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その1

 入稿が終わったので、今朝はのんびりしようと決めていた。入稿と言っても私は漫画家でも小説家でもない。雑誌の記事を書くのが私の仕事。ファッションやインテリア系が多いが、最近は通販カタログの依頼も受ける。


 撮り溜めたドラマを見てしまおうとソファの上の雑誌や箱を床に下ろし、座ったとたんに玄関のチャイムがなった。どうしていつもこのタイミングなんだろう? 


 勧誘だったら無視するつもりでドアの覗き穴に目を当ててみれば、作業服姿の若い男性が立っている。大家さんがガス器具の点検でも頼んだのかな? あのおじいちゃん、最近ボケてきてるから事前に伝えるのを忘れたのかも。


 ドアを開けると男が言った。


「こんにちは。笹田彩様でございますね。私、大山田産業清掃サービス事業部より参りました。掃除機ロボットを二日間レンタルされるということでよろしいですね」


「はあ?」


「笹田洋介様からのご依頼なのですが……」


 男は兄の名前を出した。でも、どうしてお兄ちゃんがお掃除ロボットなんて借りるんだろう?


「ええと、少し待ってもらえますか?」


 一旦ドアを閉め、玄関先の電話から急いで兄に連絡した。


「お兄ちゃん、お掃除ロボットなんてレンタルしたの?」


「ああ、そういえば今日だったっけな。お前の部屋、あまりにも汚ないから借りといてやったんだよ」


「ちょっと、勝手なことしないでよ」


「だってお前、自分じゃ掃除しないだろう? 支払いは俺がしてやるからありがたく思え」


「もう、仕方ないなあ」


 兄の突飛な行動はいつものことだ。私は諦めて受話器を置いた。来てしまったものは仕方ない。まあ、自腹を切るんじゃないならかまわないか。


「すごく散らかってますけど」


 そう断ってから、私はすごく散らかっているどころではない部屋に男を通した。


 彼は特大のスーツケースをごろごろ引っ張って居間に入ってきた。様々な物体が散乱する六畳の居間を見まわす。ピシッとのりの効いた作業着姿の彼はかなりのイケメンだ。年の頃も私と同じ、二十代半ばといったところ。この惨状を見られるのは恥ずかしかったが、清掃会社の人ならもっと酷い家を見ているはずだと開き直ることにする。


 男は比較的物が少ない一角を見つけると、スーツケースをばかっと開いた。つや消しの黒に塗られたスーツケースの中を私は彼と一緒に覗き込んだ。一番上にはゴミ袋の束がびっしり並んでいて、下に何が入っているのか分からない。


 掃除機ロボットって床の上をくるくる走り回る丸っこくて可愛い奴よね。でも、この部屋の床には掃除機が走り回るスペースなんて見当たらないのだけど。この人、気付いてないのかな。


 まず最初に彼はゴミ袋の層の下から、青い布で出来た正方形の物を引っ張り出すと、私が物を動かしたばかりのソファの上に置いた。


「これがドッキングステーションになります。充電時はここに戻ります」


「はあ、そうですか」


 でも、それ、どう見てもただのクッションなんだけど?


 次に男は平たく折りたたまれたダンボール箱らしきものをいくつも取り出し、ケースの蓋を閉めてしまった。


「あれ、ロボットはどこにあるんですか?」


「こちらです」


 男はおもむろに自分の顔を指差した。


「私は人型清掃支援ロボット『タンバ SC800 Mk-III』と申します。今回の依頼内容は笹田様のアパートの清掃及び整理整頓となっております。二日間どうぞよろしくお願いいたします」


 彼は礼儀正しく頭を下げた。そして私は電話へと走った。


「ちょっとお兄ちゃん。この人、自分がロボットだって言いだしたんだけど」


「ああ、俺んとこの関連会社で作ってるんだよ。すげーだろ」


「すげーだろって、どう見ても人じゃないの。あんなのどうやって作るのよ?」


「まだ開発されたばっかりでさ、でも話を聞くとすげーっていうから、社長に頼みこんで借りたんだ。しっかり片付けてもらえよ」


「で、でも……」


「まあ、任せとけばいいって。お前の部屋もすげーことになってるんだろ?」


 ……確かにすげーことにはなってるけどさ。


 兄がどういう仕事に就いているのかいまだに分からない。彼の説明によれば、ロボットを作る会社や研究所がいくつかあって、彼のチームはそこと提携してソフトウェアの開発をしているのだそうだ。一度覗きにいったのだが、職場の人たちはみんなコンピュータゲームに没頭していた。兄はこれも大事な仕事なのだと胸を張っていたが大変に疑わしい。しかしながら、ロボットを作る会社と言うのは実在するようで、兄からは『すげー話』をうんざりするほど聞かされたものだった。


 居間に戻ると『タンバ』は組み立てられたダンボール箱を三つ並べて私を待っていた。


「清掃の前に持ち物の整理から始めましょう。こちらに三つの箱があります」


「断捨離でしょ? そのくらい知ってるわよ」


「知っていても実行しなければなんの意味もありません」


 掃除機のくせになかなか手厳しいことを言う。


「いる物、いらない物、どちらかすぐには決められない物に分けてください」


 まずは床に落ちているものから始めた。脱ぎ捨ててそのままになってる服もあって、我ながら情けなかったけど、『タンバ』が表情も変えないので、羞恥心も『いらない物ボックス』の中に投げ捨てた。


「このぬいぐるみはどうされますか? 埃がすごいですね。ダニの温床になりますよ」


「それ、誰かに貰ったんだよね」


「思い出の品なのですか?」


「そういうわけじゃないけど」


 くれたのは前の前の彼氏だったことを思い出した。この部屋に遊びに来て、次の週には連絡が取れなくなったいい加減な奴だ。まあ、原因は私だから責める気もないんだけどね。私はぬいぐるみを『いらない物ボックス』に放り込んだ。


『タンバ』の助言のお陰か仕分けはどんどん進む。


 床からお菓子の空箱を拾い上げながら、彼の横顔に目をやった。人間にしては確かに整いすぎている。柔らかそうな髪はきれいに切りそろえられ、肌も生え際も滑らかだ。感情は全く見せないが、誰にでも好かれそうな嫌味のない顔立ちをしている。 


「どうされましたか?」


 ふいに顔を上げた彼と目が合って私は慌てた。


「い、いえ、散らかっててすみません」


「私はこのような非常事態にも対処できるように作られています。気にされることはありませんよ」


 明るい口調で『タンバ』が答えた。


「そうですか……」


 掃除機にまで非常事態宣言を出されてしまうとは我ながら情けない。大きくため息をついて、片方しか見当たらない靴下を拾い上げた。

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