3個目
ヘビーモンスターにはコストという概念がある。モンスターそれぞれに設定されている数値だ。パーティーの総コストがプレイヤーである主人公が持つ使用コストを超えたら、ダンジョンに潜ることができなくなる。強モンスターであるほど高コストになる傾向だ。強モンスターを使うためには主人公のレベルを上げ、使用コストを増やすしかなかった。
「ハツメ! お前のコストは何なんだよ」
浩太は復活するやハツメに問いただす。彼は知らなかったからだ。ハツメというモンスターは画像、能力は公開されていたが、細かい部分は判明されておらず、謎に包まれていた。それほどまでに虹から出現するモンスターを所持していた人間は少なかった。
「300です」
300!? 浩太は驚きを隠せなかった。一般的に強モンスターといわれているキャラですら、せいぜい30が平均的だ。ハツメはその10倍以上だった。
「ご主人の現在のレベルでは私を使うことは不可能ですね。残念でしたね」
浩太のゲームのアカウントのレベルは879だった。充分に廃人クラスの仲間入りだ。その廃人クラスですら使用コストは300を満たしていなかった。
例えガチャでハツメを引いても使うことができないじゃないか。運営に対する怒りが再燃してくる。今まで運営に何回煮え湯を飲まされたかわからなかった。上方修正すると言われたモンスターは下方修正されたり、愛用していたモンスターはオワコンと化した。
「そんなのあんまりだー!」
浩太はハツメの白く細く筋肉によって締まった太ももに抱き着いた。涙を流し、顔をこすり付けながらだ。
「気持ち悪いから離れてください」
ハツメは浩太の顔をはがし、その足で頭を蹴った。ただでさえ冷酷に見えた目は更に冷たさを増し、ゴミを見るような目で浩太を見ている。その様子は自分の主人に対する考慮は一切見て取れない。
「別に減るものじゃないんだから……」
「減ります。気持ち悪くて寿命が減ります」
綺麗な女性にそこまで一蹴されたことはなかったので、それなりに浩太は傷ついた。落ち込む浩太にハツメは更に追い打ちをかける。
「あそこを見てください」
ハツメが指をさした方へ浩太は視線を向ける。化け物は律儀に待っていたのだ。話は終わったのかい、そう雰囲気を醸し出し、地面に落ちていた刃物を広い浩太に向き合う。
「どうする……!?」
頼みのガチャで引いたハツメは使うことすらできないし、それどころか今の状況を暇そうに見ている。死んでもまた復活はできるが、すぐに殺されてしまう。浩太は焦り、そして閃く。
「そうだ! 課金の力だ」
ヘビーモンスターには魔法石を使い、その戦闘限り力を増幅することができるシステムがあった。どんなに難しいダンジョンでもこのシステムを使えばクリアできたのだ、あの極悪ダンジョン以外は。
さっそくパワーアップを試みようとした浩太の頭には魔法石を何個使ってパワーアップをしますか、という文字が浮かび上がる。できるだけ多く使った方がパワーアップする力も強くなるのだが、どうしても悩んでしまう。ゲームでも使うべき所では渋み、どうでもいいガチャに大量の魔法石を使い、引いては後悔をする。今回もできるだけ少ない魔法石で済ましたかったのだ。
化け物は奇声を上げながら、刃物を振りかざし突撃してくる。悩んでる暇はない、そう思い、思い切って10個の魔法石を使用した。
浩太の体が光に包まれ姿を現す。その体は通常の3倍近く肥大していた。はち切れんばかりの筋肉が服によって圧迫され、今にも服を破りそうだ。
「力が……満ち溢れる。これが本当の俺の姿だ」
感情が高ぶっていた。自身の体から今まで感じたことがないほどの熱を感じ、活力に満ち溢れている。
ーー今なら何でもできる。浩太は確信する。
突然の変異に気落ちすることなく化け物は刃物を浩太の胸へと突き刺すが、強靭な胸筋に覆われた肉体には刺さることなく弾かれ、驚愕した様子で浩太を見つめている。
「すまない……そんな攻撃は効かない」
フンっと力を入れ、筋肉で上着を破り、鍛えに鍛え抜かれたような完璧な肉体を外へと露出する。化け物は後ずさり、ハツメは気持ち悪いものを見るように目を向ける。
「やはり、力に全部振ったのは正解だったな」
課金の力には倍増できる能力はは3つあった。もし物理重視パーティーなら力、魔法重視なら魔力、手数重視なら素早さだ。
特に浩太は物理重視を好んだ。圧倒的な力で敵を粉砕していく主人公の様に憧れたからだ。そして魔法石10個分の力を全て力に振った結果が今の姿だ。
ドシっドシっ、そんな足音を響かせるように距離を縮めていく。手を伸ばせばお互いに届く距離で対峙した二人の姿は先ほどとは逆転していた。化け物の姿は酷く怯えており、逆に浩太は自信に満ち溢れ、圧倒的強者として君臨していた。
浩太の体から溢れ出る威圧に耐えれなくなった化け物は刃物を投げ捨て、一目散に逃げ出した。しかし浩太は逃がさなかった。片足を大きく高く振り上げ、地面へと叩きつけたのだ。
その力は凄まじく、浩太の回りの地面は隆起し、周囲を大きく揺らす。揺れによって化け物は転び、悠々と浩太は追いつく。そして腰を下げ、拳に力を入れる。その拳は鉄のように硬く見える。
先ほどのお返しだ、そういわんばかりに拳を眉間へと放った。拳は風を切り、化け物の眉間へと直撃する。頭の半分ほどまでめりこみ、化け物は糸が切れた人形のように地面に倒れ落ちた。
「ハツメさん! やりましたよ」
「……良かったですね」
この喜びを誰かと分かち合いたかった。ヘビーモンスターの主人公のように自分が圧倒的な力で勝利した。ハツメさんも自分の主人が勝ったのだ、きっと喜んでくれる、そう思い、ハツメへと歩みを進める。
「ハツメさーー」
「気持ち悪いから来ないでください」
ハツメはピシャリと浩太の思いを拒絶した。