父と子。そして目覚め。
二話目です。
主人公無双は次話にて
慎也が出会った筋骨隆々な馬並みだった男に化けることができる狼、名前はバルドと言うらしい。
「異世界人…だと?」
「信じてくれるか?」
「俄かには信じ難いが…お前の話す内容が強ち嘘だとは言い切れんな」
慎也は自分の事をすべて話した。これからこの世界で生きる上で、こっちにはこっちの常識がある。
常識から外れたことをした場合、記憶喪失なんて言い訳は何回も通らない。ならば全て話して味方をつくる。幸いなことにバルドは町での生活も長いので、いろいろ教えてくれるだろう。
そう考えながらバルドが仕留めてきたオークを捌き、焚き火にかざして焼いている。
この世界ではオークの肉は比較的よく口にするらしいのだが、人型のままバルドはかぶりついていたため抵抗が半端なかった。そこで、慎也はバルドにナイフを借り、ただの肉へと捌いてから食べることにしたのだ。
(テレビで見るのと生で体験するのは全然違うんだな…)
生きるためには食べなければいけない。仕方がないとは言え、気持ちのいいものではなかった。
「俺は、これからどうしたらいい?」
「町へ行き、冒険者になるのが一番だな。多少常識はずれでも気にする奴は少ない。」
「誰でもなれるのか?」
「誰でもとなるとEランクまでだ。試験を受けるか、Cランク以上の推薦でDランクに上がることができる。」
「推薦ならいきなりDまでいけるのか?」
「ああ、なんならギルドマスター宛に手紙でも書いてやろう」
「マジで!?いいの?」
「ただし、実力がなければ俺は手紙を書かん。強くなれ」
バルドはなんとBランクの冒険者でもあるらしい。しかし、それも五年も前の話だとか。
そこで慎也は不思議に思う。何故この狼はここまで親切にしてくれるのか、と。
「なあ、なんでバルドはそこまでしてくれるんだ?借りを返すって、オーガがいたところから遠ざけてくれただけでも十分じゃないか?
そりゃ、飯をくれたり、紹介してくれたり、鍛えてくれるのはありがたいが…」
「そこまで気になるか?」
「人間ってさ、疑い深い生物なんだよ」
「ふむ、…私たちの一族は遠い昔に滅んでいる。」
「え…」
いきなりの話でついていけないが、とりあえず全てを聞くことにする。
「一族の生き残りは私だけだ。私は一族の復興のために長く生き、伴侶を見つけ、子を残さねばならん。つまり、私にとって、命の恩人とは、一族全ての恩人であると同義なのだ。
疑われるかもしれないが、本心だよ」
「そうか」
そこから会話は続かなかった。嫌な沈黙ではないが、ただ食べるだけでは味気ない。
「本当に俺を鍛えてくれるのか?」
「ああ、嘘は言わん」
慎也は肉を置き、バルドへと向き直る。真剣な眼差しにバルドも真剣に答える。
「俺はこの世界のことがわからない。戦い方もわからない。でも、この世界で生きなきゃいけない。あのオーガにも勝てなきゃダメなんだと思う。
俺には超速再生ってスキルがあるが傷が早く治るだけで勝てない。
勝てるように鍛えてくれるか?」
「まかせろ」
さも当然とばかりにバルドは即答した。
そこから、人間が狼に世界の情報から戦い方も教わるという世にも奇妙な生活が始まった。
金の単位や文字、常識、世界情勢、森での歩き方、野営の仕方、戦い方…
およそ半年間、慎也はバルドに鍛え続けてもらっていた。
◇
鍛えてもらっている間、自分の持つスキル「超速再生」もだいたいわかってきた。
簡単に言えば死なないのである。
きった先から傷は癒え、腕を切り落としても時間をかければ元に戻る。
魔力を消費するので、魔力がつきれば治るのは極端に遅くなる。しかし、そのような場合は生命維持に必要なところから回復し、結局元通りになる。
慎也が死ぬためには、マグマに飛び込み、治るより早く全身を溶かすか、魂に深い傷を与えなければならないことが憶測にはなるが判明した。
(海に沈められたら苦しいのに死ねないってことだよな…)
なんてぶっそうなことを考えたりもした。
季節は冬。雪がつもる森の中、彼らはある獲物の足跡を追っていた。慎也はバルドの冒険者時代の装備を付け、バルドは狼の姿で。
「…まちがいない、奴の匂いだ」
「冬眠できなかったのかねえ」
「そうだろうな。あの巨体が入る穴倉などそうそう見つからん。気をつけろ、冬眠できなかった魔物はいつもより凶暴になる」
それを聞き、慎也は日本での凄惨な事件を思い出していた。
「三毛別羆事件」
冬眠できなかった巨大な熊が村人を次々に襲う悪夢のような事件。
日本の羆でそうなのだ、異世界のBランクのオーガであればもっと恐ろしい事になる。
しかし、倒さねばならない。
慎也はバルドから、オーガを倒すことができればギルドへの紹介状を書くと言われているのだ。倒さなければならない。
「近いな」
バルドがつぶやく。今回、バルドは索敵以外一切手伝わない約束なのだ。慎也は深呼吸をして、バルドから授かった剣の柄に触れる。
そのまま歩くと、茂みの向こうから物音が聞こえる。慎重に気配を隠し、近づいていくとその姿が見えてくる。
「うっ……!?」
オーガは食事中であった。しかしそれは、野生動物や魔物ではなく鎧を砕かれた人間であった。
「あいつ…!!」
「落ち着け!…怒りで我を忘れるな。これが自然だ」
バルドの言う通り、オーガは快楽のために人間を襲ったわけではなく、食料として襲っただけなのである。そこに正義も悪もない。
「そうだな…」
今度はしっかりとオーガを見つめ、隙を伺う。しかし、その背後から近づいてくるものが居た。
「…!慎也!!」
それに気づいたバルドだが、慎也は捕食中のオーガに集中して気づいてない。
後ろから近づいていたのはもう一匹のオーガなのだ。
(間に合わないっ!)
バルドは全力で慎也に向かって走る。
ドンッ!
「うわっ!」
慎也はバルドに体当たりを食らった形になり、吹っ飛んでいく。代わりに慎也がいた場所にはバルドが立つわけであり、もう一匹のオーガの攻撃をモロに食らってしまう。
「グオオオッ!!」
超重量の攻撃を背中に食らってしまい、背骨が鈍い音を立てながら潰れていく。内臓の一部が破裂しているのか口から大量の血を吐き出した。
「グ…ガァッ!!」
しかしそれでも、ただではやられずにオーガの左腕を噛み砕く。
「グギャッ!!」
オーガが悲鳴をあげるが、反撃はそこまでのようでバルドは蹴り飛ばされてしまう。
「バルド!!」
戻ってきた慎也はバルドに駆け寄るが、すでにバルドは虫の息になっている。
「に、逃げろ…殺されるぞ…」
「馬鹿野郎!バルドを見捨てて逃げ帰れるかよっ!」
「このままではっ…二人ともやられるぞ!」
「それでも!」
そこまで話していると捕食中のオーガも気づき近づいてくる。左腕を砕かれたオーガも怒り心頭な様子で走り寄ってくる。
「バルドを見捨てるくらいなら…俺もここで死ぬ」
強がりでなく、本心からそう呟く。この世界で右も左もわからない慎也に、多くのことを教えてくれた。後ろにオーガがいると教えただけなのに…ここまで自分を育ててくれた。ここで逃げたら、一生後悔してしまう。
「お前はいきるんだ!」
「バルド…なら一緒に生きよう。簡単に喰われてたまるかよ!
もし勝てなかったら…その時は一緒に死のう」
そう言い放ち、剣を構える。小剣を二本、両の手に持ち姿勢を低くする。バルドの戦い方をそのまま真似しているだけだが、この2ヶ月間ひたすらやり続けた構えである。
「うらあっ!!」
死の恐怖を掻き消すように叫び、二匹のオーガに向かっていく慎也。
地を這うような低さでジグザグに走りオーガヘと近づいていく。バルドは止めたかったが、声がうまく出せない。
オーガは力こそ強いがスピードはそこまで早くない。足元をかいくぐり、二匹が混乱したところで逃げ出せればこちらの勝ちである。
が、しかし。オーガは自らの持つ棍棒を、地面に叩きつけた。それにより、大量の土の塊や石が慎也に向かって飛ばされる。散弾のようにばらまかれた物はいかに慎也が素早くても躱すことができなかった。
いとも簡単に慎也の身体を貫いていく。
「グッ……ぅ……ぅおおおおお!!!」
その傷を超速再生で無理やり治し立ち向かっていくが、さっきのでスピードが多少遅くなってしまった。
その間にオーガは振りかぶっており…走り出した慎也に向けてフルスイングしたのだ。
ブチュン!!
「あ…?」
嫌な音を立てた自分の身体を見てみると、下半身がない。いや、上半身が後方に飛ばされたのだ。
「いっ…!?」
思わず叫びそうになる。が、視界にバルドがはいり、自分の役割を思い出す。身体がどれだけ悲鳴をあげても、時間をかければ再生するのだ。無理やり超速再生で下半身を作り上げる。魔力不足で陥いるとわかったあの頭痛がし始める。
それでも、バルドをここで殺させるわけにはいかない。
自分と違い、バルドには生きる目的がある。
バルドこそ生きるべきなのだ。
ふと、オーガをみるとさっきまで自分の下半身だったものに群がり、二匹で取り合っている。
「いま、なら…」
未だ治りきらない下半身を引きずりながらバルドの方へ向かっていく。
バルドは呼吸すら怪しい状況であり、事態は一刻を争う。
おもむろに自分の右腕をバルドの口に突っ込む
「噛めっ!血を飲んでくれ!」
「この傷だよ、死ぬのが遅くなるだけさ」
「っ…!!それでも!ここでは死なせたくない!」
「…」
「頼むよ!!」
「…ああ」
バルドが腕を噛むが、すでに下半身が千切れた痛みと頭痛のせいで痛みを感じない。
バルドに血を飲ませたのには訳がある。
慎也が超速再生をしている時のみ、その血にはハイポーション並の効果があることがわかったのだ。
致命傷は避けられないが、痛みに耐えれば数分なら走れるまでに回復したバルド。
それをみて安心する慎也。
「ありがとう、慎也」
「気にすんなよ、そりよりも」
「ああ」
「「俺が時間を稼ぐ」」
間。二人の間に静寂が訪れる。
「おい!バルド!」
「お前が逃げなくてどうする!?私は死ぬのは免れないんだぞ!?」
「うるせぇよ!そんなの関係ない!あいつらに喰われるバルドなんて考えたくない!」
「わがままを言うな!」
「わがままでもなんでもいい!逃げてくれ!」
「なにを言っている!」
「これ以上!俺は孤独になりたくない!」
「なっ…」
「この世界では俺は一人だ!初めてこの世界で優しくしてくれて、一緒に生活して、俺はバルドを家族と思って過ごしてきた!…この世界にきて初めてできた家族に死なれたら、俺は生きていけない!」
「慎也…」
「頼む、カッコつけさせてくれよ」
「……わかった」
「そうか」
バルドは了承の意を伝えると、慎也の首元の鎧を噛み、引きずるように走り始める。
「お、おい!なにしてるんだよ!」
「なに、家族に渡し忘れた、大切なものを思い出したんだよ」
「え…」
「慎也、お前に渡さなければいけないものがある。俺はもう助からない。だからこそ…受け取ってくれ」
「あ、ああ…わかった」
「すまないな」
それ以降は二人ともが黙って、オーガ二匹から距離をとっていく。
山の麓にある大岩がゴロゴロとしている場所に二人の姿はあった。バルドは人型になっている。
「ここにあるのか?バルドの渡したいものって」
「ああ、剣を一本貸してくれ」
「ほら」
バルドが小剣を受け取ると、それを自分の胸に突き刺した。
「ぐっ…」
「お、おい!!なにやってんだ!!」
悲鳴にも近い叫び声をあげて止めようとする慎也。しかし、バルドは止まらない。胸に円形に切り傷をつけていく。血が大量に抜けフラフラとしながらも、その傷口に腕を突っ込む。
「うぐう!!」
「やめろよ!おい!バルド!」
「だまってろ!!」
腕を抜くとそこには心臓があった。バルドは自分の心臓を抜き取ったのだ。
「お、お前…」
「これはな、私達一族に伝わる秘術だ。自らの力を渡すと言い、相手が受け取ると承諾した状態で自分で心臓をえぐり出す。この儀式の間のみ生きられるが、心臓が渡れば私は死ぬ。
…慎也。私は十分に生きたよ。俺には伴侶も血の繋がった子供もいないが…お前は間違いなく俺の子供だ。
お前と過ごした半年間は楽しかったよ。
この秘術で、お前は間違いなく強くなる。私達一族の力と、超速再生があればこの世界で生きることはできるだろう。
私のような、汚れた血を、一族の歴史を…お前に背負わせてしまうが…。
息子よ、我が生涯の生を以って、貴様に力を託す。受け取るがよい。
そして…生きてくれ」
慎也は泣いていた。最初はお人好しな人だと思っていた。それが半年間を共に過ごすうちに、父親のような温かみを感じるようになっていた。このまま二人で暮らすのも悪くない。
そう思っていたのだ。しかしそれは叶わない。間違いなくバルドは死んでしまうのだから。
だからこそ、少しでも生きて欲しかったのだが、このお人好しな狼は、力をすべて慎也にくれると言う。文字通り命を懸けて。
そして、息子に生きて欲しいと願ったのだ。
慎也は頷くしかなかった。
「わかったよ…親父。その力、受け取るよ」
「それでこそ我が息子だよ、慎也
…少し痛いが、我慢してくれ」
バルドはその心臓を慎也の胸元に近づけ、身体の中に埋め込む。文字通り埋め込んだのだ。
「っ……!?ぐああっ!!」
「古より伝わりし秘術により、かの者に我が命と引き換えに神狼の力を授けたまえ!!」
自らの心臓と慎也の心臓をその手で握りつぶす。すると、二つの心臓は一つの塊へと成っていく。そして、慎也の胸元へともどっていく。
「術式完了だ…息子よ…強く…生きろ」
そう言い残し、バルドは光の粒子となり、慎也の身体に吸い込まれていく。
慎也の心臓はすでに強く胎動をはじめている。全ての元凶を殺せと騒ぎ立てる。
力が溢れ、手首から肘にかけてはバルドのように黒い毛が生え、爪も鋭くとがっている。瞳は金色に、犬歯は鋭く伸び、体格は以前の慎也よりも大きくなる。165㎝だった慎重は10㎝以上のび、それに比例して筋肉も膨れ上がる。
「力は受け取ったぜ……親父」
目を瞑り胸に手を当て、そう呟く。しばしの間、そうしていたがおもむろに目を開き大きな咆哮をあげる。
「うおおおおおおおおおおおん!!」
すでに傷は癒え、溢れ出る魔力は周囲を歪める。そして、こう呟くのだった
「さぁ、鬼退治の時間だ」
誇り高き闇夜の森の王者がついに獲物に牙を剥くっ!!
話をぶっこみすぎたのか展開が早いなと…。
精進します。
オークは食べてもいい派です。