過去Ⅷ
本部勤めの所属員には寮が存在する。国際魔獣対策機構本部のある土地はどこの国にも属してはおらず、最寄りの街までは馬で一日かかるのだ。本部の周囲には行商人が定期的に店を出したり、本部通いをする専門の業者もいるが、基本的に本部は不便であり本部勤めはみな寮に寝泊まりしている。
俺は昇級で来た時も世話になった所員寮で本日泊まる部屋の鍵を貰い、部屋に行き鍵を開け、扉を開け、再び閉めた。
『ちょっとみーちゃん!』
すぐさま中にいたレーヴァテインが扉を開け俺を抱き上げる。だから何故いちいち抱き上げるのだ! と俺は声高らかに抗議したいね。自分で歩けるっちゅうねん。
『なんで閉めるのよ!』
『部屋を間違えたと思って』
『大丈夫、合ってるわ。お帰りなさいみーちゃん。本部長に何かされなかった?』
と、俺を心配するレーヴァテインが俺の尻をさわさわしているので俺としては本部長よりもお前に何かされてますと訴えたいね。誰に訴えたらこの女のセクハラは止まるんだろうか。
『レーヴァテインの部屋は』
『ここよ』
その時の俺の気持ちが、おわかり頂けるだろうか。まだDランクだった時に四等級魔獣に取り囲まれた時のような……もしくは北方に出動した帰り、街の名物であるらしいサウナに寄ったらムキムキした毛深い男共に取り囲まれたような時とまるで同じ気持ちに俺はおそわれた。
すなわち、逃げるしかない。
『そうか。女性と同じ部屋に泊まるわけにはいかないな。変えてもらってくる』
『やぁんみーちゃんたら紳士なんだから。気にしなくていいのよ? 私とみーちゃんの仲じゃない』
そんな仲になったつもりもなければ今後レーヴァテインとよろしくするつもりもない俺はレーヴァテインの腕の中でもがく。とにかくもがく。ひたすらに! もがく!
『離せ……離せぇぇえっ』
『照れなくて、いいのよ』
胸を押し付けるな尻を揉むななんで俺のズボン下げようとしてるんだ息を荒く吐き出すなもじもじするなと、叫べなかった俺が取った手段は一つしかなかった。
『アッガイルさぁぁぁんっアッガイルさぁぁぁぁぁんっ』
結論だけ言うと俺の貞操は耳の良いアッガイル氏によって守られた。俺はその日硬く分厚い胸板を盾に寝た訳だ。出来るならば二度と体験したくはない。
***
翌日、憔悴したまま食堂で朝飯を貰い雑務をする人間に御駄賃あげるから馬の世話をお願いと言われほいほい仕事していた俺は、レーヴァテインに捕まる事もなく昼食時本部長の執務室へとお邪魔をした。
『よく来たね。食べながら話そうか』
ローテーブルには食堂より多少豪華な昼食が並び、俺は遠慮なくそれを口に詰め込んでいった。食える時に食っとくのが賢い生き方だ。自分で食う食事って……いいよな。ちゃんと腹に入った気がする。雛鳥プレイだと精神的疲労が強すぎて食べた気にならん。今でこそ肉がついたが、その時の俺は結構ガリガリだったんだ。
『頬がふくらみまくってチチリスみたいだよティル』
『ほっろろいへふらはい』
『まぁ好きなだけ食べたまえ。痩せ過ぎだよ君』
『ふぁい』
俺が食事に夢中になったせいか、本部長が本題を切り出したのは結局飯を食い終わった後だった。
『さて、気になるだろうから君の元の身体……と言っても装飾品の類しかないが、その処遇についてから』
『どうなりました?』
『君は身内が居ないからひとまずアイビンで預かっている。アイビンの金庫に君が預けてある預金もまだそのままだよ』
『引き継げますか』
『こっそりやっておこう』
国際魔獣対策機構の所属員の給与は、アイビンが持つ金庫から手渡しで一度渡される。そのまま使うもアイビンの金庫に自分の名義で預けるのも自由だ。以前の俺は結構な数の依頼を受けて金を荒稼ぎしていたが――蛇足だが、派遣戦闘所属員だけは給与形態が依頼報酬+成功報酬となる。事務方医療班その他は固定給+ボーナスらしい――そのほとんどを武器の手入れや防具の購入、宿代女代に消えているので、預金はあまりない。それでも無一文であることを考えれば少なかろうがありがたかった。
『防具売れますかね?』
『イーフリーテスの腹に入っちゃってるしね。回収班の話を聞く限りは使い物にはならなそうだが、どうするかね?』
『二束三文でも売ってください。今の俺にはどの道使えません』
『ではそうしよう。さて、その身体の持ち主の話だ』
この身体……死んだと思ったらいつの間にかこうなっていた幼児の身体。何かわかったのかと俺は身を乗り出す。
『イグシアスの国籍を探してみたら似た子供がいたよ。イーフリーテスに潰され全損した村の子供だ』
『やはり……いや、そうでしたか』
なんとなく、予想はしていた。目覚めた状況を考えると元の俺が若返ったというよりはそちらの可能性にいく。そもそも俺のガキの頃とまったく容姿が違う訳だしな。
『レーヴァテインにも困ったものだが人攫いは不味いからね。彼の両親や親類の生存も調べてみたが、生き残りは君だけのようだ』
『……』
複雑な気持ちだったよ。俺としては今更幼児の振りして知らぬ両親の所や気を使うだろう親類の所に行くよりはこうして自由にしてる方が有り難いさ。でもそれはあくまで俺の都合な訳で、壊滅した村や被害の事を考えたら嫌な気持ちにもなるしこの身体の本の持ち主がどうなったかも……まぁぐだぐだ考えた所で俺の力じゃどうにもならんのだが。
『つまり今の君は、身よりのない孤児という事になる。君の希望はアイビンに所属しレンバノンへ戻る事だったね?』
『はい』
『よろしい。では、君は今後はミスティルテインとしてアイビンに所属するという事でいいね』
『ありがとうございます』
『ふむ。ここを出たら二階に行き、まずは事務方として所属員カードを発行してもらうといい。説明は』
『必要ありません』
『そうか。では改めて、ようこそ、国際魔獣対策機構へ』
所属登録する時にお決まりの台詞を言った本部長殿は厳つい顔を茶目っ気たっぷりに歪ませて笑った。あれは気持ち悪いを通り越して恐怖だった。ともかく、俺はまず金を稼ぐ手段である働き口を得た訳だ。
『よろしくお願いします。今日にも仕事を頂きたいのですが』
『君の仕事内容についても私は考えているよ。君には期待しているんだ』
思いがけない言葉に、俺は頬がじわりと熱くなるのを感じた。なんも出来ない幼児の身体でも、アイビンの仲間として期待される喜び。だがそんな喜びは、鬼大将と名高い本部長の言葉にツドリア大地に放り込まれたかのごとく固まる。
『レーヴァテインをよろしく』
『…………わんもあ』
『レーヴァテインをよ』
『なんででしょうか!』
『特派員制度って知ってる?』
説明しよう。特派員制度とは一部の高位戦闘所属員に付く事務方の事で、わかりやすく言えば秘書とかそういうものだ。高位戦闘所属員は本人の希望によりアイビンが依頼する仕事をさばいてくれる事務官を専属でつける事が出来る。まぁそれだけ依頼件数が半端ないって事だ。特Aランクから利用可能な制度だが、俺が頼んだらひょろっこい男が派遣されたので以来俺は全部自分でさばいていた。
嫌だろ? 四六時中ひょろっこい男が後ろに控えているのは。
『知って……ますが』
『うんうん。君にレーヴァテインの特派員になってもらいたくて』
『なぜ』
『あの子腕は良いんだけどほっとくと魔獣討伐ついでに色々拾ってくるんだよね……ウサギとか猫とか犬とかならいいよ? でも孤児とかも拾ってくるんだよね……度々街で愛らしい少年を誘惑してたりするんだよね』
そう言うと、本部長は窓から遠い空を眺めた。なんとも言えない沈黙が重かった。
『その点君なら安心だから』
『あえて言おう、断る』
『ガンバ』
『おい、体の良い生け贄見つけたみてーな顔してんじゃねーぞこの野郎!』
『もう歳だからすっかり耳が遠くてねぇ』
『拒否だ拒否っ違う仕事を!』
『楽な仕事だよ。実際事務官としての仕事はレーヴァテインが自分で出来るし君はちょっとレーヴァテインの側にいるだけ。こんな楽チンで楽しい事ないよね!』
『俺を見てもっかい言って見ろジジイ!』
『じゃ、所属員カード発行窓口は二階だから。君の活躍を期待してるよ!』
全身を使ってただこねるごとく拒否した俺を本部長はひょいと摘んで部屋から追い出したさ。あのクソ鬼大将にはいつか食事にペッパー大量に放り込んでやる。
過去編はこれにて終了となります。
元々あと一話で終わらせられるプロットなんですが……続いた方がいいですか、ね?
ご意見頂けたら嬉しいです。
どの道次回更新までは少し間があきます。別件の締切を片付けたら戻ってくるのでしばらくお待ちくださいませ。