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  作者: 牧村エイリ
1/3

任務

「父ちゃ…アンちゃん。はらへった」


「チッ」


年端もいかない子供の言葉に、男は舌打ちした。


「はらへった」


舌打ちも気にせずに、言葉を続けた子供に、男はあからさまに顔をしかめながら、前で失禁する武士に銃口を向けた。


「き、貴様!」


武士は下半身を濡らしながらも、最後の強がりを見せた。


「き、貴様のような下餞の出が」


しかし、武士はすべての言葉を発することはできなかった。


何故ならば…武士の顎は吹き飛び、絶命したからであった。


「うるせい」


男は呟くように言った後、奥歯を噛み締めた。



鉄砲。


戦国時代。種子島より伝来した火縄鉄は、その時代…世界に類を見ない程、発展し、最高峰の出来になった。


しかし、その銃は…江戸時代末期まで進化しなかった。


その理由として、徳川綱吉の出した――諸国鉄砲改めがあると言われている。


徹底的に、身分に拘った江戸幕府は、百姓の狩猟用の銃の所持だけではなく、鉄の所持も禁じた。それは、一揆などを危惧したからかもしれないが…自らの平和の為に、定めた法は、日本を後退国へとしてしまった。


鎖国。


有名な単語だが、近年…本当に、日本は鎖国していたのか、疑問の声は上がっている。


長崎の出島では、オランダ人の交易は、ずっと続けられていた。


だからこそ、賢明な歴史学者はこう言う。


鎖国ではなく、一部の国による独占貿易であったと。


そして、鉄を封じた幕府が、己に対しても禁じていたのかと。


最新の武器は他に流れることなく、幕府が独占したのではないか。


さすれば、出島に近い…島原で、民主による反乱があれほど続いた理由も理解できるかもしれない。


貧しい身なりをした男が持つ…銃は、彼にそぐわない…世界最高の性能を備えていた。



江戸時代。


その歴史が何故、長く続いたのか。


その理由はいたってシンプルである。


士農工商。


武士を頂点にして,次に農民の身分を上にし、次に手に職のあるもの。最後に商人を下にした。


この構造は、一番辛い農民を、身分が上という建前だけで押さえつけることができた。


それだけではない。


現在の歴史学者や、常識者というものが語らない…もう1つの身分がある。


敢えて、言葉には出さないが、幕府は…処刑などを行うもう1つの身分をつくった。


幕府によってさばかれたものを殺す…人々。


彼らは命じられただけであるが、刑を実行する姿を見て、民衆は…命じた幕府ではなく、彼らを憎んだ。


そして、彼らは…家を保証され、ある種優遇された。


そのことが、江戸時代のほとんどをしめた農民の反感をかった。


このような巧みな身分制度により、江戸時代は永きに渡り、繁栄した。


予想外の黒船という…異分子さえなければ、江戸時代はもう少し、続いたことであろう。




「やれやれ〜」


男は拳銃で、武士の頭をぶち抜いた後、脇差しで改めて、武士の体を斬った。


死因は明らかだが、一応約束であった。


辻斬りにあったと、結果付ける為であった。


銃での殺人は、犯人を特定させる可能性があった。


しかし、銃程…簡単に人を殺せる武器はなかった。


この時代に、最新式の銃をもつ男…。いや、男というよりも、現代というならば、まだ少年であった。


彼に身分はない。


例えるならば…彼もまた、武器であった。


幕府が抱える武器である。


「アンちゃん。はらへった」


そんな彼の後ろを歩く…年端もいかない子供は、まだ…武器ではなかった。


「ちょっと待ってろ!はらへったしか言えねえのかよ」


銃を懐にしまった彼の前に、笠を目深に被った武士がどこからか姿を見せた。


「!」


眉を寄せた彼に、武士は背を向けると、ゆっくりと歩き出した。道なき道を。


「チッ」


軽く舌打ちすると、彼は子供の腕を掴み、武士の後を追った。


「アンちゃん、はらへった」


「…」


彼は、子供の言葉を無視して、ただ歩き続けた。


人影が見えなくなると、武士は足を止めた。


「次の仕事かよ?」


彼は子供の手を離すと、肩をすくめ、


「最近多いな。その内、侍はいなくなるんじゃないのか?」


笑って見せた。


「…」


武士は無言で笠を脱ぐと、数秒彼を見つめた後、口を開いた。


「次の仕事は、明日。お忍びで、遊郭に来る旗本の侍を始末しろ」


そう言うと、武士は侍の似顔絵を見せた。


「わかったよ」


彼は頷くと、すぐに武士に背を向けようとした。


あまり長く接触をしない。


それが、決まりであった。


「待て」


しかし、今回は違った。


武士は、彼を止めると、こう言った。


「許しが出た。その子供に、名前をつけていいとな」


「え」


「お前がつけろ」


武士は、彼のそばから離れない子供を見下ろすと、ゆっくりと近付き、持っていたものを子供に渡した。


「に、握り飯だ!」


包みを開けた子供の表情が、笑顔になる。


「おっさん」


握り飯を見て、彼は驚いた。


「あき。お前は、何歳になる?」


武士は、子供を見下ろしながら、彼にきいた。


「多分…十六になる」


「そうか…」


あきと呼ばれた少年の返事に、武士は少し悲しげな目をすると、彼らに背を向けた。


「体に気をつけてな」


それだけ言うと、武士は彼らから離れた。


「アンちゃん!食べていいか?」


握り飯を手にして、我慢していた子供に、ああとだけ言うと、あきは遠ざかったといく武士の背中を見送っていた。


その背中が、遠い日々の背中と重なった。


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