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1個目

 1人の青年がベッドに寝転がりながら、スマホを弄っている。その顔は真剣そのものだった。スマホを握る手は力が入り、ギシギシとスマホのケースから悲鳴が聞こえる。


「だー! 死んだ!」


 渡辺浩太(わたなべこうた)はスマホを投げ、ベッドに大の字になった。


「何回コンテするんだよ……」


 浩太がやっていたのはスマホゲームのヘビーモンスターだ。主人公とモンスターを育成させ、攻略していくありふれたゲームだ。世界中の人間が熱中しているゲームであり、もちろん浩太も大ファンであった。そして現在、一時間前に配信された最難関ダンジョンに挑戦していた。


「修正だろ!? こんなダンジョン!」


 しかし浩太はクリアできずにいた。既にコンテニューするのに必要な魔法石を300個は使っている。パソコンを使い、ゲームの掲示板を見ると既にクリアされた写真が何枚も上がっていた。


「チートだ! こんなの普通のパーティーじゃ無理だよ」


 浩太にはプライドがあった。配信直後からの最古参プレイヤーであり、月々いくら課金したのかわからない。1から育てた自慢のモンスターが敵のモンスターにワンパンされるのだ。こちらの攻撃は敵の体力ゲージを削ったのかすら確認できない。


 ダンジョンに潜る前に魔法石は500個あった。課金して手に入れたもの、毎日の配布で必死に集めたものだ。それが極悪ダンジョンのせいで残り1個までに減っていた。


「チクショー! 5万円分の魔法石が全部消えた……」


 スマホの画面にはでかでかとゲームオーバーの文字が躍っていた。その文字を見ながら後悔の念が押し寄せてくる。様々な予定を立てていたからだ。育成に石を使う、モンスターを保存するboxだって拡張したかった、そして新モンスターを手に入れるためにガチャだって……。今まで熱くなり、ガチャに石を全て使うことは何回もあった。たがが、ダンジョンをクリアするのにここまでの魔法石を使うのは初めてだった。しかもクリアすらできてない。


「大丈夫。きっとお詫びで全部返還だ」


 浩太には2つの望みがあった。


 --お詫びと返還だ。


 過去に何度もあったからだ。メンテナンスの延長など、誤表記などでお詫びの品として魔法石が配布されるのだ。また、その際に使用された魔法石も全て返還されることも。


「お詫びの品で魔法石の所持数が増える可能性だってあるはずだ」


 期待と不安を抱えながら、公式サイトへと飛ぶ。トップページのお知らせ一覧にお詫びと書いてあることに浩太は安堵した。


「まったく……ちゃんと確認しろよー運営よ」


 浩太の先ほどまでの怒りは消え失せ、逆にお詫びは何個かな、と期待が高まり、お詫びのページをチェックする。


「えーと、この度のダンジョンは修正させていただきます、お詫びとして3個の魔法石を配布します」


 少なっ! そう思いながら下へとスクロールしていく。そしてある文字に目が行く。


「なお期間中に使用した魔法石の返還は……しません!?」


 その文字を見た瞬間怒りよりも先に手が出た。自らの手をパソコンのディスプレイ目がけて放ったのだ。パソコンはボンッと音を立てて、その機能を失う。手はパソコンを貫通したまま、浩太のフーフー、と荒い鼻息が周囲に響く。


 --やっちまった。


 そう思った矢先、パソコンからバチバチと火花が出る。急いで手を抜こうとしたが、間に合わず火花は浩太を襲った。ビクビクと体が痙攣し、感電したのか体から煙がわき出ている。痙攣が終わると浩太の体は床に倒れたまま、動かなくなった。右手に握られていたスマホの画面はゲームオーバーの文字のまま固まっていた。





(何が起きたんだ)


 浩太は目を覚ました。体を起こし、視点が定まらない目で周囲を確認し、右手に持った物を見た瞬間思い出す。


「スマホ!」


 彼は自分の体よりスマホが大事だった。たくさんのゲームのデータがあったからだ。急いで電源ボタンを押し、無事に起動することに安堵する。


(よかった……。壊れてたらどうしようかと)


 浩太は呑気にゲームを起動させ、直後に絶叫した。


「データが消えてる! 全部のゲームデータが消えてる!」


 浩太の目から大量の涙が流れていた。毎日、嫌なことがあってもゲームだけはかかさずプレイした。長い年月をかけて進めたデータが一瞬に消えたからだ。それも全てだ。


 泣きながら手で地面を叩き、八つ当たりしてる様は子供のようだった。


「おい、起きたか」


 突如、浩太に話しかける男がいた。しかし浩太は顔を上げることなく、いまだに泣き続けている。


「コラ、いい加減に見ろ」


 いつまでも泣き続け、男を見ようとしない浩太に頭がきたのか男は浩太の頭を叩き、無理矢理振り向かす。男をみた浩太の目は真っ赤に腫れ、うつろな目で男を見ていた。


「もうめんどくさいから手短にいくわ。お前感電死、チーン」


 男は浩太を指差した後、手を合わせ合掌し、話を続ける。


「で、お前は異世界で生まれ変わる。生まれ変わるっていってもお前の姿、記憶、年は変えない。だって面倒いし。俺、えらいからお前に特典つけれる、ほしいものなんだ」


 その言葉を聞いた浩太は男に抱き着いた。データがデータが、としゃべりながら。


「俺はゲームが何なのか知らないがそれは無理だ、だってお前が生まれ変わる場所にはゲームないもん」


 浩太はその言葉を聞き、絶望する。自分が死んだことに対してではなく、データが復旧できないことに。そもそも浩太の頭は本調子ではなかった。感電したせいか、頭が働かなく、男の話を虚ろ半分に聞いていたのだ。


「ほら、ほしいものはーー」


「魔法石!」


男の声に被せて答える。


 大量の魔法石があれば昔のデータに追いつける。そう考えたからだ。何よりあの500個の魔法石を返還してもらわないと気が済まなかった。


「魔法石? よくわからないがそれでいいんだな」


「そう、500個」


 男は魔法石が持つ効果を知らなかった。そもそもゲームすら知らなかったのだから無理はなかった。それどころか浩太にサービスまでした。500個の石を人間が持つことは物理的に不可能だったので、浩太の心の中に渡したのだ。もちろん、魔法石の効果を完璧に使えるように。


 そして男は浩太を異世界へと転生させた。直前に浩太が招待コードは、とか言っていたが全てを無視した。


 浩太がいた場所を眺めながらふと男は魔法石が何なのか気になった。この時、彼はただの石だと思っていた。知識の樹にアクセスし、魔法石のことを調べだす。


「なになに……使用すれば強力な仲間を召喚できて、体力も全回復、自身を強化、死んだ場合は復活できる!?」


 まるで神の石じゃねえか、そんなヤバい物を500個も渡したのかよ。既に石はあいつの心の中だ、誰にも回収することはできない。男は恐れた。


 普段なら強大な力を持たせて転生させることはしなかった。せいぜい顔の形や転生させる世界を選ばすくらいだった。だが、今回は違う。神と呼ばれている自身に匹敵、それ以上の力を渡したのだから。


 しばらく考えた後、男は諦めた。そして願った。転生させた世界の神に自分が力を渡したことがばれないようにと。


 


    


 

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