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4個目

「寒いです」


 浩太の体は元に戻っていた。当然、破れた服は戻らずに上半身は裸だ。日はすでに傾いており、冷たい風が浩太の体温を奪っていく。


「知りません、自分のせいでしょう。そもそも服を破る必要なんかありましたか?」


「だってそっちの方がカッコいいかと」


 ふー、とため息を吐き、ハツメは浩太に聞いた。


「これからどうするのですか」


 その言葉に浩太は思考するが、何も浮かばなかった。というよりも何も考えていなかった。目が覚めたら、どこかわからない場所で化け物に襲われ、考える時間など存在していなかったからだ。

 

 このままだと寒さで死んでしまう、そう考えた浩太はどこか休める場所、つまり人がいる場所を探すことを提案する。


「それでどうやって探す気ですか」


 浩太はだんまりしてしまう。元の世界は人で溢れており、人探しなどしたことはなかったからだ。結局、彼はどこかの本で得た情報を頼りにする。


「川だ。川沿いに歩けばいつかは人里に着く」


 ドヤ顔で知識を披露したが、その顔は長くは持たなかった。ハツメの『川はどうやって探すのですか』の言葉に、再び黙ってしまう。所詮、彼の知識はその程度だった。


 仕方ないですね、ハツメはそう小さく漏らし、近くの木を軽々上っていく。木の枝に飛び移り、折れる前に次の枝へと移っていく。あっとういう間にハツメは木の頂上へと辿り着き、人里を探し出す。


 浩太はその様子を見ていた。彼は目に力を入れ、ある一点だけに視線を集中している。ハツメの服装はミニスカート風の着物であり、その短いスカートの丈で中身を守るだけだった。木の枝に飛び移るたびにスカートの裾が捲れあがる。彼はその中身を見ようと必死だった。


 --見えた。


 何度そう思ったかわからなかった。しかし見えないのだ。彼女の秘境は暗闇になっており、絶好のタイミングでも決して見れることはなかった。


「クソ! 流石は全年齢対象のゲームのキャラだ。きわどい服装はしてるのに肝心な所は規制かよ」


「どうしたのですか」


 ハツメは音もなく空から降ってきた。浩太が秘境を狙っていたことに気づいてる様子ではなかった。


「い、いや、なんでもないよ。それでどうでした」


「ここから南東の方にたくさんの明かりが見えます。それなりの規模の街かと」


「街か。よし、そこを目指そう」


 二人は月の明かりを頼りに歩き出した。ハツメが先導し、その後を浩太が着いて行く。山の中ということもあり、植物が無造作に生えており二人の行く手を拒む。


「ハツメさん、あっちの方が歩きやすそうですが」


「こっちの方が近道です」


 ハツメが選び、進む道は特に険しい。浩太は何度も木に足を取られ転んだり、ハツメがひっかけた枝を頭にぶつけたりした。顔は腫れ、上半身は裸のせいか大量の擦り傷ができている。


「あの、街に着く前に俺が死んでしまいそうなのですが」


「なぜですか?」


 気に掛けない様子で返したハツメの体は汚れ一つ附着していなかった。彼女はヘビーモンスターのチートキャラであり、罠耐性も当然カンスト済みだ。だが、浩太はただの一般人だ。ハツメとは違い、単純な罠にも見事に引っかかる。現に彼の体は満身創痍だった。


 ボロボロの主人の姿を見たハツメは嘆く。彼女は自分を召喚してくれる存在をずっと待っていた。自身の力を発揮し主人に喜んでもらう、それが彼女の夢だった。

 

 なのに、自身を召喚した主人はなんて頼りないのだろう、しかも自分を使うことすらできないなんて。彼女が浩太に対し、冷たくあたるのも無理ない事だった。


 とにかく今の主人は彼だ、そう気持ちを入れ替え、彼女は浩太の腕を掴んだ。


「ハツメさん、いきなりどうしたのですか」


「黙ってください。舌を噛みますよ」


「いきなりなーー」


 浩太はハツメによって空を飛んだ。鳥みたいに翼を生やしたわけではない。ハツメによって抱きかかえられ、その身を運ばれているのだ。ハツメは浩太の体重、重力などお構いなしに木から木へと飛び移り街を目指した。





「着きましたよ」


 ハツメはそう言うと浩太を支えていた手を離した。しかし、浩太は離れなかった。ハツメに抱き着いたまま、顔を豊満な胸に擦りつけている。すりすり、そんな音が聞こえるように擦りつける顔は幸せそうだ。ハツメさん怖いです~、と浩太の小さい声が聞こえる。


 ハツメは眉をピクリと動かし、顔を掴み全力で地面へと叩きつけた。


「目が覚めましたか」


「……はい」


 顔半分を地面に埋めながら返事をする。地面から出た顔は鼻血が垂れ、酷く情けなかった。     


 二人は街に入り、宿屋を探す。夜の街は賑やかであちこちから、宴の声が聞こえてくる。浩太は街の光景を興味津々に眺めている。


 程なくして目当ての看板を見つける。『宿屋』と律儀に書かれた看板だ。さっそく中に入ろうとした浩太をハツメが止めた。


「一つ気になるのですが、お金は持ってるのですか」


「ない」


 浩太は一文無しだった。当然、ハツメも一文無しでありハツメはその言葉に驚く。


「お金がなかったら泊まれないでしょ!」


「大丈夫、任せてください」


 浩太は自信満々に言い切った。その姿にハツメは多少の不安を持ったが、任せることにした。自らの主人が任せろ、とはっきり言ったのだ。あんなに頼りなかった主人がだ、ハツメは浩太の活躍を期待した。


 意気揚々と二人は宿屋の中に入り、カウンターにいる恰幅のいい男性に近づく。


「すみません、部屋を借りたいのですが」


「うぉ!? 兄ちゃんひでえ体してるな。とにかく部屋なら相部屋でいいか」


 浩太はハツメを見る。ハツメは小さく頷きかえす。


「一週間ほど部屋を借りたいのですが」


「一週間? お前達も祭り目当てでこの街に来たのか」


「祭りがあるのですか」


 祭りを知らなかったことに意外だったのか宿屋の主人は説明しだした。


 二人が着いたインテルという街には三年に一回開催される祭りがある。祭りの名はインテル武道会。その名の通り参加者が腕を競い合い、真の強者を目指すのだ。優勝者には賞金と名誉が与えられ、国外からも多くの挑戦者がインテルを訪れる、と。


「楽しそうですね、見に行きましょうよハツメさん」


 浩太はハツメを誘い、ハツメも『ええ』と返す。


「行ってみな! 参加しなくても見るだけでも面白いぜ。よし、一週間だな。少しまけて3000マネーで済ましてやる」


 宿屋の主人は部屋の鍵を取り出し、手のひらを浩太に向ける。金を出したら鍵を渡す、そう物語っていた。


「宿屋のおじさん……話を聞いてください」


 浩太は哀愁ただよう声を出し、主人を見つめる。


「ここに来る前に賊に襲われ、家族を失いました。命からがらに逃げれたのは僕とそこにいるハツメだけです。当然、金目の物は全て奪われ手持ちがない状態です。ですが! 優しいおじさんならわかってーー」


「駄目だ」


 主人は浩太の言葉を最後まで聞かずに断り、話は終わりだ、と言わんばかりに鍵をしまいだす。


「な!? いいじゃないですか! 二人の人間が困ってるのですよ!」


 浩太は主人に抱き着き、泣き寝入りする。


「ええい! 離せ! 駄目なものは駄目だ!」


 主人は浩太を離そうと振り回すが、浩太は離れなかった。腰に手を回し、ガッチリ手を組んでいる。その様子は認めるまで絶対に離さない、そう感じ取れる。


「離せ! 裸の男に抱き着かれても気持ち悪いだろ!」


「認めるまで離しません! 気持ち悪くない! むしろ気持ちいい!」


 二人の怒鳴り声は宿屋の中に響き、他の宿泊客も何事かと、集まりだす。ハツメは他人のふりをするためにその場からゆっくり離れだした。



   

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