただ…十中八九、無人島だろう。
俺たちは修学旅行でアメリカへ行った。そしてその帰り道だ…飛行機がバランスを崩し下に落ちていったのは。俺を含め全員が悲鳴をあげたことを覚えている。そしてパイロット…でいいのか?その彼がぎりぎりで機体を起こすことに成功、奇跡的に被害者0でこの無人島に不時着したんだ。
それから2日間くらい掛けて救援を待ちながら飛行機を中心にして島を探索していたときだった。
気の短いやつらが2日間待っても助けがこないことに激怒し勝手に飛行機から離れてしまった。
そして数時間後、虚ろな目をして彼らは帰って来た。そして手当たり次第に人に噛み付き始め…
噛まれた奴も少ししたら同じような虚ろな目をして立ち上がりこちらに襲い掛かってきたんだ。
ゾンビっぽい奴らが襲い掛かってきて俺たちが取った行動は3つ、ただ怯えてその場に留まった奴、これが大多数、そして襲い掛かってきた奴らの動きを止めようとした先生たちと一部の生徒、数十人。
最後に俺を含め自分が助かることを優先し真っ先に逃げ出した奴、十数人。
無論逃げる際に彼らが出てきた方面には逃げなかった。そこから来たからそこを通るのに危険があるのもそうだが、なによりそんな状態になった奴が居たところに行きたく無いからだ。
「そして大混乱を起こしながら逃走中と…」
暴れるのを止めようとした奴らが噛まれ、ゾンビになってからようやく留まっていた奴らは叫びながら逃げ出し、しかし逃げるのが遅かったため大半が噛まれたしまったのをだいぶ離れた木の上から眺めていた俺は自分の判断が正しかったことを喜んだ。まず生き残れる側に入ったことに。
今後…どうなるかはわからないがそれでも今生きていると言うことが大事なんだ。
[ふぅ…]
木から下りてゾンビが動いていなかった場所へ向かって動き出す。
今日の夜安全な場所で寝られるかどうかが次の課題とみた。
可能な限り音を立てない様にしかしゆっくり過ぎないように、それでいてゾンビを発見できるように
結構きついが…やるしかない。
森の端にできた広場でゾンビがいない場所を見つけた。木で柵もどきが造られて
ゾンビが立ち入らないようにしてあった。
さらに柵を作った他の逃げ出した人たちとも合流することができた。
今日はここで寝るとしても…明日以降にどう動けばいいか考える必要があるな。
そのまま何事もなく夜になった。俺と同じように一目散に逃げ出した連中は大体がここに辿り着いたらしい。そして後から逃げることに成功した幸運なやつらも数人。
何人かで組んで動くことにしたやつと単独で動くことが生存しやすいと判断した2グループに分かれ各々勝手に寝場所を作って眠りだした。
ざわめきを聞きながらゆっくりと体を横にする。寝ている間に襲われたら絶対に死ぬ。けど起きてたからといって生き残れるわけでもない。なら運に任せて寝るのが最善だろう。寝る場所は広場の真ん中だ。
ここならゾンビに襲撃されたとき一番襲われる可能性が低い。逃げにくくなるのはこの際目を瞑ろう。
「へへっ、ゾンビなら頭を潰せば楽勝っしょ」
チャラそうな男の話し声で目が覚めた。
目を凝らしてみると髪を茶色に染めてピアスやら銀のアクセサリーを全身につけた、
見るからにチャラい男が石で作ったと思わしきハンマーで
侵入してきたゾンビに殴りかかろうとしていたところだった。
周りにはこれまたチャラい女生徒達がやんややんやと囃し立ている。
あの男がゾンビを倒せるならそれはそれで情報になるが倒せず噛まれてゾンビを増やしてしまうならここは安全地帯ではなくなる。眠気で力が入らない身体に気合を込めて立ち上がった。これで何時でも逃げられる。
結果は…チャラい男が振りかぶったハンマーをあっさりと避けがっぷり噛み付くゾンビの姿が見えた。
見えた瞬間にダッシュで走り出す。目指すのは当たり前だがチャラい男が戦ってた場所と反対側だ。
どうもゾンビの連中は死んでから身体能力のリミッターが外れて人間の出せる限界の力が出せるようになってるのだろうか?それくらい速く鋭い一撃だった。
ちょっと躓いたが転ぶことなく無事広場から出ることに成功した。
中途半端な夜中だが、だいぶ寝たから暫くは寝ないでも大丈夫だろう。
夜に森を歩くのは危ない、早く森から出なければ。
森の影から見える明かりがあるが、あれは無視する。ゾンビに知能があるかは別として見るからに
怪しすぎる。単純に同じように生存したやつらの出す明かりだとしてもこの闇の中で目立つ光は
ゾンビを引き寄せてしまうからだ。
「…つまり明かりとは反対側にいけば良いのか?」
少し悩んだが自分の考えを信じることにして、漏れ出る明かりとは反対側へ歩き出す。
夜の中では全く視界が役に立たない。可能な限り安全性を重視しよう。
体感で2時間くらいだろうか?ゆっくり歩いてようやく森を出ることができた。
目の前には月の光を受けて光る波と砂浜だったが、浮いている人型を見ると微塵もロマンチックに感じられない。
森に比べればまだまだ明るい砂浜を歩きながら島を回ろうとする。
大きさは知らないが大体海岸ぞいに歩けば一周出来るだろう。時間が掛かってもいい。生き延びること意外に目標を作らないと気が狂いそうだ。
さらに数時間後、不時着した飛行機まで辿りついてしまった。確か位置関係では飛行機から遠のくように歩いたつもりだったが…間違えたかな?
まだ回りをうろついているゾンビから見つからないように反対側に移動する。
まだ夜明け前だ。もう三十分もすれば日が昇る。昨日の昼にゾンビが出てきたから太陽の光があるからと言って安心は出来ないだろう。むしろ見つかり易さを考えれば昼の方が危険だろう。
落ち着いて行動するように心がけよう。後は救援が来るかどうかだろうか?
この島が…いや考える必要はない。ただ空から見ても分かるように波が来ない位置に文字を書いておこう。助けが来た時に生きていれば良いんだが。
大体10時間程度だろうか?途中休憩を挟みつつそれくらい掛けて島を一周してしまった。
最初の二日間で誰も回らなかったのだろうか…?そこまで広い島では無い、というのは今の状況なら厳しいな。
さらに時間を掛けて森の中にぼろぼろの小屋を見つけた。周りはちょっとした空き地になっており
そこだけぽっかりと木が生えていなかった。
中を見るが誰も生きてはおらず、しかしゾンビの姿を見ることも無かった。
中になにか情報が無いが探したが小さなメモに
『私は生きることに絶望した』
とだけ書かれており、それと一緒に赤黒く錆びた小ぶりのナイフが在った。
一度外へ出て周りを見直すと小さな墓のような場所があるのを見つけた。
…この小屋の元の持ち主が自殺をしたとして…誰が埋めたんだ?
不思議と小屋の周りにはゾンビが来ないのでそこを拠点にすることにした。
何も食べる物が無くて餓死の未来も考えてしまったが、森の中央付近にゾンビたちが一箇所に集まる神殿のような場所を見つけそこに食べ物が捧げられていた。
夜はゾンビも人間と同じように動きにくくなるようだ。何度か危険を犯したが隠密を心がけたことで暫くは生活できるだけの食料は手に入れることが出来た。
少しずつだが森の木を利用して小屋の修復も始めた。
ここ数日定期的に森の中を歩くが生存者とは遭遇しない。
もう俺だけしか生き残っていないのだろうか?
小屋の前に文字を書いてはいるがこの島に来てから一度も救援に来た飛行機を見ていない。
俺は…見捨てられたのか?
いっそのこといかだでも作って海を渡ろうとしたが海をよく観察するとサメが何匹もいたので諦めてしまった。周りにはサメ、島にはゾンビ。いったいどうすれば帰れるんだ…?
このまま来るかどうか分からない救援を待つしかないのか?いや…日本の高校生が何百人も行方不明になったんだ。救援は絶対に来る。それまで生き残らなくては…
「本日のニュースをお伝えします。2週間前急激に行方を絶った飛行機の捜索をもはや生存者はいないと見て断念すると政府が発表し、乗っていたとされる高校生たちの親が抗議活動を行っている模様です。それでは次のニュースを伝えます………」
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