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過去Ⅲ



 救護所に戻り暖かいシチューを貰った俺は、何故かレーヴァテインの膝の上で、彼女に手ずからシチューを食べさせられていた。



『はい、あーん』


『おい』



 色々と言いたい事があった。許されるならばシチューの皿をひっくり返しふざけるなと怒鳴っただろうが、俺はこの場で食料が如何に大切か知っているので、運ばれるまま雛鳥よろしくシチューをもぐもぐ食っていた訳だが。



『美味しい? 作ったのは私じゃないけど今度もっと美味しいシチュー食べさせてあげるね。魔薬の調合とかで慣れてるから料理は得意なの。はい、あーん』


『もぐもぐ……おい』


『はい、あーん』


『もぐもぐ』



 違うんだぁぁあ! と心の中で大絶叫する俺の気持ちがわかるだろうか。年下の女の膝にのせられ、赤ん坊のように飯を食わせられる男の気持ちが、おわかりいただけるだろうか。周囲に暖かな眼差しを向けられる男の気持ちが!


 幼児プレイ趣味はねぇぇえ! とシチューをひっくり返さなかった俺の忍耐力を誉めて称えて崇めて頂きたい。だいたい何故レーヴァテインはこうも俺に構うのかと、この時の俺は疑問まみれだった。けして、けして背中に当たる柔らかい感触に理性が負けた訳ではない。だいたい三十を越えた男にこの仕打ちはない。本当有り得ない。



『たくさん食べてもうちょっとぷっくりしましょうね! はい、あーん』


『だからっ……もぐもぐ』



 ニコニコと笑うレーヴァテインは優しげに見えて容赦が無かった。問答無用の雛鳥プレイに俺の心が完全に折れ曲がった頃、ようやくシチュー皿が空となった。


 孤児院に入る前、生きていたオフクロが遠くを見ながら「男はしょうもない生き物だけど、アンタはましな男になりなさい」と俺に言ったが、男はやっぱりしょうもない生き物ですオフクロごめん。


 レーヴァテインに抱き上げられ移動する間俺は男の矜持について考えたよ。思えばもっと考えなきゃならん事があったよな。



『吉報だよ。なんとアイビンが二等級討伐慰安にこの救護所に簡易温泉作ったんだよ! 作業員が地面掘ってレンガ詰めて、私が水の魔法で水入れたんだ。夕方前に焼け石突っ込んだから今頃丁度良い温度かな。一番風呂行こう!』


『風呂っ』



 風呂の単語に俺のテンションは少しばかり上がった。レンバノンで風呂といえば温泉地まで行かないと入れず、温泉のないイグシアスでは湯に浸かるのは貴族のする事だ。


 レンバノンを旅立ってからは一度も浸かっておらず、血まみれ土埃まみれでいい加減身体を拭くなり着替えるなりしたかった所だった。物資は限られているし、拠点地はイーフリーテスに潰され荷物は燃えたので諦めていたが、アイビンとレーヴァテインめ、粋なことをしてくれる。


 レーヴァテインに抱き上げられて移動する屈辱にはこの際目を瞑ろう。魅惑の風呂が俺を待っているのだから。


 と、意気揚々と移動した俺を待っていたのは悪魔の誘惑であった。急拵えの温泉に男女の区別がある壁があるはずもなく、俺はじりじりと迫るレーヴァテインを前に理性と欲望の狭間で戦いを繰り広げた。


 一緒に入ろう。


 警戒心の欠片もなく、レーヴァテインはそう言った。そりゃそうだ。イグシアスのガキが風呂の入り方などわかるはずがなくましてこの見た目だ。警戒心? なにそれ必要なの? とこの俺を前にしたら俺が女でも言っただろう。


 だがしかし! レーヴァテインは知らないだろうが俺は三十越えたレンバノンの夜の野獣と言われた男なのだ。見えないどころか今おもっくそショタだけど!


 レーヴァテインのような美女の裸体を前に平静を保つ自信など皆無である。きっと触る。反応次第では舐めもする。


 そんな、このような不意打ち的なラッキースケベなど俺は……!


 欲望に理性が打ち勝ってこそ男の中の男であり、女は自力で口説いてこそ触れる甘いご褒美なのだ!


 ここで負けてはいかん。そもそもこの身体じゃ例えばそう、ほにゃららな雰囲気になっても最後までいけるかどうか。途中退場などただのトラウマだ。


 俺は負けん。欲望などには、負けん男だ……!






 負けました。


 うん、あのね、最早言い訳がましいけど普通に力負けしたんだよ。嘘じゃないよ!? 力に負けた訳で欲望に負けた訳じゃないよ!?


 と、どっちにしても落ち込むが俺は全裸でレーヴァテインも全裸で二人っきりのこの状況、俺は頭を抱えたさ。


 ぴくりとも動かない、前の俺とは似つかない息子さんは純粋無垢だった。レーヴァテインがその純粋無垢な場所をなんだかものすっごく凝視していて、俺は初めて、ここでようやく、あの女の真の恐ろしさを実感したね。


 あの女は変態だと。


 危ないのは俺の欲望ではなくあの女の欲望だと。だって普通あんな凝視しねーよ。チラ見くらいはするだろうけど細部まで瞳に刻むように見ねーよ。怖いわ。


 喰われるかと思ったわ。喰われるのはイーフリーテスでこりごりしてんですよこちとら!


 ともかく、美女が全裸で全身くまなく洗ってくれたと言うのに、俺はただただ精神的に疲労していた。子供の人権団体の設立を本気で考える程度には疲労していた。まさか美女に全裸で洗われて恐怖を感じる日がくるなんて……。


 というかこの簡易人口温泉、慰安ではなくこの為に作ったんじゃあるまいなと疑うのも仕方ないと俺は主張する。


 レーヴァテインは満足げに俺を膝にのせ湯に浸かり、唄なぞ歌って、就寝時もやはり俺を抱き枕にして寝た。俺ってばいったいなんなのかしら……と人格が崩壊しそうになり、俺は考える事を放棄して悔しまぎれにレーヴァテインの胸の渓谷へ顔を突っ込んで睡魔に意識を託した。


 あぁ、まふまふ。




***




 翌朝、朝食をやはり雛鳥プレイで平らげる羽目になった俺は食器を片付けに行ったレーヴァテインが戻って来ない事に太陽が中天をさしてようやく気付いた。


 べ、別に気になった訳じゃないんだからね! 仕方なくよ仕方なく!


 と、レンバノンでいきつけだった酒場の看板娘の口調を思い出しながらレーヴァテインを探す。レーヴァテインは現地入りしていた国際魔獣対策機構の多分であるがイグシアス首都支部局長となにやら真剣に話し込んでいた。



『首都難民キャンプは収容想定人数の三倍か……』


『近郊の村や町はほぼ全滅です。ここまでくると首都が無事なのが奇跡ですね。討伐が間に合って幸いでした。逃げ遅れた村は住民全員が死亡したなんて報告はざらで、村や町を捨て逃げてきた難民で首都はパニックです』


『餓死者は?』


『二桁を越えました。アイビンの倉庫からも支援していますが、討伐隊の帰還補給は無理でしょう。死者が増えてしまいます』


『討伐部隊の食料はイーフリーテスの肉と野草でなんとかなるでしょ。首都の食べ物も、それでしばらくは保つはずよ』


『えぇ。既に解体した肉から順次運んではいますが』


『間に合わないのね……』


『幼い孤児と体力のない老人が。やりきれない話ですが』



 俺はそっとその場を離れ、イーフリーテスの解体現場へと足を運んだ。半分以上が骨となったイーフリーテスの巨体を見上げ前よりもずっと大きなそれに、今の自分の無力さを痛感する。


 栄養の足りてない細い身体だ。身長はレーヴァテインの腰ほどしかない。この身体で剣を握っても戦えはしないだろう。剣に振り回されるだけだ。



『イグシアス首都では食料不足による餓死者が――』



 嫌な話題だ。俺はこの先どうしたらいいんだと、途方にくれたね。この身体が誰なのか、俺はいったい何なのかわからなかったが、少なくともレンバノンの英雄と言われていた俺は死んだのだ。俺が名乗った所で笑われるだけだろう。


 無力なこの身体での身の振り方を俺は考えねばならなかった。





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