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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
好きになる理由
4/43

4

 席替えから3日が経った。今日は土曜日。


 やっと土曜日が来た! と感じるくらい席替えからの毎日は私にとって長かった。隣の席の人間がヤツになっただけでこんなに毎日疲れるとは……。


 今日も無駄にお天気がいい。T市は今の季節が天候も安定していて一番いい季節だと思う。


 休み時間にそんなことを窓の外を眺めながらぼーっと考えていると、突然聞いたことのない女子の声が聞こえてきた。


「あら? ……あなた」


 他のクラスの生徒が教室に入ってくることはそれほど多くはないが、全くないわけでもない。大して気にせず、読みかけの本の続きを読もうかと鞄の中に手を突っ込んだときだった。


「高橋さん……よね?」


「は、はい!」


 私はいきなり名前を呼ばれて驚いた。まるでこそこそ内職をしていて不意に先生に当てられた生徒のようにびくびくと返事をしてしまった。


「英理子、いきなり呼んだら高橋さんびっくりして椅子から落ちちゃうよ」


 隣のソイツは英理子さんとやらに余計な助言をする。


「なにそれ?」


 と言いながら英理子さんとやらは上品な笑顔を浮かべた。私はようやく彼女の顔を正面から見た。


「お姉さん、ご結婚されたんですって?」


「あ、そ、そうなんです。ゴケッコン……いや、結婚しました」


 英理子さんにつられて丁寧な言葉を使おうとして思い切り失敗してしまった。


「おめでとうございます、って伝えてくださいね。母も喜んでたわ」


「……はぁ……」


 その前に、英理子さんって……どなた?


 私の疑問が清水くんには伝わったらしく「英理子、高橋さんに自己紹介しないと」と言った。


「え? 高橋さん、私のこと覚えてない?」


 英理子さんは目を見開いて口に手を当てた。英理子さんの目は大きくて、そんなに見開いたら落ちちゃうんじゃないかと心配になった。


 覚えて……?


 私は一生懸命記憶をたぐり寄せたが残念ながら英理子さんのことは思い出せなかった。


「英理子のお母さんがピアノ教室をやってるんだけど」


 隣のソイツの一言でようやく私は頭に電球マークがついた。


「神崎さん!」


 お姉ちゃんが以前通っていたピアノ教室が神埼ピアノ教室だった。ということは、英理子さんのお母さんが先生だったのね。


 それにしても英理子さんの顔をいくら見ても何も思い出せない。記憶力は悪い方じゃないのにな……。


「そうです。小さい頃だけど、あなたと一緒に遊んだことあったのよ。もう忘れちゃったのね」


 少し残念そうに英理子さんは言った。


「もう戻るわね。はるくん、それ、ありがとう」


 それ……とは隣の机の上に乗っかっているやたらと難しそうな本のことらしい。なになに? 『フーコー入門』……? 聞いたこともない単語だった。


 そういえば神崎英理子という名前は、テスト後に廊下に貼り出される順位の上のほうにある。勿論、いつも一番は隣の席のソイツ、清水暖人なんですけどね。


「英理子」に「はるくん」か。


 清水暖人という人は私が見る限り誰にでも分け隔てなく接している。いわば八方美人。だから私なんかにも普通に話し掛けてきたりするのだろうけど。


 でも英理子さんとは普通以上に仲がいいようだ。


 ……別にだから何だってこともないんだけど。


 ふーん。


 ……………。


 ……付き合ってるとか?


 こういうとき友達がいない自分が少し悲しくなる。情報は全く入ってこないから、誰と誰が付き合ってるかなんて知る術がなかった。


 今までそんなことを気にしたこともなかった、というのも事実なんだけど。




 ……って、あれ?


 私、何を気にしているんでしょうか?




 そうだ。隣の席のソイツが誰と付き合っていようが私には何の関係もないのだ。そう、全く無関係。


 でも、なぜか少し胸が痛い。……やっぱり私の心臓、病気になっちゃったのかも……。






 放課後、掃除当番だったので丁寧に掃除した。土曜日に真面目に掃除している人間なんて私くらいなものだ。でも綺麗になると心も洗われるようで掃除は大好きだ。


 のんびりと帰宅準備をして下校した。どうせ急いでも電車の時間は決まっているからだ。ローカル電車は2時間に1本くらいしか走っていない。


 でも少しのんびりしすぎたようで、このまま普通に歩いて間に合うかな? という時間になってしまった。掃除を頑張りすぎただろうか。


 私はいつになく急ぎ足で歩いた。既に他の生徒の姿はほとんどない。学校の周りには部活動のランニング集団くらいしかいなかった。


 駅までは住宅街の小道を通る。ここは小走りで過ぎた。


 少し大きな道路に出て、一息ついた。


 そこに後ろから白い車が来た。私の近くに来るとスピードを落とし背後からついてくる。


 ……なんだ?


 私は無視するようにまたスタスタと歩き出した。


 すると車の窓が開く音がした。


「ねぇ、駅まで行くんでしょ? 乗っていかない?」


 ……うわっ! 気持ち悪い!!


 私は一応振り向いて車を運転している男を見た。正確には、睨んだ。でも言葉は発しない。こんな男に返事をする義理はない。


「ねぇってば! 乗っていきなよ。急いでるんでしょ?」


 男は若そうだが身なりは作業員風でお世辞にも小奇麗とは言えなかった。しかも何だか冴えない顔で……って私に言われたくないだろうけど、たぶん彼女などいないだろうと思われる風貌だった。


 さすがに私もこんな男には関わりたくはない。無視して更にスタスタと歩いた。


「ちょっと!」


 男はしつこく私の側に車を寄せてきた。窓から手を伸ばしてくる。




 ……ぎゃっ! 腕をつかまれた!!


 ど、ど、どうしよう……。怖い!!




 こんなとき大声を出すべきだと思うが、声すら出ない。


 車に乗せられたら最後、何されるかわからない。いや……本当に最期かもしれない……。


 絶対絶命!!!


 離せ! こらっ!! はなせーーーーーっ!!


 腕をねじったり、身体だけ車から遠ざかったりしてみたけど、男の人の力にはかなわなかった。




 ……もう、ダメ……。




 抵抗する力がなくなりかけたそのときだった。




「高橋さん」




 最近よく聞きなれた声が後ろからした、と同時に私の腕はパッと男から解放され、反動で私は道端によろめいた。


「危ない!」


 車は突然スピードを上げて去った。


 私は倒れる寸前、自転車の清水くんに何故か抱きとめられていた。……というか、抱きついていた。




「うぎゃっ! ……ご、ごめんなさい!!」


「大丈夫? ていうか、何あれ?」


「ひ、ひ、ひっ……」


「……?」


「人さらいっ!!!!!」




 一瞬、清水くんの目は大きく見開かれた。すぐに彼はお腹を抱えて爆笑し始めた。


 ……あ、あの……。私、今、恐怖体験をしたばかりなんですが……。


 ぽかんとしている私の顔を見て、ようやく「いや、ごめん」と彼は笑いを無理に収めたようだ。


「高橋さんが『人さらい』なんていうから可笑しくて……。でも危ないところだった。怖かったよね?」


 清水くんは心配そうな顔で尋ねてきた。


「えと……声も出なくて……」


 うんうん、と彼は自転車から降りて、押しながら私に歩調を合わせた。


「大声って咄嗟には出ないらしいよ。普段から練習しておくといいみたい……って今は練習しなくていいけど。俺が疑われるから」


「そうなんだ」


 私は少し気持ちが落ち着いてようやく脳みそが回転し始めた。


「あ? ……あーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


「だから、今練習しなくても!」


 清水くんは慌てて周囲を見渡した。


「ち、違う! 電車が……」


「ああ。もう行っちゃった?」


 もう駅が見える場所に来たが、今から走っても改札を通って電車に乗るまでには5分はかかるだろう。


「……もう間に合わないわ」


 がっくりと肩を落として私はトボトボと歩いた。


「じゃあさ、お昼一緒に食べない?」


「へ?」


 清水くんはニコニコと眩しい笑顔で言った。あまりにも思いがけない提案に私は間抜けな返事をしてしまう。


「駅の近くに美味しい定食屋さんがあるんだけど、どう?」


「定食……」


 彼のイメージと定食はなかなか結びつかなかった。でもお腹が空いてきたのは確かだった。


「どうせ電車しばらくないんでしょ?」


「よくご存知で」


「じゃなきゃ、あんな大声で電車に乗り遅れるのをがっかりしないんじゃ?」


「さすが、学年一番」


 言った後で少し嫌味だったかな、と心配になっておそるおそる隣を見た。


 すると彼はにっこりしながら少し肩をすくめて見せた。


「で、どうする?」


「でも私なんかと一緒だと迷惑じゃ……」


 私はついクセで下を向いた。清水くんと私とではあまりにも釣り合いが取れない。こうして並んで歩いているのも、清水くんにすれば恥ずかしいんじゃないかと心配になるくらいだ。


「高橋さんって、俺のことそんなに嫌いなわけ?」


 ……その質問の仕方はずるい、と思う。「好き」か「嫌い」の二択で答えろということなの?


「……嫌い……とかじゃない……けど」


 私は口の中でもごもごと言った。


「じゃあ……」


 清水くんが言いかけた言葉にかぶせるように少し大きな声を出した。


「どうして私のことを構うのかわからない!」


 彼は言葉を飲み込んだようだ。そして私の目をじっと見つめた。


 私はだんだん自虐的な気持ちが強くなってきた。この際だ、思っていたことを言ってやる。


「私をからかうと楽しいから? どうせ面白い玩具か何かだと思ってるんでしょ? そして……み、みんなで私を笑って……た、楽しいですか?」


 言いながら気持ちが高ぶって最後は涙声になってしまった。


 別にそこまで清水くんが憎いわけじゃなかった。でも、なぜ彼が自分に必要以上に構うのかが私には全然わからない。


 考えられる理由は……それくらいしか……………。


「楽しいのは、当たってるかな」


 ああ、やっぱりそうなんだ……。


 私は俯いたまま唇を噛んだ。涙が零れ落ちそうになる。泣くな、こんなことくらいで。


「でもちょっと違うな」


 ……………ん?




「気になるんだ、高橋さんのこと」




 ……………今、なんて言った?


 私は思わず顔を上げた。その勢いで涙がぽろぽろと頬を伝った。


「うわぁ、俺が泣かせちゃったんだよね……ごめん」


 清水くんはティッシュペーパーをくれた。


「からかったわけじゃなくて……あーでも今更何言っても遅いか」


 涙は止まったが、鼻水になって出てきたので慌ててもらったティッシュペーパーで鼻を押さえる。


「高橋さんをついからかいたくなったのは確かです。ごめんなさい」


 ふん、やっぱりそうなんだ。


「でも、高橋さんって他の人と違うから楽しい……っていうか、嬉しかったんだよね」


 ……………は? 嬉しいとはどういう意味……?


 私の表情で彼は私の疑問を理解したようだった。


「思ったことがストレートに言動に現れるでしょ?」


 ……うっ! なぜか席替えしてからそういうことになってるけど、普段の私は違う! ……はず……。


「なんていうか……他のヤツらはワンクッションあるんだよね、俺に対して」


「それは清水くんが学年一番でカッコいいからじゃ?」


「俺は、そんないいもんじゃないよ」


 初めて見るシニカルな笑い顔だった。心の奥がきゅーっと痛くなる。なんだろう……。


「さて、駅に着いたけどどうする?」


 気がつけばもう駅に着いていた。時計を見ると次の電車までまだ1時間半以上ある。お腹空いてきたなぁ……。




 グウゥゥゥゥゥ……………




 思わず私はお腹を押さえた。清水くんがちらっとこっちを見る。


「……行くよね? 定食屋」


 私の顔は真っ赤になっていると思う。俯いて小さく頷いた。




 こりゃもう……笑われても仕方ないよ、私……。



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