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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
夏休みの魔物
33/43

33

「あら、舞と同じクラスの……えーと、なに君でしたっけ?」


 母は私の問いを無視して清水くんに話しかけた。どうして清水くんが同じクラスの男子だとわかったんだろう。


 清水くんもさすがに驚き顔のまま、ぎこちない返事をする。


「清水暖人です。こんにちは。いつもお世話になってます」


「ああ、清水くん! そうだったわね! こちらこそ、いつも舞がお世話になってます」


 私は自分の母親を横目で見ながら首を傾げた。


 ――この人……。


 そういえば高校の入学式の後、母は私にこう言ったのだ。




「どう? いい男はいた?」




 あのときの母の顔は最高にニヤけていた。一体どういう母親だ、と思ったが、もしかしたら母は本気でクラスメイトの男子をチェックしていたのかもしれない。


 ――この人なら十分ありうる。


 何しろ、母は自他共に認める面食いなのだ。実際、父は未だに会社の同僚の奥さん連中から「カッコいい」と騒がれるような容姿だったりする。母は父のことを100パーセント顔で選んだと思う。


 しばし、母を白い目で見ていたが、今、この状況を考え直してみると、私は決して母をバカにはできないということに気がついた。急に背中が寒くなる。


 ――いや、あの、私は清水くんの顔だけを好きなわけじゃないんです!


 心の中で慌てて言い訳しながら、母と清水くんを見比べた。


「二人の時間をお邪魔しちゃ悪いので、買い物してくるね。後で迎えに行くわ」


 そう言うと、母はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべてそそくさと立ち去った。


 清水くんは「ふう」とため息をつく。


「あの、ごめんなさい。あんな母親で」


「いや、すごく美人なお母さんで緊張した」


「へ?」


 私は拍子抜けして変な声を出してしまった。


「どこが?」


「なんか、まともに顔を見ることができなかった」


 そう言った清水くんの顔は本当に少し赤らんでいて、私はものすごく複雑な気分になっていた。


 ――どうせ、私は両親のいいところをもらってきませんでしたよっ!


 こういうことを思うのはひねくれていてバカなことだとわかってはいるのだが、私以外の家族は他人から容姿を褒められることが半端ではなく多いのだ。いじけたくもなる。


「やっぱり舞のお母さんだよね」


「どういう意味?」


 清水くんは私の刺々しい言い方にビクッと肩を震わせた。


「だって、似てるよ。舞もきっとあんなふうに若いお母さんになるんだね」


 なぜかとても感心したように清水くんはしみじみと言う。


 ――若いお母さん、ねぇ……。


 来年のこともわからない私に、そんな先のことなど想像もできないけど、いつかは誰かと結婚して母親になるのかもしれない。


 ――誰と?


 そう考えながら清水くんを見ると、彼も私を見てにっこりした。


「見てみたいな」


「え?」


「大人になっても、舞と……」




 ――ええーっ!?




 清水くんは言葉の途中で視線を外してフッと笑う。それからジーンズのポケットに手を突っ込んでくるりと後ろを向いた。


 ――ちょ、ちょっと、その、言いかけてやめるのはナシで!


 続きを聞きたくて仕方がないが、そんな私の気持ちなど知るはずもなく、清水くんはゆっくりと歩き始める。




 ――えっと、でも、あの、今のは、その、なんていうか……


 ――大人になっても私と、って……け、け、け、結婚!?


 ――いやいやいや、そこまで言ってない。落ち着け、私。




 清水くんの後ろを歩きながら、私の頭の中は忙しくなっていた。


 だけど、思えば清水くんがこんなにはっきりと将来のことを口にしたのは初めてだ。私との将来を考えてくれたりするのだろうか。


 胸がドキドキして苦しい。


 幸せと不安が入り混じって、胸の奥のほうに鈍い痛みが走る。清水くんと付き合うようになってから、この痛みをたびたび感じるようになっていた。


 こんな痛みが本気で私の全身を襲ったら、私はどうなってしまうのだろう。


 恋がまさかこんなに痛いものだとは思わなかった。しかも近頃の私は恋する幸せとか喜びよりも、痛みばかりを感じているような気がする。


 それは相手が清水くんだからなのか。カッコいい男子なんか好きになったらいけないのかも。


 でも今更そんなことを思っても、もう遅い。清水くん以外の人を好きになるなんて、今の私にはたぶん無理だ。


 ――やっぱり顔が好きなのかな。


 自分の気持ちもよくわからない。


 予備校に戻った私たちは午後の英語の授業を受けた。いつもは当然という顔で清水くんの隣に座るユウが、ひっそりと一番後ろの座席に腰掛けていて、なぜか私は始終居心地が悪かった。






 英語の授業が終わり、清水くんと一緒に教室を出た。今日はこの予備校の玄関で別れなくてはいけないので、二人とも自然に歩くスピードが遅くなる。


「メールするよ」


「うん」


 清水くんは明るく言ってくれたが、なぜか私のほうが暗く沈んだ気持ちになっていた。従兄の家に遊びに行くだけなのに気が重い。できれば今からでもキャンセルしたい気分だ。


 しかし、ロビーには母が澄ました顔で立っていて、逃げることはできそうにない。


 私が清水くんと一緒に出てくるのを見て、母はまた気味が悪いくらいニコニコと笑っていた。


「清水くん、よかったら今度家に遊びに来てね」


「はい。是非伺います」


 ――ひぇー!


 母と清水くんのやり取りを複雑な気分で聞きながら、清水くんと玄関で別れた。母は鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌だった。


「舞ちゃんったら、やるわね」


「何のこと?」


「清水くん。超イケメンでしょ。どうやって仲良くなったの?」


 自分の母親が「ちょー」とか言うのを聞くと、こっちが恥ずかしいのだけど、とりあえずその部分は無視した。


「たまたま隣の席になっただけ」


「ああ! やっぱり隣の席の男の子だったわけね」


 母は納得顔で頷いている。私もやっぱり母は覚えていたんだな、と思った。清水くんの隣の席になってすぐ、男性も香水をするのか、と聞いたら母は「好きな男の子ができたの?」なんて言ってきたのだ。


 ――いや、あのときはまだ好きとかそういう状態じゃないし。


 心の中でぶつぶつ言いながら、しばらく母の隣を歩いた。地下鉄の駅に到着して、階段を下りる。地下に向かっていく感じが自分の心とシンクロして、ますます暗い気分になった。


 地下鉄を降りて、少し歩くと従兄の家が見えてきた。玄関には「猛犬注意」のステッカーが貼ってある。そういえばあの家には昔から大型犬がいるのだ。


 私の家でも犬を飼っていたことがあるのだが、父が捨てられていた犬を拾ってきたとか、母が知人から子犬の引き取り手を頼まれたとかで、私は雑種の犬しか知らない。


「こんにちは、お邪魔します」


 と、開いたドアの隙間から母は元気な声で挨拶する。私も後ろから「こんにちは」と声を出した。


「いらっしゃい。上がって、上がって」


 諒一兄ちゃんの母親である伯母が、かわいらしいエプロン姿で出迎えてくれた。その足元では賢そうな顔をした大型犬が、興味津々という目で私と母を見ている。


 ええと、なんだったかな、このワンコ。


 猛犬なんて言ったら失礼なくらいよく躾けられた犬で、下手をすると私よりも身の程ををわきまえているかもしれない。


 そのワンコの後からリビングルームへ入ると、二階から誰かが階段を降りてくる音がした。足音の大きさからして、諒一兄ちゃんのようだ。


「いらっしゃい」


 ――うわぁぁぁ! やっぱりいたーーーっ!


 私は頬を引き攣らせながら「お邪魔します」と小声で返事をする。諒一兄ちゃんはにっこりと笑った。


 諒一兄ちゃんも大学生だし、大学生ともなると帰省しているとはいえ、ずっと実家にこもっているようなことはないだろう、いや、むしろお友達と遊びに行っていてほしい、という私の甘い予測と切実な願望はあっさりと裏切られた。


 ――アレだ、きっと諒一兄ちゃんはマザコンに違いない。


 ソファに腰を落ち着けた私は、伯母が目の前に置いてくれたお茶とお菓子を眺めながら密かに思う。


 伯母と私の母が近況を報告し合っているのを静かに聞いていると、私の隣にワンコがやって来た。おそるおそる近づいてきて、くんくんと匂いを嗅ぐ。じっとしていると、ワンコは急に諒一兄ちゃんの足元へと去った。


 それを目で追って、顔を上げたら、諒一兄ちゃんと目が合った。何だか気まずい。




「舞、二階に行かない?」


「えっ!?」




 諒一兄ちゃんは涼しい顔で言った。


 私は慌てて目の前のお菓子を見る。


 ――まだこの美味しそうなお菓子をいただいてませんが!


 そこに笑いを含んだ声が聞こえてきた。


「お菓子、持ってきてもいいよ」


 私は激しく頭を左右に振った。それじゃあまるで私が子どもみたいだ。恥ずかしくて下を向いていると、伯母のとりなすような柔らかい声がした。


「オバさんたちの話はつまらないでしょ? 二階の真奈美の部屋にマンガがそのままいっぱい置いてあるから、見てきたら?」


 真奈美まなみ姉ちゃんは諒一兄ちゃんの姉だ。彼女は結婚して実家にはいない。


 諒一兄ちゃんが立ち上がる。ワンコもほぼ同時に立ち上がって尻尾を振った。


「舞、行くよ」


 一瞬、諒一兄ちゃんとワンコを見比べて、それから伯母と母に視線を移す。誰もが目で私に「二階に行け」と訴えていた。


「では、ちょっと行ってきます」


 仕方なく私も立ち上がった。


 ――まずい。これは非常にまずい展開だ。


 階段を上りながら、私はそわそわしていた。これが幼い頃なら探検みたいで楽しくてわくわくしていただろうが、今の私はつまらなくても伯母と母の話を聞いていたいと思う。


 諒一兄ちゃんは真奈美姉ちゃんの部屋のドアを開けた。


「うわぁ!」


 思わず声を上げる。


 何しろ壁には隙間がないくらい本棚が並べられ、その棚には上から下までマンガ、マンガ、マンガ、更にマンガ! それも真奈美姉ちゃんの時代のマンガだから、少し古いタイトルばかりだ。


「けっこうすごいでしょ」


「すごいっていうか、ここまでくるともうマンガの図書館だね」


 諒一兄ちゃんはクスッと笑って「何か読む?」と聞いてきた。とりあえず部屋全体を眺め回して、どうしようかと考える。


「うーん、何が面白いかな」


「舞ってマンガ読むの?」


 本棚に手を伸ばして、それから諒一兄ちゃんは振り返った。まともに見つめられると、私は急に息苦しくなる。


「今はあんまり読んでない」


「そっか。マンガもいろいろあるよ。文学作品に近いものもある」


「うん。……って、諒一兄ちゃんもマンガ読むの?」


 どう見ても少女マンガの比率が高い真奈美姉ちゃんの本棚をきょろきょろと見渡して言うと、諒一兄ちゃんはさらりと言った。


「俺の部屋にもあるけど、見る?」


 ――ひぇーーーっ!


 ――失敗! 失敗でした、今の質問。もう一回やり直しさせてください。


 というわけにもいかないので、私は「アハハ」と不気味な乾いた笑いで誤魔化しつつ、適当に近くのマンガを手に取ってみた。


 すると私のそばにワンコが寄って来た。


「あの、このワンちゃん、なんて名前だっけ?」


「ミッキー」


「あ、そういえばミッキーでした」


 ミッキーは私に対する警戒心を解いたのか、しきりに私の足に鼻をくっつけたり、私の周りをぐるぐる回ったり、かまってほしい様子だ。私もおそるおそるミッキーの頭を撫でてみた。


 毛が意外と硬い。でもミッキーは気持ち良さそうに少し目を細めた。


 この愛嬌のある顔はなんていう種類だったかな、と私は首を捻る。それこそマンガで有名になった犬のはず。


「ミッキーは何犬って言うの?」


「シベリアン・ハスキーだよ」


 そうだ! 私の頭の中で電球がパッと明るくなった。とても賢い犬なんだよね。実際ミッキーは私の顔の表情をじっと観察して、何かを考えているようだ。


「ミッキー、おいで」


 諒一兄ちゃんが私に一歩近づいて、そこに腰を落ち着けた。ドキッとしたが、避けることもできず、ミッキーが尻尾を振って諒一兄ちゃんに飛び掛っていくのを茫然と見る。


 ひとしきり諒一兄ちゃんにかまってもらうとミッキーは満足したのか、彼の隣にうずくまった。頭を撫でてもらいながら気持ち良さそうに目を細くする。


「舞はどこの大学を志望してるの?」


 一人だけ突っ立っているのも変なので、私はゆっくりとその場に座った。


「一応H大だけど、今のままだとちょっと厳しいかな、というところ」


「へぇ。それで予備校通い?」


「うん。諒一兄ちゃんみたいに頭良くないから」


「彼もH大なの?」


 私はハッとして諒一兄ちゃんの顔を見る。穏やかに微笑んだままで、特別な感情は見られない。安心して私も笑った。


「まだ悩んでるみたい」


「へぇ。悩むようなタイプには見えなかったけど」


 皮肉っぽく言うので、私はヒヤッとしたけど、清水くんのためにもここは聞き流すべきだろうと思う。黙っていると諒一兄ちゃんがまた口を開いた。


「彼も文学部?」


 私は首を横に振った。


「彼は理系だよ。最初聞いたときは数学をやりたいって言ってたけど、今はなんか急に医学部も考えてるとか、よくわかんないけど迷ってるらしくて。彼のお父さんが歯医者さんだから歯学部っていうならまだ納得するんだけど、なんで医学部なのかは不明」


 相手が諒一兄ちゃんなのに、不満たらたらな言い方をしてしまう。だって清水くんの悩みが私にとっては唐突で不可解すぎるから、それを言い始めるとどうしても愚痴っぽくなってしまうのだ。


「医学部ねぇ」


 諒一兄ちゃんは寝入ってしまったミッキーを眺める。


「彼は舞より偏差値が高いんだ? ちょっと意外だったな」


「清水くんは私なんかとはレベルが違うの」


「へぇ」


 その返事はどうでもいいといった感じに聞こえた。実際、諒一兄ちゃんは興味がないという顔で本棚のマンガ本の背表紙を見ている。


 嫌な間が訪れた。


 困った私は手に持っていたマンガをパラパラとめくる。読もうと思っても、全く集中できない。ただ手持ち無沙汰にページをめくるという動作をしているだけだ。




「舞。N大を目指さない?」




 私の手がピタリと止まった。同時にパラパラという音も止む。


「N大? 無理だよ。H大だって厳しいのに」


 諒一兄ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「まだ二年生なのに、無理だと決めつけるのは早いよ。それに目標があれば頑張れるだろ?」


「目標?」


「そう。例えば……」


 不意に諒一兄ちゃんが動いた。私は驚いてその場に固まってしまう。




「い……やっ!」




 気がついたときには諒一兄ちゃんの顔が私の真正面に、前髪が触れそうなくらい接近していた。左肩を強く掴まれていて逃げることができない。


 反射的に私は身体を後ろにのけぞらせて、口に手をあてがった。


 真奈美姉ちゃんの部屋はドアが開けっ放しだ。一応、階下の母と伯母を気にして声は潜めたつもりだが、もしかしたら聞こえたかもしれない。


 諒一兄ちゃんはそのまま私を非難するような目つきをした。


「傷つくな。アイツはよくて、俺はダメなんだ?」


「だ、だって、な、何をする気?」


 この状況でこんなことを聞く私はかなり間抜けだと思ったが、とにかく時間を稼いで話を逸らさなければならない。


 それにしてはまた質問を間違えた、と思ったが、頭が真っ白で他に何も考えられなかった。


 諒一兄ちゃんの顔がフッと優しくなった。




「キス」




 私は口に手を当てたまま、小刻みに首を振る。


 今度は悲しそうな目で見つめられる。


「俺とはできない?」


「だって、私、清水くんともまだ……」


 目の前の諒一兄ちゃんの大きな目は更に大きく見開かれた。


「してない?」


「うん……」


 急に諒一兄ちゃんは私を解放してミッキーの隣に座り直した。そして腕組みをすると、ふぅと大きく息をつく。


「まいったな」


 体勢を立て直した私は、諒一兄ちゃんを見つめたまま、少しだけ首を傾げた。


「ごめん。びっくりしたよね。怖かった?」


 そう言う諒一兄ちゃんはいつもの「従兄」の顔をしていた。私はまだ直前の出来事がよく理解できなくて目をパチクリとさせる。


「怖いっていうか驚いた」


「まさかまだ……とはね」


 からかうような調子さえ感じられる声に、私の胸には杭のような太いものがドスッと突き刺さる錯覚が起きた。




 ――「まだ」ですみませんね! おでことかほっぺとかだったら、あるんですけどね!




 そんなことを言ったところでどうにもならないので、諒一兄ちゃんを軽く睨むだけにしておいた。


 でも、諒一兄ちゃんは私の顔を見ようとはせず、自嘲気味に微笑んだだけだった。


 気がつくとミッキーの寝息が部屋の中に一際大きく響いている。それを聞いていると、私まで吸い込まれそうな気がして笑いたくなったが、そういう雰囲気でもなく、必死になって笑いを噛み殺していた。


 それからしばらくして、急に諒一兄ちゃんが立ち上がった。ビクッと肩が震えたが、そんな私を諒一兄ちゃんは優しく見下ろす。




「『少し見直した』って、アイツに言っておいて」




 私は部屋を出て行く従兄の背中を黙って見送った。


 清水くんの心配が現実になったことに気がついたのは、諒一兄ちゃんが出て行ってからのことだ。私は今更だが、自分の認識が甘すぎたことを反省していた。


 ――だけど、まさか諒一兄ちゃんが私を?


 正直なところ、こんなことが起こってもまだ信じられないでいる。


 本当なら喜ぶべき場面なのかもしれない。従兄というひいき目を差し引いても、諒一兄ちゃんはカッコいいし、頭も良くて、優しくて、憧れの人だ。


 だけど、それが恋愛感情かと訊かれると、果てしなく否といわざるを得ない。


 そもそもそんな対象として考えたことがなかったのだ。従兄は従兄。それは諒一兄ちゃんも同じだと、ほんのさっきまで信じて疑わなかったのだから。




 ――ど、どうするの、私?


 ――どうしたらいいの? 助けて、清水くん!




 その晩、私は母の布団に自分の布団をこれでもかというくらい密着させて寝た。母は変な顔をしたけれども、特に気にする様子もなかったので、私は安心して身を横たえた。


 勿論、これ以上諒一兄ちゃんがおかしなことを考えるはずはないし、母と一緒なのだから絶対大丈夫なのだけど、それでもこうしなければ私の気が済まなかったのだ。


 夏期講習の終わりにこんな落とし穴があると、誰が予想できただろう。


 なかなか寝付けないので、母が眠っているのを確かめてから、そっと布団から這い出してケータイを見る。


 清水くんからメールが来ていた。今日はまた親戚が集まって宴会をしている、と書いてある。私は彼の迷惑そうな顔を思い浮かべて、心の底からホッとした。


「女好きなんて言ってごめんね」


 メールを送信すると、母が寝返りをうった。私は慌ててケータイをしまい、布団に戻る。




 ――早く会いたいよ。




 清水くん、清水くん、清水くん……。呪文のように胸の中でつぶやいた。


 これがざわざわと落ち着かない心を宥める唯一の方法のような気がした。


 皮肉なことに私は、他の人のことなど考えられないくらい、清水くんのことを好きになっていた自分に今、気がついたのだった。


〈「夏休みの魔物」END〉

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