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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
学園祭に恋して
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 図書室は私のオアシスだ。


 本がぎっしりと詰まった本棚に囲まれて、その本の背表紙を眺めているだけでも至福を感じるけれども、その中から「これは」と思う本に出会った瞬間、私の心はドキドキわくわくと躍りだす。


 そして本を開いて、冒頭の数行を読む。ここでもし期待通りか、それ以上の文章であれば、座るところを探して本の世界に没頭する。もちろん、そうでないときはそっと本棚に戻す。またいつか再会する日が来るといいな、と思いながら。


 この日の昼休みも、すてきな物語との新たな出会いを夢見ながら、私は本棚と本棚の間をさまよっていた。別に、教室で腹の立つ出来事があったから逃避してきたわけではない。本が読みたくて図書室へやってきたのだ。


 そしてぶらぶらしながら、私のお目当てである日本文学と分類された場所へたどり着いた。


「え?」


 私は小さく声を上げた。


 というのも、私が入り浸っているこの場所には、普段人影がまったくないのだ。


 それなのに今日は先客がいる。私の声でその人がこちらを向いた。


「あら、高橋さん」


 目をぱちくりとさせた私に、相手は柔らかく微笑んだ。なんと、先客は綾香先生だった。


 私はまず先生の手にした本を見る。どうやら大正から昭和にかけて活躍した作家の全集のようだ。名前は知っているが「代表作は?」と聞かれると困ってしまう作家なので、戸惑いながら綾香先生の顔を見つめた。


「昼休みも読書なんて真面目だね」


「いえ、ちょっと気分転換に……」


「あ、そうなんだ。図書室って落ち着くよね。私も図書館とか本屋さんが大好きで、行くと帰りたくなくなっちゃうの」


 そう言って綾香先生はにっこりと笑った。その笑顔がまぶしくて、私はついつい伏し目がちになってしまう。


 ここですっと立ち去ることもできたのだけど、正直なところ、綾香先生が読んでいる本に興味があった。好奇心が勝ち、私はおそるおそる先生に話しかけた。


「あの、先生の読んでいる本って……?」


「ああ、これね」


 綾香先生はポンと本を閉じ、私に表紙を見せる。


「前から気になっていた作家なんだ」


「はぁ。面白いですか?」


「うーん。ひとことで言えば難解」


 かわいらしい顔が険しい表情になる。


 こうして見ると、真面目な表情の綾香先生は本物の美人だった。顔のパーツそれぞれの美しさは言うまでもないが、どれかひとつが主張しすぎることなく、互いを引き立てあっている。


「難解……?」


「うん。書いてある文字は読めるけど、内容が頭に入ってこない」


「それは難解ですね」


「だね。あーもうやめた。やっぱり私には合わないや」


 綾香先生は恥ずかしそうにしながら急いで本を棚に戻した。私は、あれ? と思う。


「気になっていた作家なのに、いいんですか?」


 そう訊ねると、先生は困ったような顔で笑った。


「あー、いいのいいの。気になっていたっていうのも、今親しくしている人が研究している作家というだけで、それほど興味があるわけじゃないんだ」


「親しく……というと、彼氏さんですか?」


 言ってから自分でもびっくりした。綾香先生のプライベートを探るような質問を、気軽に口にする私はずいぶん図々しい人間だ。


 でも先生は少しも嫌そうな表情をせずに、ふふっと笑う。


「どうかな。そうなったらいいかもね」


「あ、えっと……ごめんなさい。余計なことを……」


「ううん。それより高橋さん、その後どう?」


 綾香先生は急に背中を丸くして、ひそひそ声で問いかけてきた。


 私は思わず身を引いてしまう。


「どうって……?」


「だから、ほら、……アレは来た?」


「ああ。まだ、だと思います」


「え? 『だと思います』って、他人事みたいに言うけど……」


 綾香先生の目つきが厳しいものに変化したので、私は焦った。


「だ、だって、私のことじゃないですし」


「……え?」


 ――えっ? もしかして、先生、なにかを誤解なさっている……?


 頭を小刻みに横に振って、力いっぱい否定する。


「ちがっ、違いますよ! 本当に私じゃないんです!」


「そうなのー!?」


 大きな掠れ声で嘆いたあと、綾香先生はよろよろしながら脱力した身体を本棚に預けた。


「なんだー! 私、てっきり高橋さんだと思ってた」


 どうして先生がそんなふうに思い込んでしまったのか、まったくわからない。


 そりゃ私もパニック状態で相談しに行き、綾香先生を目の前にしてものすごく緊張していたから、誤解を与える要素があったことは否定できないのだけど。


 綾香先生は「ふぅ」と大きなため息をついて、背中をピンと伸ばした。


「勝手に誤解しててごめんなさい。でもまだ安心するのは早いのね」


「そうですね……」


 私も小さくため息をつく。


 自分のことで頭に血がのぼっていたから、すっかり忘れていたけど、高梨さんの問題はまだ終わっていない。




 実は今朝、高梨さんをこっそりつかまえて、綾香先生の予言をさりげなく伝えてみた。


 もちろん綾香先生の名前は出さず、「ネットで調べてみた」ということにしたのだけど、10日後という具体的な日数が、高梨さんの不安を軽減するのに効果てきめんだったと思う。


 というのも生理周期が乱れたことのない高梨さんにとって、前回から30日以上経っても生理が来ないという状況は、まさに緊急異常事態。ありえないことが起こっているのだから、高梨さんの考えが悪い方向へまっしぐらなのは当然だと言える。


 だから「規則正しい人でも10日くらい遅れることはある」と言ったら、彼女は「え、そうなの?」と驚いていた。


「そんなことって本当にあるの?」


「いや、これは私の姉の話ですが、最初の生理が来てから半年間なにもなく、その後も高校を卒業するまでかなり不定期だったみたいです。むしろ高梨さんのようにまったく乱れたことがないという人は少ないのでは?」


「……そういうもん?」


 高梨さんは疑うように首を傾げたが、目は楽しそうに笑っていた。そういう明るい表情の高梨さんを久しぶりに見た気がして、私はとても嬉しくなったのだ。




 そんな回想をしている間に、綾香先生は隣の本棚へ移動していた。しばらくすると手を伸ばしてくすんだ色の表紙を引っ張り出す。


 私は綾香先生がどんな本を選んだのか、とても気になった。悟られないようにこっそりと横目で先生が手にした本を確かめる。


 ――ん?


 真正面の日本文学の棚を見つめながら、そういえば隣の棚は背表紙を吟味することさえ躊躇してしまう品揃えだったことを思い出す。


 ――私の記憶が正しければ、あそこには魔法とか、なんとかの謎とか、興味深いけど読んでいるのを他人に見られたくないような本ばかり並んでいたはず。


 そうなのだ。綾香先生が手に取った本のタイトルには「古代文字」とか「謎」という漢字がデカデカと書かれていた。


 そして綾香先生は茫然としている私に気がつく様子もなく、真面目な顔でパラパラと本をめくっている。


「うーん」


 小さな唸り声が聞こえてきたかと思うと、古代文字の本は本棚に戻され、次もまた妖しげな表紙の本が先生の手の中におさまる。


 今度は「世界」と「魔術」という文字が見えた。


 妙に心臓がドキドキしてきて、いてもたってもいられない気分だ。誰かがここを通りかかったらどうしよう。


 ――先生。お願いだから、もう少し無難な本に興味を持ってください!


 もうほとんど祈るような気持ちだった。


 私のせつなる願いに呼応するように、救いの予鈴が鳴る。


 綾香先生は慌てて本を戻すと急ぎ足で図書室を出て行った。私もホッとしながら出口へ向かう。


 あの桜庭さんとかいう1年女子は、さすがにもう立ち去っただろう。それでも教室に戻るのがおっくうに感じられた。


 それに昼休みが終わって、放課後が近づいてくるのが憂鬱で仕方がない。学園祭なんて早く終わってしまえ、と心の中で叫んでみたが、当然のことながら、どこからもなんの反応も返ってはこなかった。






 我がクラスの学園祭準備は順調に進んでいるようだ。


 たぶん私が手伝わなくても、当日には立派なお化け屋敷が完成するだろう。


 というのも、企画書ではどれくらいのペースで進めていけば間に合うか、ということまで計算されていて、そのぬかりなさには教員たちも驚愕したという噂だ。


 おそるべし、清水暖人。


 この人が私と同じ高校2年生で、おそれ多くも私の彼氏であるということが、なにかの間違いではないかと、1日に軽く30回は思ってしまう。


 そして間違いでないことを喜ぶべきか、悲しむべきか、と悩むのが私の日課になってしまった。


 まぁ、本当のことを言えば、ものすごく嬉しい。だからわざと何度も悩んで、私がいかに幸せであるかを再確認しているのだと思う。




 ――そして、自信がないから……。




 私は今日もベニヤ板を真っ黒に塗りつぶす作業に没頭していた。これはお化け屋敷の通路の壁になるらしい。


 そしてあの桜庭さんという1年女子は、自分に自信があるのだろうな、と昼休みを思い出しながら改めて感心してしまう。


 ――やっぱり顔がかわいいと自分に自信が持てるよね。周りも「かわいい」と言ってくれるだろうし。


 刷毛を左右に動かしながら、そういう素直さが羨ましいなと思う。


 でも考えてみれば綾香先生は、桜庭さんより数倍美人で、人柄も全然違う。先生は私のように卑屈ではないけど、桜庭さんのように高圧的でもない。




 ――というか、あの感じ、誰かに似ている気がするな……。




 実はさっきから綾香先生に対して、よく知っている人に久しぶりに会ったような懐かしさを感じていた。


 他人から羨望のまなざしで見られるほどの外見を持ちながら、本人はまったく頓着していない様子。しかも普段の行動はちょっぴり意味不明な上、理解不能。だけどここぞというときにはズバリ核心を突いてくる。




 ――わかった。……お姉ちゃんだ。綾香先生はお姉ちゃんに似てるんだ!




 謎が解けた途端、笑いがこみ上げてきて、私は慌ててうつむいた。


 そこへこんな声が聞こえてきた。


「なに、あの人。思い出し笑い? やだぁー! やらしぃー」


 この耳につく金属的な声はおそらく西さんだ。そして彼女の指す「あの人」は私のことだろう。


 しかしすぐに顔を上げることもできず、もう塗りつぶす余白のなくなったベニヤ板をじっと見つめる。


「おい、メアリー。しゃべっている暇があるなら手を動かせ!」


 少し離れたところから苛立った声が飛んできた。清水くんだった。


「ちょっとぉ、『メアリー』って呼ぶのやめてよ」


「じゃあ、西こずえ。くだらないことを話しているだけなら帰ってくれ」


「いやぁん、フルネームって恥ずかしい」


 ここで思わず目を上げてしまった私を、我慢のできない現代っ子と責めないでほしい。だって清水くんがどんな顔をしているのか、どうしても見てみたかったのだ。


 視界の端っこで、腕とほぼ同じ長さの角材を手にした清水くんが立ち上がる。それを肩に担ぐと、威嚇するように西さんの前へ進んだ。


「な、なによ?」


「女子グループでしゃべっていたいなら、ファストフードか、駅前のスーパーのフードコートに行け。手伝う気があるなら、このダンボール紙に穴を開けろ」


「えー!? これってあの仕掛けでしょ? やだぁ! こんなの、ウチらにやらせるのはおかしいって。ねぇ?」


 西さんは隣の藤谷さんに同意を求める。藤谷さんは曖昧な笑みを浮かべて「ねぇ」と西さんに同調した。


 ここでバレーボール部の山辺さんがビシッときつい言葉を返すというのが定番の流れなのに、山辺さんは部活動へ行ってしまったらしく見当たらない。つまり西さんを援護できる女子はいなかった。


 それにしても「あの仕掛け」とはどの仕掛けのことなんだろう。


 私は清水くんが手にしたダンボール紙を見つめる。引越業者の会社名とシンボルマークが印刷されたダンボール紙には、直径10センチほどの円が等間隔に描かれていた。


「あ、それ、俺、やるわ」


 徹底的に助詞を省いた発言が、奇妙な雰囲気になってしまった教室に響く。


 清水くんの横に堀内くんがスッと近寄ってきて、ダンボール紙を取りあげた。


 その歩き方がちょっとカッコつけているようで、いつもなら見ているこっちが気恥ずかしいのに、今の私はなぜかそう感じなかった。


 ――っていうか、ちょっとカッコいい……?


 それに清水くんと堀内くんが並んでいる構図は、なかなか絵になっていた。


 堀内くんは筋肉がないのか、何度見てもどこか頼りない体型なのだけど、清水くんと並んでも見劣りしないという点では、校内でも数少ないイケメンと言えるのではないか。


 だけど顔立ちの美しさや、スラリと伸びた背格好のバランスのよさ、そして普通の人にはめったに見られない孤高のオーラは、やはり清水くんのほうが際立っていた。


 ふたりに見とれていたのは私だけではないらしく、教室内はいつの間にか静かになっている。


「でも堀内には看板の絵を描いてほしいから……」


「今、乾くの待ってて暇だから、俺、やるよ。それに俺がやったほうが、サイズ調節しながら作れるし」


 堀内くんは清水くんの返事を待たずに自分の席へ戻った。


 教室内の注目を逃れた西さんは、藤谷さんと一緒に、黒い布を裁断する作業を始めようとしている。


 張り詰めていた空気が、フッと緩んだ。


 清水くんが小さくため息をついて、それからこちらを見た。


 ドキッとして心臓が跳ね上がる。


 次の瞬間、彼は険しくなっていた表情を解いて、私に微笑んで見せた。




 ――ありがとう。




 心の中で何度も叫ぶ。


 もし本当に以心伝心が叶うなら、今こそお願い、と強い想いをこめて。






 その日の帰り道、清水くんは学園祭の話題に触れようとしなかった。


 いつもどうにかして私の関心を学園祭に向けようと必死で、その姿にはさすがの私も無関心でいることが申し訳なくなっていたのだが、もしかすると私の無関心が清水くんに迷惑をかけているのだろうか。


 そう思い至った私は激しい自己嫌悪に陥った。


 考えてみれば清水くんは、いつも私のために心を砕いてくれていたのだ。


 たぶん他の女子と付き合っていたなら必要のない心配や苦労をかけてしまっている。


 桜庭さんや西さんは、私にそのことを伝えたかったのではないか、と思えた。


 近所にできた小さな洋菓子店が行列ができるほどの人気だ、と一方的に話していた清水くんは、私の表情が暗くなったことに気がついたらしく、「ん?」と問いかけてきた。


「いや、あの、今日はいろいろあったんで……」


 私はできるだけ重くならないように気をつけて言った。


「そういう日もあるよ。それにああいうタイプの人間は、舞を敵とみなしたら、ぎゃふんと言わせるまで攻撃したいという習性があるんだ」


 私は思わず「ぎゃふん」に失笑してしまったが、清水くんの言葉には並々ならぬ説得力が感じられた。


「ずいぶん研究されているみたいで、詳しいんですね」


 言ってから、少し嫌味っぽかったかな、と思う。でも清水くんはフッと笑っただけで、どこか遠くを見つめていた。


 それから思い出したように言う。




「つらいなら、つらいって言って。じゃないと俺は、舞をもっとつらい目にあわせてしまうかもしれない」




 隣を歩く人を見上げると、彼も私をじっと見つめていた。


 急に心細くなる。


 彼の考えていることがわからない。




「それって、どういう意味ですか?」




 清水くんは気まずそうに目をそらした。嫌な予感が私の胸の中を暴れまわるけれども、私にはどうすることもできない。


「アイツらは舞をへこませるのが目的なんだ。俺の彼女というだけで舞が気に入らない。だけどアイツらにとって俺自体はもうどうでもいいんだ。舞に嫌がらせをし、舞をおとしめて、ほんの少しの優越感に浸ることだけが、アイツらのちっぽけなプライドを取り戻す手段なんだよ」


「つまり、私が桜庭さんや西さんのプライドを傷つけた、ということですか?」


「たぶん向こうはそう思っているはず」


 なるほど、と思った。よくある話だ。ひいきをする教師よりも、ひいきされる生徒が憎まれる。そして憎む側は己の憎しみがどこから来たものかを知らずにいるのだ。


「それで、もし私が『つらい。もう耐えられない』と言ったら、どうするつもりですか? ……別れる、とか?」


 私は先回りをした。清水くんからそれを切り出されるのが怖い。怖くてつらくて死んでしまいそうだ。


 考えただけでもそう思うのだから、もし本当にそういう瞬間が訪れたら、私はどうなってしまうのだろう。


 心がすり減るような時間が過ぎていく。


 やがて清水くんは、慎重に言葉を選びながら言った。


「それはアイツらがもっとも望んでいる結末だろうね」


 確かにそうだ。しかしそれは私の質問への答えになっていない。




「私は……つらいです」




 隣を歩いている人が立ち止まった。


 私も立ち止まって、もう一度大きく息を吸う。




「わけのわからない敵意を向けられるのも、陰でこそこそ悪口を言われるのも、本当はものすごくつらいし、耐えられないって思います。でも……」




 突然、喉の奥がきゅっと狭まり、次の言葉を発することができなくなった。


 うっ、というよりは、ひっ、としゃっくりのような音が出て、次の瞬間、堰を切ったように目から涙があふれ出す。


「舞!?」


 清水くんが慌てて私の顔を覗き込むようにした。見られたくない私は、あからさまに顔をそむける。




「別れるとか、考えただけでもこんなにつらいのに、……ど、どうしろって言うんですか!?」




 涙声でそう言いながら、ずいぶんめちゃくちゃなことを言っているな、と思った。恥も外聞もなく、こんなことが言えるなんて、まるで恋する乙女みたいだ。


「舞……」


 その呼びかけと同時に、清水くんの手が私の頭を抱えるようにして引き寄せた。


 彼は片手で自転車を支え、片手で私の頭と肩を抱く。


 気がつけば私は清水くんの半身にぴったりとくっついていた。彼の腕の中はいつもいい匂いがする。気が遠くなりそうだ。


 しかしこんなときにこんなことを思うのも変な話だが、眼鏡に涙が飛び散って視界が悪い。お願いだから、誰か眼鏡を拭いてください。


 仕方なく、私は眼鏡を外した。


 頭上でクスッと笑う声がする。


 ん? と思うのが早かったか――。


 それとも彼の指が私の顎にかかるのが早かったか――。




 唇に、彼の唇が触れた。




 柔らかく温かい感触を、必死の想いで受け止める。


 離れたかと思うと、今度はついばむようにされた。私はどうしたらいいのかわからず、ただ茫然としながらキスの嵐に翻弄される。


 なんて心地よい感触なんだろう。


 私たちはちょうど住宅地を抜けたところにある寺院の裏手にいた。街灯からも少し離れていて、辺りは真っ暗だった。


 ひとりで帰るなら小走りで通り過ぎる場所だ。


 でも今は、このまましばらく清水くんとふたりきりでいたいから、誰も通りかからなければいい、と思う。


 そう考える間も、彼の優しいキスが私の心を温かいものでいっぱいにしてくれていた。

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