その3
それから一時間ほどで居間は片付いた。もっとも物が選り分けられただけで、小さなゴミや塵は落ちている。床はダンボール箱とゴミ袋でいっぱいだ。
『タンバ』は私には休憩するように言うと、キッチンへ行って溜まっていた食器を洗い始めた。疲れなど微塵も見せずに働き続けている。
水周りがきれいになると、再び仕分けが始まった。よく似たタイプの食器は気に入ったものだけ残す。じゃ、茶碗は二つでいいやと言うと、お客が来たときのためにいくつか残して置くように言われた。ここに来るのは兄ぐらいなのだけど、片付けば人を招こうって気になれるんだろうか? 使わない食材も戸棚から引っ張りだした。賞味期限が三年前とは我ながら呆れるが『タンバ』は気にする様子もなく、作業を続けている。
キッチンが終わるとバスルームとトイレにかかる。トイレだけは清潔にしていてよかった。いくらお掃除ロボットでも、汚いトイレを見られてはさすがに恥ずかしい。
ベッドルームがこれまた大変だった。『タンバ』は押入れから何セットもの布団を引きずり出した。どうしてこんなにたくさんの布団があるのか自分でも分からない。両親が来たときにいくつか置いていった気もするが、それにしても多すぎる。
備え付けのクローゼットは一旦中身を全部出した。何年も着ていない洋服がたくさん出てくる。取材に行ったお店で衝動買いしてしまったワンピースや、露店で見つけた花柄の古着シャツ。どれも気に入って買ったものばかりだ。大きな収納ケースに何箱分もあるのだけど、こんなのどうやって整理しろって言うの? 後生大事に持っていても着ない服はもう着ないのだ。『タンバ』と仕分けをしているうちに、私にもそれが分かってきた。
「最初から全部存在しなかったことにして、処分しちゃおうかな?」
そう言うとタンバが首を振った。
「いいえ、そこまでする必要はありません」
そして一枚一枚服を広げ、私には分からない基準ですばやく選り分けていった。審査に通った洋服は『いる物ボックス』には入れずに、すぐにハンガーにかけクローゼットに収納していく。
余裕を持ってぶら下げられた洋服たちはお店のディスプレイみたいに素敵に見えた。あれ、こんな服も持ってたっけ? どれも自分の服じゃないみたいに思える。
「ねえ……『タンバ』ってセンスいいんだね」
「ありがとうございます」
クローゼットに目を奪われていた私は、後ろを振り返ってびっくり仰天した。万国旗のように鮮やかにベッドを彩っていたのは、引き出し一杯分のブラジャーとショーツだったのだ。『タンバ』は私の下着を広げてはベッドの上にせっせと並べていた。それもきっちり等間隔に。
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いくら掃除機だとは言え、見た目イケメン男子に下着の整理などされてはたまらない。
「あのっ、下着ぐらいは自分で片付けるから」
「いいえ、彩さんには無理です。下着を集めるのは趣味なのでしょう? とても愛着を持っておられますね」
「そうだけど……」
なぜ分かった?
「いらないと判断しても処分できますか?」
「で、できます」
『タンバ』はクリーム色のブラを両手に持って高く掲げた。
「では、これを処分しましょう」
「ああ、それは駄目!」
「ですが、デザインは気に入っていても、装着感が悪くて使っていないのでしょう?」
「ど、どうして分かるの?」
「身体に合わない下着は健康を害します。処分するしかないのです。ここは私にお任せください」
断固とした口調に引き下がるしかないようだった。まあ、いいか。この人は掃除機なんだから、下着を見られたって問題なんて全くない。ほうら、透け透けのTバックを見たって顔色一つ変えてないじゃない……のおおお!
「そ、それは駄目!」
私は飛び上がって手を伸ばした。友人の結婚前夜パーティの景品だったのだけど、例え相手が掃除機ロボットでも、見られては恥ずかしすぎる代物だ。
「取っておきますか? サイズはぴったりですよ」
私の動揺には気付かぬ様子で、彼は指先でTバックの両端をつまむとびよよんとひっぱった。もうやめて~!
「違うの。持ってるだけで、一度も履いてないんだからね」
「不要であれば処分をお勧めしますが、まだ履いておられないのでしたら、試着してから決められてはいかがですか?」
『タンバ』は私に透き通った小さな布切れを差し出した。
「い、いいです。履く機会なんてないと思うし」
私はTバックを『いらない物ボックス』の底に押し込んだ。
もう何を見られても恥ずかしくない気分になって、彼の仕分けを見守ることにする。買った記憶のない下着もたくさんあった。一体何年間、あの引き出しに入っていたんだろう? 彼は次々と下着を手にとっては箱の中に放り込んだ。
「これはワイヤーが食い込むので使っていませんね?」
当たりです。
「おや、これはCカップですよ。彩さんには大き過ぎます」
それも当たりだけどね。余計なお世話です。
容赦なく半数以上の下着を処分すると、『タンバ』は残りを引き出しに戻した。
「いかがですか?」
彩りもよく整然と収められたブラとショーツを眺める彼は、気のせいか誇らしげに見える。それ、全部、私の下着なんだけどね。