7個目
ギャーギャーと浩太の周りから罵声が聞こえる。聞こえてくる声に耳を集中すると聞くに堪えない声が聞こえる。殺してしまえ、あの男を嬲り殺してしまえ等だ。
「怖い……」
浩太は武道大会の予選に出場していた。予選内容はとても簡単だった。100人くらいの集団に分けられ、その100人で戦う。そして最後まで立っていた者が勝者だ。その戦いを何回も繰り返し、残りの人数が4人になったら終了だ。既に4回ほどの予選を勝ち抜いており、この戦いが最終予選だった。
「死にさらせや」
「うるせー! お前が死んでしまえ」
目の前で二人の男が互いの得物をぶつけ合っている。ガキン、とお互いの得物から発せられる音が浩太を更に恐怖させる。
「ハツメさん……ハツメさん」
浩太は闘技場の隅っこで小さくしゃがみ込み、自身の従者の名前を呟く。誰にも見つからないように祈ることも忘れずにだ。
「おやぁ、こんな所に隠れていたのか」
願いも空しく、浩太の目前には巨大な剣を肩に抱え込んだ男が立っている。その剣からはポツポツと他の参加者の血が流れ落ちている。
「ギャーーーーーーーーーーー!」
浩太は大きな悲鳴を上げ、男から逃げようとする。
「無理、無理、ハツメさん助けて」
腰が抜け、這いつくばるように男から逃げ、その様子を見た大剣の男の口の端が上がる。男は弱い者をいじめ、弄りながら殺すのが趣味だった。普段なら人殺しは許されざる罪であり、男も自重していた。だが、この武道大会は別だった。人を殺しても不慮の事故で済むのだ。
「さぁ、おそらく予選最後の獲物だ。楽しくやらせてもらおうかな」
男は背中の上から踏みつけ、浩太を拘束する。
浩太の頭からは一つの事が抜けていた。それは魔法石だ。魔法石を使えばこの男の拘束を解き放ち、男に対して圧倒的な力を見せつけることができたはずだ。だが、頭を支配していたのは恐怖だった。
「まぁ本当なら女の獲物が良かったのだが、この際贅沢も言ってられないからな。さて、どんな声を上げるかな」
男はそう言い、迷いなく大剣を浩太の腕に刺した。
「痛いーーー!」
浩太の絶叫と共に腕から多量の血が噴き出る。命の危機に晒されても、浩太は戦うことができなかった。恐怖により頭が働かないのだ。
「助けて……」
悲痛な声を聞き、男の感情が高ぶる。腕に刺さっている剣を抜き、剣に着いた血を舐める様を浩太に見せつける。ヒッっと浩太の漏らした声を聞き、男は満足する。
男が剣を振りかざすのを見た浩太は目を閉じた。もう駄目だ、そう考えながらだ。いつまで経っても来るはずの痛みが来ないことに疑問に思った浩太は目を開け、目の前の惨状を確認する。
大剣の男は地面に倒れていた。その首は大きく曲がり、更にご自慢の大剣は二つに割れていた。
「な、なにが起きたんだ……」
倒れている男の傍らには黒のローブを羽振り、その中身を確認できない者が立っていた。
「もしかして助けてくれたんですか?」
浩太の問いに黒の者は答えなかった。
「ありがとうごーー」
浩太がお礼を言う前に予選終了の合図がなる。合図が鳴り終わると、黒の者は浩太の前から去って行った。
あの後、予選を勝ち残った4人の者は別室へと移動させられた。
「おめでとうございます。早速ですが本選の抽選を行います。まずザルバ様からこちらへどうぞ」
受付の言葉により、ザルバと呼ばれた男が部屋から出ていく。しかし、浩太の視線は黒の者に向けられていた。
(あの人の名前はなんていうんだろう。そもそも性別も分からないや)
浩太は黒の者に興味津々だった。
「アカネ様。どうぞこちらへ」
その言葉に黒の者は立ち上がり、部屋を出て行った。
(アカネさんって言うのか。もしかしたらあのローブの中身は美人さんかもしれない)
黒の者の事を考えていると自身の名が呼ばれていることに気がづく。
「コータ様」
「あ、すみません。直ぐに行きます」
別室に移動した浩太の前に小さな箱が差し出される。
「どうぞ」
箱には穴が開いており、浩太は穴の中に手を伸ばした。引き戻した手には一枚の紙が掴まれており、その紙には1の数字が書かれていた。
「コータ様は1……と」
受付は壁に貼られていた紙に浩太の名前を書いていく。その紙には、本選のトーナメント表が書かれており、浩太の名前は一番左に書かれている。
(よかった。アカネさんは俺とは真逆の一番右端に書かれている)
二人が戦う可能性があるのは決勝戦だった。どちらかが決勝までに敗退すれば戦うこともないはずだ、浩太は少し安堵した。
「コータ様の一回戦の相手はユーシャ様です。宜しければ多少の説明をしますが……どうしますか?」
受付の言葉に浩太は頷く。その姿を確認し、受付は話を続ける。
「ユーシャ様はシード選手です。前回の大会では準優勝であり、得意の戦法は剣技ですね。ちなみに彼はこの国の兵士でもあり、国民から多大な人気も得ています。」
受付は簡単に説明を済ますと部屋から出て行った。
部屋に一人になった浩太は先ほどの試合を思い出す。あの黒の者が助けてくれなかったら死んでいたのは確実だった。例え、死んでも魔法石で復活することは可能だったかもしれない。それでもあの時感じた死の恐怖は消すことはできないはずだ。
浩太は決意する。あの恐怖を二度と感じたくはない。次の試合は魔法石を使って必ず勝利する。
「コータ様。出番でございます」
受付の言葉に頷き、浩太は立ち上った。自らの心を奮い立たせるために両手で頬を叩き、部屋を出る。部屋を出た浩太の目は力に満ち溢れていた。