過去Ⅶ
沈黙というものは耳に痛い。対峙した本部長は威圧感を漂わせ俺を見ていた。
『所属員カードの存在は君も知ってるね』
国際魔獣対策機構の所属員は所属時と年に一度、所属員カードを配られる。年に一度所属員カードの更新があり、国境の関所をパスするそのカードの存在を知らないものは赤子か辺境も辺境に住む俗世を離れた仙人くらいだろう。魔獣に悩まされるこの世界でアイビンの存在は軍隊よりも身近な防衛手段だ。
『機密上詳しくは言えないが、所属員カードには所属員の生体情報が含まれている。もっともわかりやすいのは魔力の色かな』
本部長は自らの所属員カードを取り出すと掌に乗せ所属員カードをぽちぽちと叩いた。するとぼんやりと所属員カードが紫色に光る。俺はそんなもの所属員になって初めて目撃し、驚きに目を開いた。ただの居場所発信プレートカードじゃなかったのか!?
『これが私の魔力の色。通常魔力の色は視認出来ないが、所属員カードに特定の操作を入力すると、持ち主の生体情報からこんな風に魔力の色を視認化出来るようにする事が出来る。魔力の色というのは指紋や声帯と同じで個人差がある。まぁこれはいわゆるなりすまし防止の意味があるかな』
本部長はそう言って自分の所属員カードを胸ポケットにしまうと、この部屋に入る前に着いていた机まで行くと一枚の書類を取り出した。それを俺の前に放り出すから見ろって事だろうなぁと、俺は書類を眺めてみた訳だ。俺、難しい単語は読めないんですがね。
『本来は部外秘だが、それはイーフリーテス討伐に行き死亡した所属員のリストだ。そしてここにあるのがその所属員が持っていた所属員カード。魔力は死亡すると大気にまじり霧散して周囲に馴染む。アイビンは損傷が激しい遺体や遺体そのものがない場合を想定し、周囲から所属員のカードを回収してその特定をするんだ。これはイーフリーテスの腹から出て来た所属員カードだよ』
一枚の所属員カードが見ていた書類の前に放り出されて、俺は驚いたね。だってそれは俺の所属員カードだったからな。
『なぜ、これを』
『単純な話、その所属員カードと君の魔力の色が一致したんだよね。いやぁ君が部屋に入ってきた時は驚いたよ。直前まで見ていた死亡者のカードの色と一致する人間が入ってくるのだから』
『……視認出来ないのでは』
『無論特殊な魔眼を私は目に埋め込んでいるよ。じゃなきゃ仕事にならないし』
つまり、俺が睨まれていた理由がそれなんだろう。
『以上を踏まえもう一度聞くよ。君は誰なのかな?』
微笑みを浮かべ問い掛ける隻腕のこの男が、俺には恐ろしく見えた。いや、俺にやましい事はないんだけどね。疑われているとそれだけで焦るじゃないか。だから俺は意を決しことのあらましをすべて話すことにした。
『正直な話、俺にもいったい何が起こっているのかはわかりません』
『ほう?』
『俺は確かにこのカードを持っていた男でイーフリーテスに喰われて死にました。気が付いたらこうなっていた』
様変わりした身体で肩を一度すくめ、俺は本部長を見た。だいぶ見上げなければならないこの小さな身体。似ても似つかない容姿。動き回って違和感は薄くなったが、まだ俺の身体だとは到底思えなかった。
『心辺りはあるのかな?』
『フェニックスの尾羽根じゃないか……とは思っていますが確証はありません』
『フェニックスの尾羽根!?』
『あー、まぁ驚きますよねぇ』
俺ももらった時は本部長と似たような驚きをして考古学研究所のジジイを鼻で笑った覚えがあるし、本部長の反応は予想の範囲内だ。
『レンバノンの遺跡に住み着いてる魔獣駆除の依頼を考古学研究所から受けてその報酬で貰ったんですよ。くれた人物もレプリカだろうって笑ってたんですけど』
『フェニックスの尾羽根は本人の蘇生道具ではなかったか……? いや、そもそも本物だったのか!?』
『俺にもさっぱりです。だから俺は出来るならレンバノンに戻って考古学研究所所長を問い詰めたいんですが』
『ふむ……だがここからレンバノンとなると』
『遠いですよねぇ』
アイビン本部と本部とレンバノンはイグシアスを真ん中に反対側に位置すると言えば通じるだろうか。レンバノンからイグシアスまで早馬で半月、本部からレンバノンに行くとなると単純計算だが早馬で一カ月くらいか。今の俺に早馬が扱えるとは思えないしそもそも馬を使うのは金がかかるのだ。歩いてならいったいどれだけかかるのか。道中の宿泊費や食料代なんかの諸経費を考えると頭痛がしたな。
『ですんで、何の仕事でも構わないので本部で雇って頂けると助かります』
『はぁ、なるほどね。レーヴァテインは君のことを知っているのかな?』
『本部長なら信じます? 魔力の色が見えなかった場合』
『信じないね』
『ですよね』
互いに変な笑い方をし、しばし本部長は何かを考えていた様子だった。長旅でこの緊張感を味わされた俺といえば、書類とカードを投げ出しソファーにぐったりと座り込んだ。
『そう言えば帰ってきたばかりだったね。配慮が足りなかった』
『お気になさらず……前より体力ないんで俺も戸惑うんですよ』
『幼児だもんねぇ』
隻腕の男が苦笑を浮かべ『また後日話そう。仕事については考えておくよ』と退室許可をくれた。
『今日は所員寮に泊まるといい。君なら場所の説明は要らないね?』
『大丈夫ですよ』
『では明日、そうだな……昼御飯でも食べにおいで』
『了解いたしました』
何故か退室する時に手を振られたので思わず振り返したが、あれはどう考えても幼児にする対応だった。本部長もあれでなかなか混乱していたんだろうと、俺はひとまず所員寮を目指したのだ。
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