すねをかじる
「すねをかじる」
昔味わった、あの味が忘れられなくて、夜の街をさまよう。
ジリジリと尻を焦がす音を立てるネオンを離れて、影から影を縫って歩く。
ごみ箱を漁るシマハイエナ。
「よいものは見つかりましたか?」
「すてちまったものに未練はないけれど、思い出すと惜しくなって来て涙が出る。塩の涙に溺れかけて、また現在を拾いに街に出ると、今度は現実を無くしてしまう。ごみを漁っているように見えて、実は自分自身をなめているのさ。味は最悪で、友達になれる奴の味が知りたくなって来て、五、六人殺して来た。味は変わらない」
月は青白く、さめざめとしている。昔を思い出そうと声をかけた。
「そのハイエナと変わらない。ただこうして目立つようにネオンの下に立っていると、自分の赤裸々な姿がネオンに染まっていく。変わっていくのはやり方だけで、私自身はネオンに翻弄されているだけさ」
私は捜し求める。昔のすねの味を確かめたくて。
酒場を過ぎると住宅街で、死にたくなるほどシンとしている。
物音が外に向かって放たれるのでなくて、インインと内にこもっていく。 私の足音に気付いたヒキガエルが、後をつけて来て、忠告して来た。
「お前ひとりじゃない。エスケープは何人もいる。求めるのはいいが、自分が惜しいのなら帰った方がいい。取引に応じるバカは自分がどんな儲けものをしているのか知らない。宝の持ち腐れだ。お前もバカの一人じゃないか。俺の目が黒いうちはそんな勝手なことはさせない」
「味わって来たものを自分のものじゃないとは言い切れないでしょう?存分にかじってきたのに、いまさら他にもかじる人間がいるからだめだと言われるのは心外だ」
私は反発して言い返した。
ヒキガエルは反発されることに慣れていなくて、背中から脂汗をにじませながら答えた。
「もう充分だろ? 何で今頃になってやって来るんだ。定員はオーバーしている。お前の場所はないんだ」
ヒキガエルは嫉妬しているのだ。たぶんあぶれもので、仲間に入れず、すねをかじれなかったのだろう。こうして私を引き留めるのは、悔しいからに違いない。
私はヒキガエルを無視して、家から伸びるチューブを引っ張った。家の中から仔ヤギが引きずられて出てきた。
幼いピンク色の仔ヤギは震えながら問いかけた。
「あなたはだれ? どうしてここは寒いの? あのあったかなところはどこ? おいしいすねはどこにいったの?」
「坊や、もう君は戻れない。なぜなら君の場所はふさがったからだ。あしからず、強く世間の荒波に乗りたまえ。たくましくなって、昔を思い出しても帰りたくないくらいにたくましくなれるさ」
私は急いで家の中に飛び込んで、仔ヤギのいた場所を占領した。
しかし、そこはすでに私にとって暑すぎ、狭すぎ、すねの味は古びていた。
諦めて外に出ると、仔ヤギはシマハイエナに近寄り、寄り添うようにごみ箱を覗いていた。
声をかけようか……私は立ち止まる。けれどふと心変わりし、狭くも暑くもない、我が家に帰ることにした。
うるさい仔ヤギが何匹も住む家だが、いまさらながらにここよりマシだと気付いた。