その2
みるみるうちにダンボール箱が一杯になった。中でも『いらない物ボックス』はすぐにあふれそうになったので、その度に『タンバ』はスーツケースに戻り、新しい箱を取り出した。
私は『いらない物ボックス』と『決められない物ボックス』(確か雑誌にはこの箱に入れた物も処分すると書かれていた)を指差した。
「それ、全部捨てるの?」
「いいえ、まだ使えるものがほとんどです。ネットオークションやフリーマーケット等で売却してはいかがでしょうか?」
「うわ、面倒。そういうの苦手なのよね」
「では、それについては後ほど考えましょう。次は本棚ですね」
「ちょ、ちょっと待ってくれる?」
彼がまた動き出す前に、さっきから気になっていた疑問をぶつけてみた。
「ねえ、『あなたが』掃除機なんでしょ? どうして私まで掃除に付き合わなくちゃいけないの?」
「私の判断でお客様の持ち物を処分してもよいとおっしゃるのでしたら、かまいませんが?」
「それは困るけど」
そこで『タンバ』はずいと私に顔を近づけ、声を潜めた。
「実を申しますと、私は普通の掃除機ではございません」
それは見ればわかるけどさ。
「私はお客様の清掃をインタラクティブに支援するよう設計されております」
「はあ」
「すなわち、私の性能はお客様と共に清掃作業を行うことにより、最大限に引き出されるのです」
「はあ」
「掃除は楽しく気持ちよく、が私のモットーです」
「はあ」
「たったの二日間です。楽しくやりましょう」
えええ! ということはつまり、今から二日間、こいつにたっぷり掃除をさせられるわけ? 兄がずいぶんとしつこく私の予定を確認していたのは、なるほど、こういうことだったのね。
『タンバ』は泥棒が入った後のような部屋の中を見回しながら、言葉を続けた。
「言い換えれば、二日間しかないということです。つまりさぼっている暇はないのです」
「はい……」
言われなくてもわかってる。私は整理整頓が何よりも苦手なのだ。というよりも、どうすれば片付くのやらさっぱりわからない。家には人も呼べないし、歴代彼氏(の話はしたくないが)が遊びに来たこともほとんどない。一度来ればもう十分、たいてい一週間以内に別れ話になる。
『タンバ』は予告どおり、本棚の整理に取り掛かった。本のタイトルに片端から目を通している。縦になっている本もあれば横に積まれているものもあった。そして隙間に出来た空間には様々なものがねじ込まれている。 私の蔵書だけでなく出版社から送られてきた雑誌や、取り寄せた資料もまとめて収納してしまおうと一番大きな本棚を買ったのに、結局入りきらなかった本が周りの床に積み上げてあった。
「この本は昨年のベストセラーでしたね。読み返す予定ですか?」
「もしかしたらね」
「では処分しましょう。読みたくなれば図書館でも借りられます」
「はあ」
「これはレシピの本ですね」
「装丁がかわいいでしょ」
「埃が溜まってますね。使っているのですか?」
「ううん。ネットでレシピを見たほうが早いから」
「では、これも処分します」
「ええ? でも……」
「作るのですか?」
「……そのうち作るかも」
「やはり処分しましょう」
「はい」
『タンバ』は棚の下の方から出てきた大きなマニラ封筒を開いて中身を取り出した。
「おや、手書きの原稿ですか? お客様の?」
「やだ、こんなところにあったんだ」
私は慌てて彼の手から封筒を奪った。
「こ、これ、投稿しようと思って書いた短編なの。でも、もういらないから捨てるね」
そう言ったとたんに『タンバ』の手が伸びて、私の手から封筒を取り返した。
「いけません。こういうものは残しておくべきです。手放したら二度と手に入りませんよ。お金では買えないものは大切にしてください」
言われてみれば確かにそうかもしれない。捨てるほどひどい出来でもないし、そのうち読み返したくなるかもしれないし。私は『いる物ボックス』に封筒を入れた。
本棚と壁の間からは様々なサイズの画用紙が出てきた。学生時代に描いた水彩画とパステル画だ。
「お客様は絵も描かれるのですね」
「最近は描かないけどね。これも取って置いたほうがいい?」
「ええ。写真を撮って現物は処分するという方法もありますが、それほど場所をとるものでもありません。やはり保管するべきでしょう」
絵は下手じゃないと思う。特に水彩はそんなに悪くない。
タンバは真面目な顔で一つ一つの作品に目を通し、丁寧に重ねなおして大きなスケッチブックに挟んだ。おかしなロボットだ。
「それでは今から十五分間の休憩を取ります」
『タンバ』はキッチンに行き、慣れた手つきでお湯を沸かした。彼に出来ないことはないらしい。
「お客様はコーヒーでよろしいですか?」
「うん。でもそのお客様っていうのやめて。彩でいいわ」
「お客様を呼び捨てにしてはならない決まりとなっております。彩さんとお呼びしてもかまいませんか?」
「うん、それならいいかな」
『タンバ』は二人分のカップを持ってきた。
「ロボットってコーヒーを飲むの?」
「定期的に水分を補給しなければならないのです。ついでに充電を行いますね」
彼はドッキングステーションの上に腰を下ろし、いつの間に持ってきたのか私の書いた小説の原稿を読み始めた。恥ずかしくて誰にも読ませたことはなかったのだけど、掃除機なんだから気にすることもないか。
「あれ、続きはどこですか?」
しばらくして彼が顔をあげた。
「どうしても最後のシーンが気にいらなくて途中で投げちゃった。だから投稿もしなかったの」
「そうですか」
彼は原稿をきれいに束ねて封筒に戻した。その声は少しだけ残念そうに聞こえた。




