人質
「おはよう……」
「おはよう」
朝、いきなり春菜と出会った。
このタイミングしかない、と思った凜が、突然尋ねた。
「ねぇ、春菜?あなたって、親分のことで、知ってることって、ない?」
「急にどうしたの?」
「何とか弱みを握れないかな…って思って…」
「無理よ。あの人、噂では、本当はかなりヤバい所と繋がってるらしいから。たぶんどうやったって、目を付けられて、消されるのがオチだと思うわ……」
春菜は、そう凜に答えた……。
「むぅ……。ねぇ、そういや春菜、よくそんな噂とかよく知ってるね」
「そりゃそうよ。いろんな所で噂されてる、半分都市伝説みたいなものだから……」
「ふぅん……。で、さ。この前言ってた、親分の彼女になるとロクなことにならない、ってやつ。それって、都市伝説だったとしても、元ネタとか、情報源とか、そういうのあるでしょ?知らない?」
「私は、友達から回って来た話だから……。それより、弱みを握ろうなんて考え、やめた方がいいよ!本当に只じゃ済まないよ!」
「……私は平気。逆に、強い弱みを握れば、こっちからだって、圧力をかけられる!」
「それが出来れば、苦労しないよ…。今まで、そうやって、奴の弱みを探ろうとした人は何人もいた。けれど、この学校には、奴の配下が、何人もいる…。下手したら、この会話も盗み聞きされてるかも知れない…。そしたら、この学校から、存在を消されるかも知れない……。もしかしたら、美結のお父さんの会社だって、潰されるかも知れないよ?」
「……なんで?」
「奴は、親分は…、この学校のヤンキーとしてだけじゃなくって、社会の暴力団の一つのグループなんだ!そこのなかでもかなり有力なグループ。だから、下手すれば、殺されるかも……」
「どこまでが噂で、どこからがあなたの話なのかは知らないけど…、もう良いわよ……、春菜……分かったわ……、あなたなんでしょ?親分の元カノ……」
「!!?
なんで……」
『調べさせてもらったよ…。君のこと…』
「だ、誰!?」
「春菜…。騙しててごめん。私は、実はね、警察なの……。子どもを守るための」
「警察…?」
「そう。この学校の悪者が、最近蔓延ってるって聞いたから、彼らを、倒すため、今聞こえてきた声の人と一緒に、ここにやって来た……」
「っ!!」
『春菜。本名、岡春菜。
君の家族のことも、警察の権利で調べさせてもらった。
父親は岡純助。
IT企業に勤める部長で、会社の社長は、彼の父親。
母親の名前は、岡朱音。
旧姓は御堂。
大地主の長女で、一家は結構な金持ちであった……。
だけど、二年前、岡家の家族が総出で働く、IT企業が突然の倒産。
ついでに、大地主であったはずの、御堂家の破綻。
一週間との間も空かず、いきなり無くなった…。
岡家も御堂家も、いきなり金が全て消えた理由。
それは、この辺りで活動する有力な暴力団のせいだ。
彼らが、上手でコネとかを使って、IT企業を潰し、同じように、大地主の土地を根こそぎ奪った……。
魔の手は、それだけでは収まらない。
岡春菜、娘の存在を知った暴力団の奴等は、娘であるお前を使って、とある取引をした……。
取引内容まではさすがに分からないが、恐らく、かなり卑劣で、屈辱的な取引であったことは、俺にもわかる。
そのあと、君は、その取引の内容通りに動いた。
恐らく、そのなかで、親分の彼女にならざるを得なかった……。
そこで、身も心も、ズタボロになって、今にいたるんだ……』
俺は実に淡々と語っていた。
事務的に、ゆっくりと語っていた。
春菜から、途中、嗚咽の混じった泣き声が聞こえた……。
辛かったときのことを、思い出したのだろう。
「すごい………。全部正解よ……」
「春菜………」
「悪いことは言わない。だから、止めて。
私の親の、命にかかってるの……」
『きっと、取引の内容だ。差し支えなければ、話してもらえないかな…?』
「うん……。
私を人質にして、捕まえて、奴等が、お父さんに電話したの……。
『お前の娘を預かった。俺たちの言う通りにすれば、会社を再建させてやることも可能だし、売り払われた土地も、割譲させることだって可能だ。
それに、娘も返してやろう。
しかし、取引に応じない場合、娘を人身売買の商品にかける』
って言われたの……。
もちろんお父さんも、お母さんも、私を返してもらおうとした。
だけど、その、取引が。
『今まであったことは、どこにも、口外せず、我々だけの秘密だ。
もしも破れたら、貴様らの親戚を、一人残らずぶっ殺してやる!!』って。
これじゃ、結局、枷がかけられているのと同じ。
私たちは、奴等から逃げられてない。
殺されるなんて、絶対にいや!」
「春菜……っ!」
『凜。確定だ。
あいつらに、制裁を……』
「私たちの家族を……危険な目に合わせるのは…止めて………」
「浩くん。もしかして…、君ってデリカシーないの?」
凜は、春菜を抱き締めると、俺にそう、毒舌を吐いたのだった……。