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過去Ⅵ



 イグシアスから伸びるストーンロードを南下しトースタリア公国というイグシアスの隣にある小国からキングス街道を西へ、どこの国にも属さない土地に国際魔獣対策機構の本部はある。国際協定により、世界的な問題である魔獣対策にいちいち公的な援助を他国に求めるよりも一カ所にまとめてスピーディーな対応を、と俺が産まれるよりもかなり前に設立された、まぁ言わば国籍のない軍隊みたいなもんだ。


 誰でも入れるかわりに規律はそれなりに厳しい。国の関所を自由にパス出来る変わりに所属カードで居場所は管理されてるし高位魔獣が出現した場合、近場の戦闘所属員の出動要請は基本的に拒否が出来ない。下っ端の大抵は仕事にあぶれた奴らだ。門扉は広いが辞めるには簡単といかず、のし上がるには腕が要る。ちんたらしてたら魔獣に命をもってかれる。なかなかにシビアな場所だが、居場所のない奴らには文字通り最後の砦となる場所だ。


 俺が本部の巨大な建物を眺めたのはそれが三度目だった。所属登録は支部でもいけるが高位ランクの昇級は本部でしか行われない。Aランクと特Aランクに昇級するときに訪れ居心地の悪さにさっさと立ち去っていたからそうしてじっくりと眺めるのはそれが初めてだったかもしれない。


 相変わらず巨大な建物だなと本部のコロッセオと事務塔を見上げていると、俺と手を繋いでいるレーヴァテインが慣れた様子で本部の事務塔へ入っていった。



『お帰りなさいレーヴァテイン』



 本部入り口受付のお嬢ちゃんが柔らかな微笑みを浮かべ出迎えてくれる。特に賑やかでもない一階ではまばらに居る人がのんびりと働いていた。忙しいのは二階より上の人間で、いつ来ても入り口受付はのんびりとしている気がする。魔獣討伐の要請が直接本部へ持ち込まれる事はないからだろう。大抵は支部を通し、連絡水晶によって情報がここに統括されて戦闘所属員が派遣されるのだ。



『ただいまアイリーン。討伐報告はどうなってる?』


『支部の方からつつがなく。とりあえずお休みなさいませ……と言いたいのですが本部長様がお呼びですよ』


『だよねぇ』



 レーヴァテインはちらりと俺を見た。アイリーンと呼ばれた受付のお嬢ちゃんも俺を見た。つまり本部長様の用件とやらは俺絡みということなのだろう。


 軽くアイリーンに暇を告げたレーヴァテインに手を引かれて、本部上階へ行く浮遊箱に乗る。魔導によって箱が壁伝いに上昇し、俺は入った事のない本部事務塔最上階へと脚を踏み入れた。


 特に豪華という感じもないそこは、だが一階よりも静まり返っていた。俺はこういう沈黙の空間が苦手だ。こう、背筋がぞわっとして妙に居心地が悪くなるだろ?


 俺が居心地悪くもぞもぞしているとなんの変哲もないが作りだけは頑丈そうな扉をレーヴァテインは開けた。中には隻腕の男が一人、やはり作りだけは頑丈そうな机に座って待ち構えていた訳だ。



『お帰りレーヴァテイン』


『ただいま本部長』



 隻腕の男が国際魔獣対策機構、派遣戦闘所属員の頂点に立つ本部長と呼ばれる人物だ。その昔は腕の良い派遣戦闘所属員だったと聞くが片腕を魔獣に食われ引退したのち、戦闘所属員を統括する部署に移動したと聞く。俺が会うのはその時が初めてだったな。A位昇級に本部長は相席しないし。



『子供を拉致したって報告が来てるけどその子かな? 犬猫じゃないんだから勝手に連れて来ちゃだめだろう』


『人聞き悪い事言わないでちょうだい。イグシアスに置いてったら危ないから連れて来たの。保護よ、保護!』



 レーヴァテインは本部長を睨み付けながら俺を腕にぎゅうと抱いた。背中にレーヴァテインの無駄にデカい胸が押し付けられもはやげんなりとした俺はうっかりと縋るように本部長を見上げる。



『保護ねぇ?』


『なによ! ちゃんと報告もしたし悪いことはしてないわっ』


『一度助けるならば際限がなくなるよ。今のイグシアスには彼のような孤児が沢山いるのにその子だけ助けるのか君は』


『そうよ』



 レーヴァテインは迷いなく頷いた。抱き締められていた俺は彼女が微かに震えているのがわかり、いたたまれないような気持ちで黙るしかなかった。情けないが、口を挟むような雰囲気ではなかったのだ。



『私の掌に収まるならば、私はその雫を優先するわ。私がすくえる水なんてたかが知れてるのに、すべてすくえないから掌の水を落とすなんてバカのする事よ』


『……よかろう。彼のイグシアス国籍はこちらでどうにかするが、レーヴァテイン』


『なに』


『嫌がる子供を無理やりはやはり人としてどうかと常識ある大人として君に忠告しよう』


『あぁっ! みーちゃん返してよ!』



 本部長はレーヴァテインにぎゅうぎゅうと押しつぶされている俺を片腕で救出し、ふっかふかのソファーに座らせるとさっさと俺の横に自らも腰を下ろした。レーヴァテインが悪鬼のような目で本部長を睨み付けている。女としてその顔はどうなんだと俺は思ったよ。本人に指摘するような間抜けな事はしなかったが。



『みーちゃん?』



 本部長が俺を見て首を傾げるが、俺に聞かれても困る。



『名前がないんですって。だからミスティルテインて名付けたの。で、みーちゃん』



 レーヴァテインは本部長を睨み続けながら対面のソファーに腰をおろした。ローテーブルの上にあった茶菓子を手にとってバリバリと男らしく咀嚼していたが、そんな乱暴な仕草でもレーヴァテインはやはり見た目だけなら美女であった。レーヴァテインの見た目は一種の詐欺だと俺は思うのですよ……。



『ミスティルテインねぇ。では、長いからティルと呼ぼうか。みーちゃんでは彼も不本意だろうしね』



 本部長が切れ上がった眦の目を細めて俺に意味深な視線を寄越した。そんな目で見られる覚えのない俺は不意打ちな強い眼光にとっさに身体が臨戦態勢を取る。



『ちょっと! なにみーちゃんいじめてんのよ!』



 ソファーから飛び退きさっと扉を背にした俺に本部長はやはり意味深な眼差しを寄越し、レーヴァテインに退室を促した。



『なんで』


『彼と今後について話をする。おまえは邪魔しそうだから退室してなさい』


『まさかみーちゃんに変なことするつもりじゃないでしょうね』


『おまえじゃあるまいし、私に幼児趣味はない。そうやって邪魔をしそうだから出ていけといってるんだ』


『……みーちゃんになんかしたら本部吹っ飛ばしてやるんだから』



 わなわなと拳を握ったレーヴァテインは一度俺の頭を撫で『いい? なんかされたら必ず言いなさい。私があんなクソ野郎は捻り潰してあげるから』と言い残し足音高く部屋を出ていった。俺をその背を見ながら『自分で自分は捻り潰せないだろ』と呟いて振り返ったが、本部長殿がやはり強い目で俺を見ていたので身体が強張る。


 というか、その時ようやく俺は本部長が俺を引き止めた目的を考え始めた。少なくとも孤児の受け入れ云々は戦闘所属員を束ねる本部長が関わるような案件ではないと馬鹿を自覚する俺でもわかるからな。



『さて、詳しい事情とやらを聞かせてもらおうかティル……いや、名前はないのか。では君は、誰なのかな』



 いやに意味深な言葉と笑顔に、俺の背筋から大量の汗が流れた。もしかしてすべて見透かされているのかと思うと、悪いことはしてない筈なんだが、俺は本部長がとにかく恐ろしかった。


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