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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
好きになる理由
6/43

6

 月曜日になるとさすがにこの席にも慣れてきたと感じた。


 特に隣の清水くんに対しては土曜日のハプニングのおかげか、傍に寄られても椅子から転げ落ちるほどの過剰反応はもうしない。


 見よ! この余裕。


 そんなことを思いながら昼休みは優雅に読書をしていた。


 お昼はお弁当か学食か売店で何か買うか、の三択なのだけどクラスの半分以上の人はお弁当持参だ。部活の朝練がある人や家庭の都合で学食・売店派もいるけれど、我が家にはそんな余裕があるはずもなく当然私はお弁当持参派。


 特に一緒に食べる友達もいないから一人で読書しながらお弁当を食べた。寂しくないと言えば嘘になるけど、これはこれで気ままでいい部分もある。


 しかし、今日の昼休みは一味違った。




「あの……私と付き合ってください」


 優雅に読書をしていた私の耳に、突然その言葉が飛び込んできた。女子の声だから、告白されたのはおそらく、いや間違いなく隣の席のソイツだ。


 私は本のページをめくるときにチラッと隣を見た。


 隣のソイツはクラスメイトに借りた漫画を読んでいたらしい。首だけ横に立つ女子に向けて優しい声でこう言った。


「俺、今気になる人がいて、キミとは付き合えないよ。ごめんね」


 あらあら……かわいそう……。


 あっさりと断る隣のソイツの態度は、こんなシチュエーションに慣れているのかスマートすぎるくらいだと思う。


 それにしてもショックだよね……。勇気を出して告白したのに「気になる人がいるから付き合えない」なんて即答されたら……。


 ……へぇ。清水くん、気になる人がいるんだ。……気になる人?


 私は一瞬のうちにそこまで考えて「あれ?」と思った。一応、目は本の文章に戻っているが、脳はまったく別のことを考えている。そこに更に衝撃的な言葉が飛び込んできた。


「その気になる人って、私よりもかわいい人なんですか?」


「うん」




 !!!!!




 脳が完全にフリーズした。


 その間も隣のソイツの言葉は不思議と私の脳の中に刻み込まれていく。




「あそこにいるサッカー部のヤツ、知ってる?」


「はい。人気ある人ですよね」


「そう。例えばさ、キミがもし今、アイツに『付き合って』って言われたら、キミはどうする?」


「お断りします。私は清水先輩が好きなんです」


「つまり、そういうこと」


「……わかりました。でも私、諦めませんから」




 そう強い口調で言った女子の顔を、私は好奇心に負けて見てしまった。


 ……まるでお人形のように綺麗に整った目鼻立ち。


 大きな黒い瞳は隣のソイツを射竦めるように見開かれていて、彼女がとても強い意志をもった女の子なんだということがチラッと見ただけの私にも嫌というほど伝わってきた。


 言いたいことを言い終えたのか、その女子はくるりと踵を返して教室を颯爽と後にした。


 隣のソイツは何事もなかったようにまた漫画を読み始めた。




 ……すごすぎる。


 白昼堂々、告白に来た女子もすごいが、平然と断るコイツもすごい。密かにクラス全体が清水くんに注目していた。


「おい、清水。あれ、1年で一番かわいいって子だろ? フっちゃって勿体ねぇな。いいのかよ?」


 隣のソイツの前の席に、彼と一番親しいと思われる男子がドカっと座って言った。私は本を読む振りをしているが、目ではなくて耳に全神経が集中しているといっても過言ではない状態だ。いわゆる「耳がダンボ」になっているわけ。


「いいも何も、興味ない」


 清水くんは漫画から顔も上げずにぶっきらぼうに言った。


「珍しいな。1年のときはかわいい子なら即オッケーだったろうが」


 この男子の名前何だったかな……。私はかなり真剣に考えてみたが、もともと覚えていないのだから思い出せるはずもなかった。


「人聞き悪いこと言うなよ」


 答える隣のソイツの声が少し低くなった。機嫌が悪くなったのだろうか。


「本当のことだろ? とっかえひっかえ……」




 バンっ!




 大きな音に私までビクっとした。


 隣のソイツは読んでいた漫画をわざと音を立てて閉じたのだ。


「これ、ありがとう。面白かった」


 思わず私は隣を見てしまった。……まさに悪魔の笑顔!


 漫画を渡された男子も気圧されたようで「お、おう」と短く返事することしかできなかった。


 それから隣のソイツは怖いくらいの笑顔のままこう言った。


「俺、高橋さんと話がしたいから、どこか行ってくれる?」




 ……わ、私?




 清水くんの友達はすごすごと自分の席に戻った。その背中は小さくなっているようでかわいそうだった。


「高橋さん」


 私は改めて名前を呼ばれてドキドキした。なぜかはわからない。私に話があると言っていたけど、私には全く心当たりがないのだ。何を言われるのかと期待と不安で心臓が口から飛び出しそうな勢いだった。


「全部聞いてたよね?」


「い、いえ、何も聞いてないよ。私、本読んでたし」


 私はバレバレだとは思いながらも嘘をついた。ここで普通は「うん」と言えないと思うけど。


「さっきから同じページを行ったり来たりしてるみたいだけど」


 うっ! 何気に見てたのね。器用なヤツ。確かに文章が頭に入ってこないから、前に読んだところまで戻ってみた。それでもさっぱり進まなかった。


「私、カタカナの名前ってなかなか覚えられなくて『この人誰だったかなぁ』と思ってね」


「それ、カタカナの名前の人出てこないでしょ」


 ……タラリ。冷や汗が背中を伝った。


「夏目漱石の『明暗』って表紙に書いてあるように思うんだけど」


 あああああ!!!!!


 こんな日にこんなわかりやすい本を持ってくるんじゃなかった! せめてアガサ・クリスティとかにしておけば……!


 私はゆっくりとおそるおそる隣を見た。清水くんは意外にも少し困ったような表情をしていた。


「さっきアイツが言ったみたいに、女の子をとっかえひっかえするような男って最低……だよね?」


 なるほど、それを気にしていたんだ。確かにさっき機嫌が悪くなったのは「とっかえひっかえ」という単語が出てきたときだった。


「……別にいいんじゃない?」


 私は最初から他人のことにはあまり興味がないのだ。清水くんが今まで何人の女子をとっかえひっかえしようが、私には何の関係もないこと。そもそもなぜ彼がそんなことを気にするのか、よくわからない。


「それはどういう意味?」


 清水くんは私の答えが予想に反していたのか、小首を傾げて聞き返してきた。その動作にちょっとドキッとする。


「どうって……それは人それぞれだと思うから。私が好む好まないは関係ないことだと思っただけ」


 私の答えを聞いて考え込むように清水くんは片肘で頬杖をついた。


「つまり、高橋さんは俺に興味がないということ?」


 ん? どうしてそういう方向に持っていくんだろう……。


「きょ、興味って……」


 ある、と言えばかなりの問題発言だと思うし、ない、と言えば機嫌悪くなりそうだし……。


「答えにくいでしょ?」


 清水くんはにっこりと悪魔の微笑みを見せた。知っていてわざと答えにくい質問をしているのか! 見かけとは違って、きっとコイツの中には何か黒い生き物がいるに違いない。


「じゃあ、好きな人がもしそういうヤツだったら?」


「別に……」


「気にしないの?」


「まぁ……」


「浮気されるかもしれないよ?」


「それは、そういう人を好きになったんだったら仕方ないんじゃない?」


 私は正直な気持ちを言った。だけど本当はそんな経験がないから、実際はわからない。本を読んで擬似恋愛のようなことは体験できるけど、それはやっぱり現実とは違うだろうと思う。


 清水くんは私をじっと見ていた。恥ずかしくなって私は視線をそらした。


「高橋さんってやっぱり変わってるね」


 その言葉は少なからず私の心に衝撃を与えた。事実だけど改めて言われたくなかった。


「あ、悪い意味じゃなくて」


 清水くんは慌てて付け足した。私は悔しい思いが込み上げてくるのをこらえるので精一杯だった。


「普通は『そんな男はイヤ』って思うからさ。俺だって自分の好きな人がそんなだったらやっぱり嫌だし」


 へぇ……。


 私は何だか意外な気がして思わず清水くんの顔を見てしまった。


「今、意外だと思ったでしょ? 俺は独占欲が強いよ」


「そうなんだ」


 私ってそんなに感情がわかりやすく出るんだろうか。どうも心を読まれているようで困る。


「私は……経験がないから、本当はよくわからない」


 正直な気持ちを言った。なぜだかわからないけど。


「でも好きな人くらいいたでしょ?」


 自分の過去を思い返してみると、幼稚園や小学生のときに何となく「お気に入り」の男の子はいたが、その後は誰かを異性として好きになることはなかった。


「……考えてみれば、いない……かも」


「ええ!?」


 清水くんは本気で驚いたようだ。でも本当のことだった。


「……変、かな?」


 私はやっぱり自分が変なのかと思う。確かに周りの男子も女子も「恋」に忙しい。高校生になれば恋の一つや二つを経験するのが普通なのだろうか。その基準で考えると私は自分がオコサマなのを認めざるを得ない。


「変じゃないよ」


 そう言った清水くんは穏やかな優しい笑顔だった。


「恋はしようと思ってできるものじゃないからね」


 私はこくんと頷いた。


「あ、そうだ。昨日英理子がうちに来てて、土曜日の話をしたら今日から高橋さんと一緒に帰るって言い出してさ。たぶん放課後迎えに来ると思う」




 ……英理子さん。




 私は何かとても重要なことを思い出した気分になった。そうだ、清水くんの「気になる人」って……。昨日清水くんの家に英理子さんが……ってことは?


「本当は英理子じゃなくて俺のほうがいいと思うんだけど、アイツ言い出したら絶対引き下がらないからさ」


 ……やっぱり二人は、つ、つ、付き合ってるってこと?




「って、高橋さん、聞いてる?」


「は?」


「いきなり自分の世界に入ってるし……」


「ご、ごめん」


「とにかく今日だけでも英理子と一緒に帰ってやってほしいんだ」


「はぁ……」


 そう返事をしたものの、なぜか私の胸中は複雑だった。どうしてだろう……。






 昼休み後の2時間はいくら先生の話に集中しようと思っても頭がボーっとして無理だった。相変わらず板書を読んでくれる清水くんも、しばしば私の手が止まるので訝しんでいたと思う。


 そして放課後。


「高橋さん! 一緒に帰りましょう」


 本当に英理子さんが私の教室までやってきた。なにごとかと周りのクラスメイトが好奇の目で私たちを見ている。けれども英理子さんは全くそんな視線は気にせず、鞄を持った私を引っ張る。


「あの、英理子さん。一緒に帰るのは私とじゃなくて清水くんの間違いじゃ?」


 私は小声で言ってみる。よくわからないけど、もし私が二人の邪魔をしているなら申し訳ないと思ったのだ。


 英理子さんは私の顔を正面からまじまじと眺めた。そして「ああ、そういうこと」と何かを一人で納得したようだった。


「ま、いいから一緒に帰りましょ。そうしたらわかるから」


「何が?」


「ウフフ。いろんなことが、ね」


 ……「ウフフ」って、何だか怖いですが!


 こうして私は英理子さんと駅まで一緒に帰ることになった。思えば、こんなふうに女の子と一緒に下校するなんて久しぶりだった。


 土曜日の「人さらい事件」について英理子さんから聞かれることを答えながら、私は彼女を密かに観察する。小顔なのにとにかく目が大きい。女の私でもじっと見つめられると恥ずかしくなってしまうほどだ。


 昼休みに清水くんに告白していた1年生の女子も美人だったが、英理子さんはそれ以上にかわいいかもしれない。




 ――その気になる人って、私よりもかわいい人なんですか?


 ――うん。




 その言葉が何度も頭の中をぐるぐると回った。その人が今、私の隣にいる。


 私は言いようのない痛みを感じた。胸の奥が痛い。何だろう、これ。初めて感じる痛みだった。


 そのとき英理子さんが何かを感じて後ろを振り返った。私もつられて振り返る。


 英理子さんの視線の先には、土曜日と同じように自転車に乗った清水くんがいた……。



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