目覚める龍3
部屋に入るとそこにはシャツと上下黒のスーツ、黒をベースにしたダークグリーンのストライプのネクタイがかかっていた
「大きい荷物は明日か
おう、ベットどっちがいい?」
「こだわりがあるなら、先に選んでくれ
俺はどちらでもいい」
たわいもない話をしていると時間はあっという間に過ぎた
「ネクタイ変じゃないか?」
「大丈夫だ、普通にしまっている」
生まれて始めてのネクタイだったが、雅也が慣れた手つきでやり方を教えてくれた
「ふぁ〜、窮屈だ」
「慣れろ
いや、すぐになれる」
「も〜、詩織の馬鹿〜
ちょっと寝過ごしただけで置いてくなんて…」
反対側から綾佳が小走りで現れた
その手にはネクタイが握られている
「…おい」
「え?」
呼び止められて驚く綾佳
雅也は綾佳の襟を立てると綾佳の手からネクタイを抜き取った
そのては止まることなく、ネクタイが締まった
「あ、ありがと…」
綾佳がその場で固まる中、雅也は会場となる大講堂へと向かった
新入生が全員着席すると制服姿の高橋が新入生の前に立った
「皆さん、お疲れ様でした
生徒会副会長の高橋です
これから、周りの同期や上級生と競い合う日々が始まります
辛い時、苦しい時があるかもしれませんが、同期と励まし合い、切磋琢磨して頑張ってください
…では、堅苦しい挨拶はここまでにして、今日はハメを外して楽しんでください」
高橋が話し終わると後方の入り口から料理を持った上級生が続々と入ってきた
上級生は新入生にグラスをもたせ、飲み物をついでいきます
「それでは、明日からがんばりましょう!」
乾杯!!
発声が大講堂に響き渡る
そこからは、上級生が積極的に新入生に声をかけている風に見えた
「ふぅ・・・、こんなフレンドリーでいいのか」
景都は大講堂の隅に移動して腰をおろした
「同感だ」
雅也も隣に腰を下ろす
隅から見ていると上級生に取り囲まれているのは綾佳と詩織、あとは数名の限られた新入生だ
囲まれていない新入生は景都達同様、隅で新入生だけで固まっている
「どうだい、歓迎会は?」
高橋が景都達の元へ現れた
「副会長」
「楽しんでくれていると嬉しいんだがね」
「ええ、美味しくいただいています」
「それにしても、副会長
なんで上級生は決まったやつに声をかけているんですか?」
「ああ、つまるところ勧誘さ
自分達が在籍している派閥やサークルに有望な新入生・・・
弱小のサークルでも有名どころのご子息が入っただけで状況が一変することだってある
例えば、あの一番大人数に囲まれているさっきの女の子二人は「龍堂」と「法院」の御令嬢だ
・・・よくしておけば、将来も明るくなるかもしれないってかんあえああるのかもね」
「・・・副会長は声をかけなくてもいいんですか?」
「・・・次の春に卒業するんだ
今更、アピールしてもね」
副会長は微笑みながら違うグループへ声をかけに行った
歓迎会の翌日
午前六時
今日から授業が始まり、人生を決める三年間の一歩を踏み出すわけだが…
新入生は昨日の試験と歓迎会でボロボロになり、起床の一時間前だというのに、殆どの者は布団の中でぎりぎりの戦いを行っていた
「………」
そんな中で雅也は寮の出口付近のひとけがないところで閉眼し、座禅を組む雅也がいた
その姿は自然と一体なり、仮に人が通っても気付かないだろう
雅也の家に伝わる極意に『調和』という在り方がある
己の存在を周囲の一部とする事で己という個を消す
そこに到って初めて雅也の家に伝わるマジックが使用することが出来る
だが、雅也は周囲に溶け込む事は出来ても周りの一部として個を消すことが出来なかった
次期党首として指名されている弟よりも遥かに強く、ロジックでは一流レベルでありながら落ちこぼれの烙印を押され、自分の適性である技の初歩さえ満足にできない自分に強いコンプレックスを感じていた
「………終わるか」
瞼を開けるとそこにはしゃがんでこちらを眺めている詩織がいた
「………用か?」
「………ううん、見てただけ
座禅って楽しい?」
「………楽しいとかじゃない、ただの……日課だ」
「………ふぅん」
詩織は立ち上がる
「お前は、何でこんな時間に起きたんだ?」
「習慣」
雅也は詩織が立ち上がったところで寝巻きということに気が付いた
「じゃぁ、授業で」
詩織はとてとてと歩きながら…消えた
「………」
それは雅也と違い歪みなく、完璧な移動だった
………これは中々、飽きないかもしれんな
雅也もまた立ち上がり自室へと戻って行った
自室に戻ると景都がまだ寝ていた
最初の試験もそうだったが、こいつは時間があれば寝るのが趣味らしい
「おい、起きろ」
「Zzzz…」
「………一回は起こしたからな」
そう言い残し、雅也は朝食へと一人で向かった
朝食は各寮で別れているらしく、新入生の寮ではバイキング方式で用意される
午前七時から八時までの間開く食堂だが、一番乗りは雅也だった
「おはようございます」
厨房の料理人に挨拶すると会釈だけが返ってきた
雅也は食べる分の他にもう一皿多めに取って適当な席についた
「…」
雅也は特段宗教に興味はないが、朝の食事の時だけ手を合わせ黙祷する習慣があった
その時間はわずか十秒ほど
「…クリスチャンなの?」
「…習慣だ」
それは先ほど聞いた詩織の声だった
詩織は寝巻から着替えており、一応は見られる格好である
「…そっちの連れも寝坊か?」
「綾佳は最後まで上級生に捕まっていたから…
貴方の同室の人は?」
「純粋な寝坊だ」
詩織はクスクスと笑いながら、自分の分を配膳し、雅也の前に座った
「……」
雅也は無言で食事を進める
詩織もまた雅也を見ながら、食事を取り始めた
三十分後…
景都がようやくやってきた
「……雅也の薄情者」
「俺は起こした
ただ、お前が起きなかっただけだ」
確保していた朝食を景都の前に出す
「……明日から気をつけます」
「先に戻ってるぞ」
雅也は一人で席をたった