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chapter1-1 

昔。ずっと昔の話だ。

俺はこの町で様々な”モノ”を失ってしまった。だから……取り返さなければいけない。もしかしたら俺の思考はあの頃から一歩も進んでいないのかもしれない。ただそれでも、あの日失ってしまった”モノ”は俺の人生を捧げてでも取り戻す。その気持ちは幼少のころから変えてはならない気がしていた。


「結構変わっちまったんだなぁ……昔の地図とか土地勘なんて当てにならないんだろうな」


幼稚で浅はかな心。そんなのは重々承知だ。もしかしたら俺がこの5年で手にしたものは間違った力なのかもしれない。求めてはいけない現実と幻想の壁を塗り替える……今更この幼いながら固く血生臭い心は変えられないのだろう。そんな事をしてしまったら自分を失ってしまう。そんな勇気は俺には無い。


「おーす翔馬(ショウマ)!……ずいぶんでかくなったわね」

「えっと……」

「あははは、もうアタシの顔とか忘れちゃったかぁ!話は聞いてると思うけどこっちでアンタの保護者替わりになる朝倉奈々(アサクラナナ)よ。一応言っておくとアンタの母ちゃんの妹に当たるわね!」


そう言いながら駅でただ茫然と突っ立ていた俺に女性は話しかけてきた。朝倉奈々(アサクラナナ)、俺の母親の姉妹の末っ子でこの田舎町”空亡町(クウボウチョウ)”で若くして幾つものアパートの大家をしている。俺が最後に会ったのは……丁度この町を出ていくときだった気がする。あの頃はまだ学生だったと思うけど、実際に再開すると時間の進みを感じてしまう。


「最後に会った時はまだお姉ちゃんお姉ちゃんって甘えてくるような子供だったのにね……元気にしてた?」

「人並みには普通に生活してました。……お久しぶりです」

「うん、本当に久しぶり。随分と落ち着いた物腰になっちゃって……アンタがまたこの町に戻ってきてくれて凄く嬉しいよ」

「……」


俺は何も答えられなかった。この町から離れて無口になったつもりは無い。ただ単純に色々な思いが込み上げて何を言ったらいいのか全く思いつかなかった。本当にまだまだガキだ。

そんな俺を奈々さんはただ黙って待っていてくれた。下手な言葉をかけられるよりも数億倍ありがたい。やがてしばらくした後、俺は奈々さんの車に乗ってこれから自分の家になるアパートへと向かう事にした。


俺の名前は”御巫(ミカナギ) 翔馬(ショウマ)”。この町で失った”モノ”を取り返しに来た。

……いや、取り戻す事なんてできない。俺がしたいのは償いとか復讐とか、そういう類のものなのかもしれない。







chapter1 ”welcome to another dream”






「ここが今日からアンタが暮らすことになるアパートだよ!どうだい、なかなかの好待遇だろぅ?」

「……本気で言ってるなら奈々さんはアパートの管理人を辞めるべきだ」

「なはははは!まぁ見てくれは結構ぼろっちぃアパートだけど仲は高性能高設備なんだよ?学校からも近いし!」


奈々さんに案内されたアパートは見た目はまんまオンボロアパートと言っていい場所だった。

こっちに帰ってくるのが急な話だったという事もあって期待はしていなかったが、相手は中々の年期物だ。鍵を預かり2階の自分の部屋の前まで歩くと、少し離れたところに高校が見えた。


「ね、高校まで本当に近いでしょ?ここからまっすぐ行ったあそこに見えるのがアンタが通う高校……空亡(クウボウ)高校。なんか懐かしいなぁ~」

「懐かしいって言っても奈々さんはこの町から離れてないんだし、毎日見てるでしょ?」

「うーんそうなんだけどねぇ……でもやっぱ実際これからあそこに通う子の手伝いとかしてるとやっぱり懐かしさが格別なのだよ翔馬くん」


そういうものなのだろうか?俺は特に返事をせずに自分の部屋へと入ってみた。

中は外の見てくれとは正反対にかなり最新のアパートのような空間が広がっている。どうやら奈々さんが言っていた事は本当だったらしい。風呂とトイレがちゃんと別々に設備されているし洗濯機もある。どっちかと言えばマンションなのでは?と思ってしまう程だ。


「すごいですね……綺麗だし設備も最新式のばっかりだ」

「久々に来る甥っ子の為にこれでもお姉ちゃん頑張ったんだよ全く……これなら不自由ない1人暮らしができるだろ?」

「本当に感謝しています奈々さん。急にこっちの高校へ通いたいなんて我儘を言ったのにこんな良い部屋を用意してくれて……」

「おんやぁ?さっきアパートの管理人なんて辞めるべきなんて言ったのは誰だったかなぁ?」

「あっははは……さっきの発言は取り消しでお願いします」

「まったくしょうがないなぁアンタは!」


奈々さんは意地悪気にそう笑いながら言う。……変わってない。そのことに安心と不安を同時に感じた。変わってない事が嬉しいし好都合だが変わらなきゃいけない現実もあるからだ。


「荷物は明日届くんだっけ?」

「はい、明日届くので始業式には間に合うと思います」

「よし!じゃあ荷物の整理は明日にして……今日は豪勢に食べに行こっか!!」

「えっそんな悪いですよ、ここまでしてくださっているのに……」

「えーいうるさい!昔は涎を垂らしながら「一緒にご飯行くー!!」とか言ってた馬鹿正直な翔馬はどこへ行っちゃったんだぁ!」

「いや、そんな昔の事を言われても……」

「こっちに居る間はアンタの保護者はアタシなんだから、アタシが来いって言ったら大人しくついてくるの!良い?」

「はっはい……」

「よろしい!それじゃあお寿司と焼肉どっちがいい!?」


奈々さんは何故か俺よりもキラキラした目で贅沢な2択を迫ってきた。

そうだな、寿司って気分だ。アイツも昔から寿司が好きだったしこの町で初めて口にするものは寿司が良い。そんなセンチメンタルに駆られてしまう。


「それじゃあお寿……」

「うんやっぱ焼肉だよねぇ!男の子だからやっぱり体力つけるためには肉しかないでしょう!なによりビールが進みそう!」

「…………はい」


どうやら俺のセンチメンタルなんてものはこの人には関係ないようだ。




――空亡町焼肉店”カチドキ”




俺のアパートから徒歩5分もしない場所にある空亡商店街。その一角にある焼肉店”カチドキ”に俺と奈々さんは来ていた。どうやら行きつけでお勧めの店らしい。

七輪の上で踊る肉たちは食べ放題ながらも胃袋をかき乱す舞いを披露する。俺は恐ろしいスピードで肉を頬張る奈々さんの隙をついてちょびちょびと食事をしていた。


「んぐ……んぐ……ぷはぁぁぁ!!やっぱ焼肉とビールはロミオとジュリエット並のベストカップルだねぇ!!」

「スゴイ食い気と飲みっぷりですね……昔から豪快でたくさん食べる人でしたけどさらに磨きがかかってる」

「どう、このお店良いでしょう?肉も良いしビールも旨いし何より食べ放題でリーズナブル!アンタも高校で友達が出来たら一緒に食べに行くのよぉ?」

「そうですね、利用させてもらいます」


俺の返事をちゃんと聞いているのだろうかこの人は。一向に肉とビールを口に運ぶスピードは緩まない。

狭いながらも老舗の雰囲気がたまらない店内には仕事帰りや家族連れなど様々な客層が見受けられる。ここは昔からあった店のようだが……俺の記憶には覚えが無い。


「ここって……だいぶ古い店ですけど昔からありましたっけ?」

「ん?アンタがこの町に居た頃は確か……まだ八百屋だったんじゃないかな?」

「八百屋……あぁ、確か商店街に八百屋があったような気もする……」

「”アンタ達”は良くこの商店街で遊んでたからねぇ……多分マスターもアンタの事覚えてるんじゃないかな?」

「マスター?」


俺が疑問気に尋ねると奈々さんは店員を呼んで何やら話し始めた。どうやら追加の注文と言う感じではない。


「たくっなんだい朝倉の嬢ちゃん、仕事中は気軽にホイホイと呼ぶんじゃねぇってあれほど……」

「おーすマスター!ほらほら、コイツの顔とか覚えてる?」

「おっなんだ嬢ちゃん、とうとう彼氏でも連れてきたか?……にしてもちっと年下すぎやしないかぃ?」

「失礼な、アタシだってまだまだピチピチの22歳だから年の差はそんなに無いっての!ってそうじゃなくてコイツの顔!見たことあるでしょ?」


奥から出てきたのはいかにもな風貌な強面のおっさん……いやオジサマとでも言っておこう。

奈々さんが言ってることを聞いてる限りこの人に昔俺は会っていたという感じなんだろう。

マスターと呼ばれた男は俺の顔を舐めるように、そして頭をガシッと掴むと顔をやけに近づけて吟味するように見てきた。


「あの……一応客なんで頭を掴むとか止めてもらって良いですか」

「てめぇ……まさかあの悪ガキの翔馬か!?」

「ピンポーン大・正・解!!何と今年からこっちの高校に通う事になりましたー!!」

「おぉい久しぶりじゃねぇか!!てっきりもう二度と会えねぇと思ってたぞクソガキ!!」

「クソガキ……あぁ、確か八百屋のクソオヤ……ジ?」

「誰がクソオヤジだ!!ずいぶんと落ち着いた人間になっちまったじゃねぇかおい!!」


そう言いながら強面のクソオヤジは俺の肩を何回もバシバシと叩いてきた。

俺がこの町にまだ居た頃、この商店街でよくこっ酷く俺らの事を叱りつけてきたクソオヤジが居た。”向井堂(ムカイドウ) 銀次郎(ギンジロウ)”。他人の子供だろうがお構いなくクソガキとか言ってしまう頑固オヤジ。


「しっかしまたどうしていきなり帰って来たんだお前?」

「まぁ色々ね……というか銀次郎さんいつから八百屋止めて焼肉屋なんて始めたんですか?」

「うげぇぇぇぇ気持ちわりぃ!!お前に”銀次郎さん”とか言われたくねぇよ!!昔みたいにクソオヤジって言われた方がまだマシだ!!」

「……はぁ、んじゃあオッサンは何で焼肉屋なんて始めたんですか?」

「オッサン……まぁ良いだろう。野菜より肉の方が好きになった、それじゃぁだめかい?」

「なんだそりゃ、でもまぁ……お久しぶりです」

「おう。……まぁなんだ、この町に居るんならちょくちょく店に来るんだぞ。旨い肉食わせてやっからよ」

「マスタービール!!ほらほら働けぇ!!」

「たくっ朝倉の嬢ちゃんから呼んどいてこれだぜ……おら、スペシャル盛り持ってきてやるから少し待ってろ!」


オッサンはそう言うと厨房の方へといそいそと帰って行った。昔より丸くなったような感じがするが実際どうなのか俺には分からない。

あの頃から心は変わっていないと言ってもやはり記憶や感情は年を重ねるごとに薄れ新しい自分らしさに上書きされている。この町の変化や昔の事があやふやな事がなによりの証拠だ。


「ほらぁ、翔馬もどんどん食べた食べた!」


あなたが殆ど肉を取るから食べられない……何て言えないな。




――空亡商店街”中部”




「うへぇ……もう飲めない……」

「しっかりしてくださいよ奈々さん。ほら、もうちょっとで家ですから」


あの後ひたすら飲み食いをした奈々さんは最終的にご覧の通り出来上がってしまった。

カチドキのオッサン曰く「まぁ朝倉の嬢ちゃんは毎回こんなもんだし、明日当たりちゃんと料金払いに来るだろうからとりあえず連れてけぇりな」とか言ってたからきっと毎回こんなになるまで飲んでいるのだろう。

そんなこんなで足元がおぼつかないない奈々さんに肩を貸して今は商店街を歩いている所だ。昔と本当に変わらないなこの人。


「奈々さんじゃなくてぇ……昔みたいにお姉ちゃんって……zzz」

「歩きながら寝るってどういう事だよ……ほら、そろそろ商店街も抜けるからしっかり歩いて!」




『…………………………』




「……っ……」

「んん……ん?どったの翔馬?」

「いや、何でもない。春って言ってもまだ夜は寒いんだから早く帰ろう奈々さん」

「……?」


どちらかと言えば今まで一体にも出会わないで居たのがビックリなぐらいだ。やっぱり田舎町の方が存在が濃いような気もする。

無害なんだろうけど気分が悪いし、とりあえず俺は奈々さんを家まで早く送り届ける事にした。

幸いにも俺のアパートの目の前が奈々さんが主に生活して管理しているアパートだ。そんなに時間はかからないだろう。




――10分後




「早く寝なさいよ……か、何か久しぶりに聞いたなぁ」


向かいのアパートに奈々さんを送り届けた後俺は商店街へと引き返していた。

理由は強いて言うならば……あの日以来”俺の霊感は異常なほどに高くなったから”だ。

簡単に言えば見えてしまうんだ。幽霊が。さっきもこの商店街を通ってた時さりげなく立っていた人物がいたけど明らかに周りと発しているものが違う。


「おいお前、そんな所でなにしてんだ?」

『エグッ……ヒック……』

「ほれ、泣いてても分からんだろ。どうしてこんな所に居るかって俺は聞いてるんだけど?」

『ひっく……ママとはぐれて……誰も僕を見てくれなくて……』

「あぁ……そういう……」


正直一番面倒なパターンかもしれない。自分が死んだと自覚している幽霊なら話が早く進むんだが子供の幽霊となると自分の死を自覚していないし自我が成立してないから浮遊幽霊としても不安定だ。

普段ならとりあえず現実世界で成仏できるように満足させるが……子供だと難しいかな。


『僕は誰にも触れないダレニモ構ってもらえない……ダレニモダレニモ!!』

「おいお前、静かにしろ」


俺はそう言うと泣き続ける子供と顔を合わせる為にしゃがんだ。


「男なら泣くな……何て俺は言わない。俺も昔泣き虫だったからな。」

『エッグ……お兄ちゃん……も……?』

「あぁ。だからむしろ泣けるときに思いっきり泣いとけ。そうじゃないと泣いてる場合じゃない時にメソメソして大切な人を悲しませちゃうかもしれないだろ?」

『うん……僕も……ママを泣かせたくない……』

「よし、よく言った」


子供の幽霊はいつの間にか泣き止み、唇を噛みしめジッと俺の事を見上げていた。

俺は念仏を唱えるなんて事は出来ないから無理やり幽霊を成仏させる事は出来ない。だから俺ができる事は幽霊自身に満足して自ら成仏してもらう事ぐらい。……まぁ、実際ちゃんと成仏とやらが出来ているのかは全く分からないんだが。


「はぁ……とりあえずじゃあ行っとくか。”妖夢”に」

『よう……む?』

「お前のお母さんに会わせてやるって言ってるんだ。だからほら……ついて来い」

『うっうん!』


子供の幽霊はそう言うと光の玉のようになると俺の体の中に吸い込まれていった。無意識に憑依しやがったか……子供侮れないな。

でもまぁ、これでひとまず安心だ。後は家に帰って寝るだけだな。




――翔馬の自室




「目覚ましのセットは大丈夫、今が11時だから……八時間も寝れれば十分か」


俺はそう言うとまだ何も置かれてない部屋に敷布団を敷くと眠りにつく。

彷徨う魂に最後の夢を届けるために……。

いや、綺麗ごとだ。俺はそんな事一寸も思っていない。結局は自分の目的のために幽霊を利用しているだけなんだ。

次の瞬間、俺の意識は”妖夢”の中へと吸い込まれていった。

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