過去Ⅱ
一体何回意識を消失させるのかと思うだろうが、とにかく次に目覚めた時は眼前に燦然と輝く白いおっぱいがあった。ふにふにしたそれに包まれ、俺はこれが悪夢ではなく現実なのだと、目の前に差し出されたおっぱいに触る気も起きずに起き上がる。肋がとにかく痛い。
辺りは暗く、仄かに灯る魔石のランプがテントの中を照らす。俺はレーヴァテインに抱えられ寝ているようだった。彼女の腕から這い出し、女の持ち物には当然あるだろうと鏡を探す。勝手に荷物を漁るなど盗賊やこそ泥のようだが構っていられない。
ほどなく、彼女の荷物から手のひらサイズの鏡が見つかった。ランプの灯りを頼りに恐る恐ると鏡を見る。
『……』
ショタであった。まごうことなくショタであった。栗色の巻き毛に緑の瞳をした、少し痩せこけているが愛らしい少年が鏡から俺を見返す。ともすれば少女と言っても通じそうなキャワイイ少年……うん、俺、キャワイイ。
まぁ、人の持ち物とわかってはいたが思わず俺は鏡を叩き割ったね。恐慌状態だったと言ってもいい。
鏡の割れた音に当然レーヴァテインも起きてきた。割れた鏡に拳を叩きつけ続ける俺を見たレーヴァテインは声を上げ俺の腕を止める。
それにすら、俺の神経は逆立った。本当ならば女の細腕に止められるような力ではないのだ。
『離せレーヴァテイン!』
『だめよっ。手が血だらけだわっ』
『違う、違う! 俺は!』
混乱したまま彼女には意味不明だろう叫び声を上げる俺を、彼女は慈母のように抱き締め背を撫で続けた。
『大丈夫、大丈夫よ。もう怖い魔獣はいないの』
『違う!』
『落ち着いて、まずは手の怪我を治さないとね?』
『そうじゃなくて!』
『心配ないわ。私がなんとかしてあげるからね』
『だから! 俺はっ……俺は誰だ!?』
『……もう怖くないのよ、大丈夫。大丈夫よ』
『なぁ、俺は……誰だよ』
後日冷静になり思い返したが、彼女は明らかに俺が魔獣の襲われた村の唯一の生き残りで、その恐怖ゆえに混乱してるのだろうという宥め方をした。そうじゃねーんだよと、今更叫んでも遅いが。
とにかくその日の夜は傷だらけになった手を彼女に治療され、彼女に宥められるまま床をともにした。ちなみに色っぽい事はまったくない。見た目まるっきり姉弟のようだし、流石にそんな気分にはならない。
翌朝尻を揉まれながら起きた俺はとりあえずよくわからんセクハラ美女から逃れ、ひとりふらふらとイーフリーテスの討伐現場へ向かった。現場ではイーフリーテスの解体作業が進んでいて、鎧の素材になる外殻皮がすべて剥がされたイーフリーテスの巨体が、音もなく大地に横たわる。
その目には、確かに俺が付けた斬撃の傷が残っていた。
俺は邪魔にならない場所で作業員達の解体作業をぼんやりと見守った。素材は国際魔獣対策機構を通じ販売され、討伐に参加した所属員達に支給される金となり、余りが復興支援としてイグシアスへ、一部がアイビンの運営資金となるのだろう。戦闘員の死亡が多いから、もし家族がいるなら見舞金もイーフリーテスからあてられるのかもしれない。
俺に家族は居ない。オヤジは顔も知らないしオフクロは住んでた村が魔獣に襲われた時俺を庇って死んだ。俺は孤児として協会の孤児院に引き取られ十三まで家畜のように育った。孤児院を飛び出して、戦場跡からボロボロの剣を盗み魔獣を討伐しながら生きてきた。
俺にとって魔獣は、敵であり仇であり生きる糧であった。魔獣を屠り、己が強くなる事に俺は生きる意味を見出していたのだと、今になって思う。
イーフリーテスの腹に鋸が入り、腹が捌かれた。骨も内臓も素材だ。残さず剥ぎ取り金に変える。引きずり出されたイーフリーテスの内臓を見て、俺は思わず作業員達へ駆け寄った。
『うわっ、なんだボウズ、あぶねぇぞっ』
『中身は』
『どうした?』
作業員に止められてももがき内臓を凝視する俺に思う所があったのか、強くは止めず俺に声をかける。
『胃の中身をっ……!』
親でも喰われたと思ったのだろう。作業員は俺に哀悼の眼差しを向け、鋸を持った作業員に胃を開くように支持をした。
裂かれた胃からは俺が身に着けていた鎧と相棒の大剣が出て来た。一部骨も見つかり、他はイーフリーテスの消化液の餌食となったのだろう。慰めるような声をかける作業員に撫でられながら俺は呆然とそれを見て、作業員に頼み相棒である剣を貰うと再び邪魔にならない場所へ移動した。
『溶かされたのか、俺……』
引きずってきた相棒の柄を握るが、持ち上がらない。もうこれは、俺の頼れる相棒ではないのだ。
『俺、は……』
小さな手足、痩せた身体、似ても似つかない容貌の、この身体は誰だ? 今思考してる俺はいったい、誰なんだ?
気が付けば、あたり一面は茜色に染まっていた。イーフリーテスの解体は半分が終了し、作業員達が後片付けを始めている。
『見つけた』
俺はふわりと、暖かい腕に抱き締められた。桃の香りに包まれ、それがレーヴァテインの腕だと知る。
『探したよ。君を見つけた村の近くまで行っちゃった。お腹すいたでしょ? テントに戻ろう』
『レーヴァテイン……』
『いっぱい食べて元気にならなきゃね』
背中に当たる柔らかな膨らみに沈んだ思考が引き上げられた。仕方ないよね。だって夢の塊なんだし。
俺は彼女に抱き上げられた。もがいた。力負けした。肋が痛みぐったりとする俺を抱き上げたレーヴァテインは俺の髪に唇を落としながら、俺の相棒である大剣を見下ろした。
『レンバノンの英雄の剣ね』
『……飲み込まれたんだ』
『そう……会ってみたかったわ。イーフリーテスに傷を刻む斬撃を出せる英雄を』
『倒せなかった』
『彼の一撃で、後の戦闘は楽だった。目を潰してくれたから』
『ッ……』
彼女は、俺の相棒である大剣に向かって鎮魂の祈り歌を歌った。古代語で紡がれる優しく悲しい歌は俺の胸をえぐる。
俺は死んだのだ。イーフリーテスに飲み込まれ肉体を溶かされて。
『レンバノンの英雄の魂に安らぎを』
祈りの言葉で締めた彼女は俺に笑いかけ抱き上げたままご飯に行きましょうと救護所へ歩き出す。遠ざかる大剣を見て、俺は複雑な心境だった。
『魂の、安らぎ……か』
それは俺に当てはまるのか、もう俺にはよくわからなかった。
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もう少し続きます。