過去Ⅴ
おーうまーにゆーられてぱっかぱかー。みちなきぃみちをぉーすーすんでくぅー。
――たぷんたぷん
こーきょうぅにかーえるぅーたーびびぃとーはー。
――たぷんたぷん
イーフリーテス討伐現場を出発して数日俺達はストーンロードと言われる交易路を国際魔獣対策機構の本部に向かって南下していた。イグシアスから採れた鉱石を運ぶこの交易路は大陸を十字に横断するかなりデカい路だ。
イーフリーテス討伐の噂は耳の早い商人の耳に既に入っているのか、本部へ帰還する討伐部隊にまじりつかず離れずと路を共にしている。
はーなをいちりんもちかーえりぃー。
――たぷんたぷんたぷんたぷん
帰還の道程はなかなか順調と言えた。心配されていた補給も混じった商人との交易でなんとかなり、本部まではあと数日といった具合だった。
いとしぃーひーとのぉーにーわにーま
『うるせぇよ!』
――たぷん
いい加減堪忍袋の緒が吹き飛んだ俺は勢いよく振り返りレーヴァテインの胸をグワシッと押しのけた。さっきから馬が揺れる度にばいんばいんばいんばいん頭を強打するその凶器に喜ぶ所かげんなりと気持ちが沈んでいくんだよ! あとその変な調子っぱずれた歌本当にやめてください。
『きゃんっもう、みーちゃんたらこんな人が沢山見てる所で』
『おい止めろ』
周りが妙な目で見てくるだろうが。
恥じらってもじもじするレーヴァテインは外から見れば魅力的だっただろう。だがしかし、俺は移動した数日で所詮外見は皮に過ぎないと学んだのだ。人間大事なのは中身だよ、中身。
例えレーヴァテインが泣きボクロの色っぽい美女でも、胸についた双丘が揺れる程大きくとも! 中身によってその魅力はなんの意味もなくなるのだ。
連日連夜昼夜を問わず尻を揉まれ太ももを撫でられあちこち撫で回され、幼児のように飯を食わされ幼児のように膝に乗せられ幼児のように守られて。挙げ句正気を疑いたくなるセクハラ発言の数々をされてみろ! 俺はその頃にはもうレーヴァテインが悪魔か魔王にしか見えなかったね。
俺、抵抗しないと喰われる。
もうこの際ショタなのは仕方ない。どういう理屈でそうなっちまったのか今をもってして原因がフェニックスの尾羽根だろうと言う推測しか立ってないが、事実そうなのだから仕方ない。でもな! 中身は違うんだよっ。三十年以上を生きた男な訳だ。
そんな扱い、耐えられるかっ。
『怒んないでよぉ。みーちゃんが退屈かと思って歌ってあげたんじゃない』
『押し付けがましい。いらん』
『冷たい所も可愛いわハァハァ』
『おいやめろ、妙な所を触るな!』
『尖っちゃって気持ち良いくせにぃ』
『おいやめっ、アッガイルさぁぁんっアッガイルさぁぁぁんお願い助けてーっ』
連日のセクハラでプライドが粉微塵になっていた俺は恥ずかしげもなく本部を目指している部隊の中でも唯一レーヴァテインにずけずけとものを言える男に助けを求めた。
『クラウス魔術師、幼児をいたぶるなとあれほど昨夜言ったでしょう』
レーヴァテインの馬からアッガイルの馬へ移動させられた俺は無様にプルプル震えながらアッガイルの腰にしがみついた。まさか男に自らしがみつく日がくるとは夢にも思わなかったが、レーヴァテインに抱っこされるよりましだ。
『失礼ね。愛でてるのよ』
『嫌がってます』
『そんな事ないわよ! ね、みーちゃん』
『……』
俺が同意すると微塵も疑わないそのポジティブシンキングにびっくりするわ。どうなってんだあの女の脳内は。
俺はじと目でレーヴァテインを見ながらアッガイルの腰を離さないようにさらに強くしがみついた。頬を膨らませ明らかに拗ねてますという顔でレーヴァテインはアッガイルを睨む。
『ちょっと筋肉ダルマ、みーちゃん返しなさいよ』
『アッガイルです』
『あんたの名前なんかどーだっていいのよ! 私の可愛い可愛いみーちゃんを返しなさい』
俺、首を高速で横に振りアッガイルに目で訴えた。その時の俺が頼れたのは筋肉ムキムキでレーヴァテインの美貌に惑わされないアッガイルさんだけだったのよ。
お願い見捨てないで! と訴えた俺の気持ちが伝わったのか、アッガイルは瞳孔が縦に裂けた金の目を細めて静かに首を振ってレーヴァテインを拒んだ。
『嫌がってます』
『みーちゃぁぁぁぁんっ』
打ちひしがれたレーヴァテインは放置して、アッガイルが馬を隊列の前に進めた。風景はちらほら見える岩山と森の木ばかりで単調だが、荒野や砂漠地帯を抜けるのに比べたらなんて事はなかった。吹き抜ける風は気持ち良く、数日前イーフリーテスがギャースカ暴れて喰われて死んだなんて夢のようだ。夢だったらよかった。
蛇足だが、アッガイルはアイビン所属の派遣戦闘員で俺より上のSランク、槍遣いのドラゴニュート族だ。基本的大柄で皮膚は鎧を必要としない鱗に覆われている。
ドラゴニュートってのは大陸の北、極寒地帯と言われてるツドリアと此方を隔てる霊峰ラーバリル山脈に引きこもっている種族なんだが、アッガイルは変わり種でどういう経緯かは知らないが国際魔獣対策機構に所属してるSランクドラゴニュートとして有名な男だった。ドラゴニュートって基本的に山から降りてこないしな。
レーヴァテインやアッガイルが出っ張ってくるなら俺や他の所属員の犠牲が無駄だったんじゃと思うかもしれんがそうではない。レーヴァテインやアッガイルといった高位魔獣に決定打が打てる人材が必ずしも魔獣が出現した場所に近い訳じゃないだろ? 俺達はそういう魔獣を倒せるならば倒し倒せないまでも撃ち取れる人材が到着するまでの、魔獣の足留めも業務のうちに入る。だからイグシアスの首都は無事だったという訳だ。
まぁそんな高位魔獣はほいほい出るもんじゃないから今回は運が悪かったとしか言いようがない。レーヴァテインやアッガイルの到着前に死んだのは俺の実力だ。死んでこうなっちまったのは予想外だったが。
これからどうなるか、なんて事で俺は不安を覚えたりはしない。生きる術は既に知っていたから生きるだけならどうとでもなるだろう。それこそレーヴァテインの尻馬に乗っかって本部で所属登録すれば食べるには困らんさ。問題はどうするかって事なんだ。
数日経って頭が冷えて、この頃ようやく俺はこうなった原因がフェニックスの尾羽根じゃないかと思ったわけだ。つうかそれ以外の要因だったらもう知らん。となると俺の当面の目標はあっさり決まった訳だ。
まずは本部で金を貯めてレンバノンに戻る事。そんで考古学研究所のジジイを締め上げる事。原因がわかればそれでよし、わからなければ調べさせ、これがどういう状態なのか詳しく知りたい。
『くそ、私が分裂さえ出来れば筋肉ダルマという筋肉ダルマを滅ぼし、この世にそんなむさ苦しい存在など必要ないという事を証明してみせるのに』
色々考えていたら背後からレーヴァテインの恐ろしい計画が聞こえ、俺はアッガイルに目だけで謝られながらレーヴァテインの膝へと戻された。
裏切り行為とは言わないさ、アッガイル……分裂したレーヴァテインを想像してあまりの恐ろしさに俺も自分から戻るべきか悩んだからな。この女が怖いのは、うっかりまじで分裂出来る術を身につけそうな所だ。稀代の魔術師と名高いレーヴァテイン相手なら、その恐ろしい計画を構想の時点で潰しとくのは危機管理上当然だよね。
だから耐えろ、俺。本部までの辛抱さ。
お気に入り登録して下さっている方、誠にありがとうございます。正直内容的にニッチというかマニアックだったのでどうかなと思ってたんですが、とても嬉しく思います。よろしければこれからも本作をよろしくお願い致します。