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過去Ⅳ




『またここにいた』



 今後についてあれこれ考えていると、いつの間にかレーヴァテインが俺の横に座っていた。俺はちらりと彼女を見たが、視線をすぐにイーフリーテスへ移した。


 イーフリーテスの解体は夕方には終わるだろう。救護キャンプも解体終了とともに引き上げとなるはずだ。俺にあまり時間はなかった。



『ずっとその剣の前にいるね』



 地に横たわる俺の相棒を、レーヴァテインが指差す。



『……これは、ここに置いていかなくてはならないからな』



 余計な荷物は持って行かない。長旅の鉄則だ。イーフリーテスの硬い外殻皮で刃こぼれし、強力な酸で脆くなったこいつは扱い辛いただの重荷だろう。長年愛用し、愛着は有り余っていたが、ここで別れとなる相棒を俺はそっと撫でた。



『不思議……君はレンバノンの英雄を知ってるみたいね』


『……よく知ってる』



 だって俺だからね! と叫べないこのジレンマ……本当にね、なんでこんな事になってるんでしょうとこの時の俺は疑問まみれだった訳よ。



『彼に助けてもらったの?』


『……』



 レーヴァテインの問いに俺はどう答えればいいのかわからなかった。俯く俺を見てレーヴァテインはそれ以上は問いかけず、ただ静かにこれからを話す。



『私達は夕方ここを引き上げるわ』


『……あぁ』



 読み通りアイビンは夕方ここを去る。その後俺はどうしようか。出来るなら住み慣れたレンバノンまで戻りたいがこの身体で一人旅は再びの死亡という結末しか描けないしな。


 一番良いのはレンバノン方面へ引き上げる討伐部隊に混ぜてもらう事だが、はたしてイグシアスのガキを連れていってくれるだろうか。俺なら無事な首都へ放り投げるから絶望的だな。


 このままイグシアスで孤児として生きるのだろうか……イグシアス首都は難民で溢れ食料も足りず、擁護してくれるような人も俺にはいない。


 俺はちらりとレーヴァテインを見た。彼女は己の倒したイーフリーテスを見ながら薄桃色の唇を尖らせ、イーフリーテスの頭蓋を見ている。



『あの、な』


『あのね』



 口を開いたのは同時だった。垂れた大きな目をきょんと開いてレーヴァテインは首を傾げる。



『なぁに?』


『……いや』



 俺も連れてってくれないかという一言が喉に引っかかりどうしても出なかった。踏ん切りがついてなかったんだろう。俺はまだ心のどっかで、自分は筋肉もりもりの大男で三十越えた特Aランクだと思っていたんだ。ぷにぷにショタなんだという自覚がなかった。というか信じたくなかった。


 そんな男が年下の女に甘えられるだろうか? 少なくとも俺は無理だ。


 だから俺はそれ以上言わず、レーヴァテインの話を目で促した。レーヴァテインの細く柔らかな、剣など握った事のない美しい手が俺の頬を優しく撫でる。



『イグシアスは君の故郷だけど、君さえ良かったらアイビンの本部に来ない?』


『えっ……』



 驚いたね。そんで恥ずかしくなった。レーヴァテインは孤児の俺に同情し手を差し伸べてくれたんだろうが、俺は本心を見透かされたような気がした。


 隠した甘えを見つけられる事はなかなかに恥ずかしい。俺はさっと顔を隠し、彼女の方を見ないまま何故だと問い掛けた。



『イグシアスは今、ちょっとばかり孤児には住みにくいのよ』


『……だろうな』


『聡い子ね。食料がみんなに行き渡らないの。君を首都へ送るのは簡単だけど、多分君はあぶれちゃうわ』


『それで同情か』


『そうよ』



 レーヴァテインは悪びれもなく、はっきりと断言した。無力さを噛み締める俺を抱き寄せ、もはや無駄としか思えない大きさの胸に俺の顔を埋める。


 まったく関係ない疑問なのだが、いちいち抱き寄せて胸に俺の顔を挟むのはいったいなんなんだろうか。油断か? いやあの女に限ってそれはないね! と俺は主張しておこう。俺がこの柔らかさに弱いと知っての所行に違いあるまい。



『悪い? 私が君を気に入ったの。だから君を連れてくわ。無理矢理だとあのうるせぇ本部長に怒られるから、君さえよければだけど』



 語外に俺は「いいから黙って頷け」というドスの利いた声を確かに聞いた。なんか言葉は優しげ……いや、なんか国際魔獣対策機構のトップに大してこき下ろしたような言葉があったが、響きは穏やかだったのに妙な威圧感を感じたのだ。


 おかしいよね、なんで女に抱きつかれて背筋がうっすら寒くなるんだよ。



『イグシアスに残るよりはアイビンの本部に行った方が怪我の治療も受けられるしご飯も食べられるわ。身分証もアイビンの所属員になれば発行される。お願い、うんと言って』



 レーヴァテインが俺を抱く力を強め肋がみしりと痛んだ。こいつ遠慮なく抱きついたり力込めたりしているがもしや俺の肋がヤバいのを知らんのか。中身が俺だからともかく普通のガキなら泣き叫ぶ痛みだぞ。


 ともかく……渡りに船、もしくはカモネギ。いずれは再び所属する事になるだろうから俺に否はなかった。



『……あぁ、ついてくよ』


『本当!?』



 花が綻ぶようにレーヴァテインの表情がぱっと明るくなった。なにやら毒気を抜かれたような気持ちで脱力したが。



『ふふ……これで本部までの筋肉祭に光明が見えたわ!』


『あ?』


『改めてよろしくね。私はレーヴァテイン・クラウス。国際魔獣対策機構派遣戦闘所属員特S階級の魔術師よ』


『知ってるよ。よろしく』


『君の名前は?』


『俺か』



 もうほぼ骨だけになったイーフリーテスを俺は見上げた。胃にあった鎧も骨も既に作業が回収してる。



『レーヴァテイン、ちょっと頼みがある』


『えっ、名前は?』


『この剣を、地面にさしてくれないか』


『いいけど』



 脆くなった剣はそれでも自重で地面へと突き刺さった。レーヴァテインがくそ重いわとぶつくさ言ったが、この大剣はその重さに意味があるんだよ。


 地面に突き立てられた相棒を見る。レンバノンの英雄は死んだ。ならば俺の名は。



『名前は……ない』


『え?』


『俺に名はない。好きに呼べ』



 怪訝な顔をして俺を見るレーヴァテインを無視し、俺は心のなかで相棒へと最後の別れを告げる。もうこいつを握る事も、レンバノンの英雄と言われる事も、夜の野獣なんて呼ばれる事もない。俺の名も、俺の身体とともに死んだのだ。



『もういい。テントに戻ろう』


『あ、ちょ、ちょっと』



 剣に背を向け歩き出した俺をレーヴァテインが慌てたように追い掛けてきた。


 けして、ちょっとくさい事して恥ずかしかった訳じゃないんだからね!


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