2個目
「石……俺の魔法石……」
浩太はうわ言のように呟く。
「500個!!」
浩太は自分の寝言の大きさに驚き、目を覚ます。周囲を確認することなく、手に持っていたスマホを弄りだす。そしてゲームを起動させ、チュートリアルを消化するために手を動かす。その手のスピードは尋常ではなかった。
リセットマラソン、略してリセマラという行為がある。チュートリアル後に引けるガチャから目当てのモンスターを引くまでやり直すのだ。運が良ければ1回で終わる、逆に悪ければ途方もない回数をこなさなければならない。
浩太は後者だった。完璧を求め、1週間近くかけて目当てのモンスターを引き当てた。浩太にとって、
チュートリアルは目を閉じながらでもクリアできるほど馴染み深いステージだ。
「終わった、さぁ次はお楽しみのガチャだ」
チュートリアルをクリアすると魔法石が3個もらえ、その3個を使い相棒となるモンスターを手に入れた後、ゲームが本格的に始まるのだ。
何回引いたかわからないが、ガチャを引く前の楽しみは異常だな、そんなことを浩太は思いながらガチャのページを開き、スマホを地面に置く。
「神様聞いてください、一度だけでいいので虹色の紋章を出させてください」
突如、手を組み空へと真面目に祈り出す、その姿は他人から見たら滑稽だった。
リセマラをしている時のことだ。目当てのモンスターが出ず、困った浩太はガチャを引く前に神へ祈ってみたのだ。すると、あっさり出たのだ。それ以降、浩太はガチャを引く前には祈りを欠かさなかった。
このゲームのガチャには演出がある。召喚陣の色によって、ガチャから出現するモンスターの強さが推測できるのだ。白は残念、赤は普通、金は当たり、虹は都市伝説だ。全世界で流行中にもかかわらず、虹の紋章を実際に見た人は一握りであり、月々に何万も課金してる浩太ですら1度も見たことがない憧れの演出だった。
「行くぞ! キエエエエエエエエエエエ!」
祈りが済ん浩太は奇声を上げながら、ガチャを回すと書かれたボタンをタッチした。視線はスマホの画面に釘付けだ。ページを読み込み、姿を現した召喚陣を見た瞬間後ずさりする。
「ヒッ、に、に、虹、虹だ! 虹だーーーーー!」
周囲には誰もいないのに、浩太は周りに自慢するかのように騒ぎ出す。もし近くに人がいたら浩太から逃げていただろう、それほどまでに狂喜乱舞していた。
浩太とスマホの距離はゼロに近い。それほどまでに画面から目を離せなかった。召喚陣が消えていき、モンスターの姿が出現する瞬間にスマホの画面が真っ暗になった。
「おいおいおい! どうした、電池が切れたのか!?」
スマホに向けて騒ぎ立ててると、後方からカツカツと靴が地面にぶつかる音が聞こえる。もしかしたら携帯充電器を持ってる人かもしれない、そしたらお願いして貸してもらおう、浩太は淡い期待を含めて勢いよく振り返り絶叫した。
「ぎゃああああああああ! 化け物!」
目前には醜い化け物がいた。全身の皮膚はただれ落ち、服も着ておらず、右手に持ったでかい刃物がキラリと光り輝いていた。
化け物は浩太目がけて一直線に近づいていく。浩太の足は震え、恐怖のあまりか地面に座り込んでしまう。
「やめ、やめてーー」
叫びも空しく、化け物は手に持った刃物を浩太の頭に刺した。
ーーゲームオーバー。
浩太の頭の中にはその文字が浮かんでいる。化け物に刺され死んだはずでは、謎がいっそうに深まる。しばらくするとゲームオーバーの文字は消え、新しい文字が頭に浮かんでくる。
--魔法石を1つ使って復活しますかーー
浩太は迷うことなく、魔法石を使った。
目を開いた浩太はガバっと勢いよく立ち上がり、頭を手で触る。化け物に刺されたはずの傷は存在しなかった。ふー、とため息が吐かれる。
少し落ち着きを取り戻したところで、浩太はやっと周囲を確認する。
「なんだここ? 俺は自分の部屋でーー」
周囲は自分の部屋ではなかった。ベッドやパソコンなどは見当たらず、周囲には至るところに木や草が生え、山の中のようだった。
地面に落ちたスマホを拾ったところで浩太は気づいた。
「あ、俺感電死したはず……」
怒りに任せてパソコンに拳を放ったことは覚えていたのだが、そこからの記憶が曖昧だった。
「あーあ、俺の魔法石500個消えちまったんだよな」
哀愁漂う声が周囲に響く。
浩太は必死に思い出そうとしたが、ある思いが邪魔をしてなかなか集中できなかった。怒りだ。あの極悪ダンジョンによって魔法石が全部消えたことがどうしても許せなかったからだ。
ふと、自身の目前に魔法石499という文字が浮かび上がる。その文字を見た瞬間に全てを思い出した。
「そうだ! 変な兄さんに500個の魔法石をもらったんだ」
浩太は考察する。自身が蘇ることができたのも魔法石の力のおかげじゃないかと。あの文字はゲームで散々見てきた文字だ。パーティーが全滅すると、魔法石を使って復活するか確認するか聞いてくるのだ。
「そうとしか考えられない。さっきは俺が死んで復活するために魔法石を使い、残りは499個。数も合う……、となるとあの人が言った異世界に転生させるとかも本当か」
突如、ガサガサっと後方から音がする。振り返ると先ほど浩太を殺した化け物がそこにいた。
「やば、逃げないと」
化け物と反対の方へ走りだし、化け物も浩太を追いかけ出した。5分ほどで息が上がり、浩太は逃げることは不可能と悟る。
また殺されるのか、そう思った時だった。浩太の脳裏にあることが思い出す。
「ガチャだ。モンスターを召喚するんだ!」
魔法石によって復活できた、それならガチャも引くことができるはずだ。そう考えた浩太が頭にガチャの事を思うとある文字が浮かんでくる。
--魔法石を3個使ってモンスターを召喚しますか。
来た! 浩太は歓喜し、いつも通りに空を見上げ、神に祈りだした。
「神様、一度でいいかーーグっ」
化け物は浩太の祈りを待つことなく刃物を先ほどと同じように頭へと突き刺し、浩太は絶命した。
「待ってくれてもいいじゃねえか!」
すぐさま魔法石を使い、浩太は復活する。化け物の顔に動揺が見られる。殺したはずの人間が、二回も蘇ったのだから。
今度は祈ることもせず魔法石を使い、召喚を開始する。浩太と化け物の間に召喚陣が生まれる。その陣の色は虹色だ。
「虹だ! もうお前なんか怖くないぜ! 今から出るモンスターがお前をボコボコにしてくれる」
先ほどまでと違い、浩太の声には自信が含まれていた。虹から出現するモンスターはどれもチート級の能力を持っていることを知っていたからだ。
召喚陣は消え、モンスターの姿が見えてくる。そのモンスターの姿を見た浩太は小さく詠嘆の声を上げ、名前を呼んだ。
「ハツメだ……」
女忍者ハツメ。その名の通り、見た目はくノ一そのままだ。髪は黒髪で動きやすいように縛っている。口は布で隠されており、その形を確認できない。
ハツメは公式認定チートモンスターだ。引いた瞬間にゲームのエンディングが開始されるとまで言われてる最強最悪のモンスターだ。
「さぁハツメ! あの化け物を倒すんだ」
浩太の指示により、ハツメの冷たい眼差しは化け物を見据える。その視線に恐怖したのか、化け物も慎重にならざるを得なかった。ふとハツメの視線が浩太を見る。
「どうしたんですか……ハツメ、さん?」
答えることなくその視線は浩太を見たまま動かない。化け物は好機と見たのか刃物を浩太に力一杯に投擲した。刃物は風を切り、浩太目がけてグングンと近づいてくる。
「ハツメさん! 助けーー」
声空しく、ハツメは動かず、刃物は浩太の眉間に直撃した。地面に倒れる寸前に浩太はハツメの小さい声を聞いた。
「コストオーバーのため、戦闘不能」と。