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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
涙色の彼女
20/43

20

 翌朝、珍しく学校に早く着いた。本当に朝が苦手だったのを克服したのかもしれない。


 何となくそわそわしながら教室でマンガを読んでいると、舞がいつもと変わらない様子で登校してきた。いつもながら、空気のように存在感が薄い。


 顔を上げてできる限り自然な態度を心がけて挨拶をすると、舞は仕方ないというように俺を見た。


「おはようございます。もう元気です」


 元気だという割に、舞の返事はか細い声だった。本当に大丈夫なのか?


 しかし会話のきっかけがあるというのはいいことだ。俺は調子に乗って更に話しかける。


「滅多に休まないのにどうしたのかなって心配だった」


 途端に舞が俺をじろっと見た。


 ――え? 俺、なんか変なこと言った?


 一瞬不安になるが、別に変なことは言っていない……ハズだ。


 なのに、なぜか舞の顔が急にぼーっと赤くなる。


「ちょっと、大丈夫? まだ熱あるんじゃない?」


 舞は大丈夫だと言うが、明らかに顔が上気し、何やら辛そうだ。


 ――いや、これ、熱あるでしょ。


 俺は心配になって舞の額に手を伸ばした。




「…………!!」




「ごめん」


 俺は慌てて手を戻す。舞の顔が不自然に歪んで、また泣かせてしまったのかと焦る。


 とても悲しそうな表情だったが、舞は泣いているわけではなかった。どちらかというと困惑……いや、迷惑しているような様子だ。


 というのも、その後あからさまに俺を避けるように隣の席に腰を下ろして、これでもか、というくらい背を向けて窓の外を見ている。


 俺は正面の黒板を向いて座り直し、しばし考える。


 ――触った感じ、熱があるわけではなさそうだ。


 ――……ってことは何? 俺、避けられてる?


 ――でも、どうして急に顔が真っ赤になったんだろう?




 ――もしかして、俺のことを好きになっちゃった、とか。




 人間の脳は常に何ごとも自分に都合よく解釈しようとする傾向にあるようだ。


 自分自身の思い上がりを戒めつつ、それでも俺は訳もなくほぼ確信していた。


 いろいろなものを差し引きしても、たぶんあの態度は俺のことを特別に意識しているに違いない。絶対そうだ。


 そう思うと自然に頬が緩む。




 ――……ヤバい。俺の顔まで赤くなりそうなんだけど!




 心がふわふわと浮上して、見るもの全てが明るい春の色に染まったようだ。本当に人間の脳はおめでたい。


 恋なんてどうやってするのか忘れたと思っていたが、そうじゃない。


「恋はしようと思ってできるものじゃない」


 先日舞に言った自分の言葉を思い出して、本当に恋というヤツは不思議なものだ、と軽く幸せなため息をついた。






 そして、それからの俺の行動は今考えても凄まじく一直線だったと思う。


 舞の苦手な数学を教えてあげるという計画は俺の思惑通りとんとん拍子に進み、かなり強引だったが土曜日に約束を取り付けた。


 一つ問題があるとすれば、舞がケータイを持っていないので直に連絡を取る方法がないということだが、ケータイを持っていないと恥ずかしそうに言う舞がかわいくて、とりあえずそんなことはどうでもいいと思ってしまった。


 ダテに場数を踏んできたわけじゃないので、俺はそれくらいのことで動じたりはしない。


 良くも悪くも経験は自信になるものだと実感する。あまり自慢できる経験ではないということが少しばかり胸が痛む原因だと思うが、全く経験がないよりはマシだろう。


 ――いや、どうなんだろう……。


 女子の考えることはわからない。


 俺はしゃがんで下駄箱に背中を預け、ぼんやりと考えていた。


 あまり期待しないほうがいいと自分自身を宥めてみるが、既に胸は期待でパンパンに膨らんでいて、その程度ではしぼみそうにない。




 ――だけど、もしふられたら……。




 一応、最悪のことも考えておかなくてはと思うが、思っただけで黙って腰を下ろしていられないほどにズキズキと心臓が痛くなった。


 ――ヤメ、ヤメ。悪いことは考えない。


 それにしても舞はいつまで掃除をやっている気だろうか。遅すぎる。


 そう思っているところにひたひたと静かな足音が聞こえた。


 ――来た、来た。


 顔がニヤけそうになるのを何とかこらえて、俺はしゃがんだままじっとしていた。


 上靴を脱いで靴箱にしまう音に続いて外靴を下に置く丁寧な音が聞こえた。


 横目で見ると少し屈んだ舞が靴に足を入れている。


 ギリギリ見えそうで見えない。


 誤解されると困るが、俺は別にスカートの中が見たくてしゃがんでいたわけではなくて、たまたま横目で見たら惜しい角度だったというだけの話だ。


 そんな言い訳がましいことを考えている俺には全く気がつかずに、舞は玄関のドアを開けようとした。


 俺はしゃがんだまま不躾に声を掛けた。


「ねぇ」


「ひぃ!?」


 なるべく気配を消しているつもりだったが、そんなに驚いてもらうとつい嬉しくなる。


「『ひぃ』って何?」


「人がいると思わなかったんで」


 ホントあっさりしてるな、と立ち上がりながら少しガッカリしてしまう。


 約束して、待ち合わせの場所も決めていなかったら、普通、俺を探さないか?


「俺、自転車取ってくるから先歩いてて」


 本当は舞を軽く問い詰めたいところだが、その時間がもったいないので急いで自転車を取りに向かった。


 ――あの言葉と態度は絶対素直じゃないな。


 自転車を走らせながら思う。


 ――……っていうか、舞が見えませんが!


 先に歩いてろ、と言ったのは確かに俺だが、どれだけ先まで歩いているんだ?


 力を込めてペダルを漕いでいると、やっと舞の背中が見えてきた。


 そのむきになって早足で歩く後ろ姿は何だか勇ましく、俺は思わず笑ってしまった。


 しばらくすると信号で立ち止まる。ようやくホッと肩の力を抜いたように見えた。


 ――ああ……。


 ふと舞の気持ちが垣間見えた気がして、胸の奥がぎゅっと鷲掴みされたような感覚に襲われた。


「ずいぶん歩くの早いね」


 背後から声を掛けると、舞は肩をビクッとさせて振り返り、まだ苦しそうな呼吸の間に「まぁ」と答えた。


 本当は途中走ったくせに、と思いながら笑いを懸命にこらえる。


 ――それって恥ずかしいから? 変な気を回して?


 相変わらずポーカーフェイスの舞だが、舞は舞いなりにいろいろ考えてるんだろうなと思うとますます愛しさがこみ上げてきた。


「そんなに早く図書館に行きたい?」


 でも、ついからかいたくなるんだよね。


「は!?」


 だって、楽しいから。  


「じゃ、後ろに乗って」


「だ、だめ! 二人乗りは違反だもん」


 ――確かに……。


 いやいや、俺がそれで納得して引き下がるわけがない。クスッと笑いながら挑発する。


「本当は後ろに乗るのが怖いんでしょ?」


「違います!」


 舞は怒ったような口調でむきになって言い返してきた。 


「じゃあ、どうぞ」


「それでは失礼しますっ」


 本当に素直じゃない。でもそこが面白くて好きなんだけど、ね。


 舞の手から鞄を奪い取って前のカゴに突っ込むと、彼女はおそるおそる自転車の後ろに横座りした。


「ちゃんとつかまっててね」


 後ろで一瞬舞が動揺する気配がする。


 笑い出したくなるのを前を向いて一生懸命こらえていると、舞はキョロキョロした後でなぜか荷台をガシッと掴んだ。


 ――そこじゃないだろ!? 


 振り返って低い声で親切に助言しておく。


「落ちても知らないから」


 そして重くなった自転車を漕ぎ始める。


 勿論、わざと危険な運転をして俺に掴まらせようとすることは忘れない。


 カーブで振り落とされそうになった舞は慌てて俺のシャツを掴んだ。


 ――まぁ、今日はそれで許すけど。


 背中に舞の緊張した指がシャツ越しに触れる感覚をくすぐったく思いながら、図書館までの道のりを急ぐ。


 後ろに人がいるというのは不思議な感覚だ。これが親友の田中だったら、俺はまた別の感覚になるのだろう。


 後ろにいるのが舞だというだけで、胸がドキドキして幸せな気分になれる。


 頭の中は人を好きになる喜びでいっぱいのまま、俺の思惑通りの図書館デートが始まった。






 学校でもいつも隣に座っているが、こうして机のスペースがない隣の席というのはまた違った緊張感があっていい。


 問題を考えている間、舞はうつむいたり、意味なく眉間に皺を寄せたり、思ったより目まぐるしく表情を変えるので見ていると暇しない。


 眼鏡の間から見える切れ長の目が、恐ろしく綺麗だった。睫毛も長くてそれが上向きにカールしている。


 たぶん睫毛が長いせいでフレームの形を選ぶのだろう。今でも睫毛がレンズにぶつかりそうだ。


 それにしてももう少しマシなデザインのフレームだってあるだろうに、とお節介にも思う。


 だが、これはこれで舞らしいとも思う。自分をかわいく見せようとか、男子にアピールしようとか、そんな気は全くないのだろう。


 ――でも小学生のときはそこまででもなかった気がするな……。


 いくら記憶力に自信のある俺とはいえ、小学生の頃のことはかなりおぼろげにしか覚えていない。


 それでも今ここにいる舞と幼い頃の舞が同一人物だと信じるには、違和感がありすぎる。




 ――どうしてだろう?




 思い切って聞いてみたい気持ちもあるのだが、それはなぜか強く躊躇われた。


 それにまず、俺自身が舞のことをほとんど何も知らないのだ。


 ――物事は順番に進めていかないとな。


 キリのいいところで勉強は切り上げて、昼食に誘った。勉強はいわば前菜だから、早くメインディッシュに行かないと舞にも悪いからね。


 向かい合って座るのは先週の定食屋以来だな、と思いながらラーメンを待つ。


「人に勉強を教えるなんて、高橋さんで二人目だよ」


 舞の表情をチラリと窺う。思ったとおり、微妙に硬直した。


「意外と少ないね」


 ――そう来たか……。


 どういう変化球が飛んでくるのかと構えて待つのが、俺にとってはなかなか楽しい時間になっていた。


「高橋さんはやっぱりもともと出来がいいよね。きっと苦手意識が強すぎるんだよ。数学的思考はちゃんと出来てるのにな。それに比べてアイツは……」


 勿論、俺も真っ直ぐ投げ返さない。


 ここで言葉を一旦切ると、眼鏡の奥の大きな目がますます大きく開かれた。 


 ――気になる?


 わざと舞から視線を外して早口で続ける。


「酷いんだよね。考え方が性格と同じでひねくれててさ。教えたくないけど仕方ないよね、妹じゃ……」


「妹……サン?」


「あ、そうそう。俺、妹もいるんだ」


 そう言うと、舞は心底安心したように大きく息を吐いた。


 こういうときの舞は無防備で、本当にかわいい。


 正直に言えば俺はそんなに親切な人間じゃない。他人に勉強を教えるなんて面倒なことは極力したくない。


 だから、舞は本当に特別なんだ。……このありがた味を舞が正確に理解してるとは思えないのが悲しいところだけど。


 すぐに取り繕った舞を見て、俺は腹を決めた。




「あんまりからかって嫌われたくないからな」




 うつむき加減だった舞はパッと顔を上げる。


 その表情を確認してから、俺は自分の記憶の映像を脳内で再生した。 




「前にものすごく泣き顔がきれいな女の子を見たことがあって、ずっと忘れられないんだ」




 舞は何かを問うように眉をひそめて見せた。


「いろんな女の子と付き合ったりしたけど、俺、泣かれると冷めちゃってダメなんだよね。でも、その人の涙は特別だったな。全然知らない他人のために泣いててさ。……まだわかんない?」


「全然」


 ――だよな。


「高橋さん、中学生のとき、お姉さんのピアノの発表会を見に来たでしょ?」


 俺はそのときの様子を舞に話して聞かせた。俺の目をじっと見つめる舞の目が徐々に見開かれる。


 どうしてあんなたった一瞬の出来事が今でも忘れられないのだろう。


 ただそれが知りたかったんだと思う。 


 俺は思い切って向かい側に座る舞の眼鏡を取り上げた。


「ちょっ……と!」


「その人が涙を拭くのに眼鏡を取ったんだ」


 俺の言葉で舞は金縛りにあったように動きを止め、ただその大きな目を何度かぱちくりとさせた。


「どう? 思い出した?」


 信じられない、というように舞は無言で俺を穴が開くほど見つめてくる。




 ――うわーっ! 目が落っこちる!




 俺は珍しく緊張していた。そのせいか、脳内はわざと緊張感のないことを考えようと躍起になっている。




「それが俺の『気になる人』だったりするんだけど」




 今度は舞がきちんと聞いてることを確認しながら、俺は一気に言った。


「でもさ、この前も高橋さんに言ったよね?」


「何を?」


 ――何を、じゃないだろ!?


 少しばかり憤慨しながら俺はもう一度繰り返す。


「高橋さんのこと気になるんだ、って」


 舞は右上の宙を睨みながら思い返しているようだが、怪訝な表情は変わらない。


「あーやっぱり! 俺、結構勇気出して言ったのにな。聞き流されたような気がしてたけど、その後どうも様子が変だし、もしかしたら……」


「ちょ、ちょっと待って!」


 ――ん?


 慌てた様子の舞は俺のほうへ右の手のひらを差し出してきた。


「眼鏡返して」


 ――そんなにかわいい顔を見せられて、簡単に返すと思う?


 それに俺は今、相当意地悪な顔をしてるだろうと思うので、余計に返したくないのだ。


「教えてくれたら返してあげる」


 舞の表情が不安で青ざめた。


 それじゃあ、まずは優しい問題から……




「俺のこと、そんなに嫌い?」


「ち、違う!」




 即答だった。出来の良い生徒の解答に俺は非常に満足する。


 次はもうちょっと難しい問題だけど……




「じゃあ……」




 と、言いかけたところに


「はい、お待たせ。野菜ラーメン!」


 注文していたことをすっかり忘れていたラーメンが湯気を立てて目の前に現れた。


「あ、そちらです」


 ――なんつー、ナイスなタイミング……


 ラーメンを運んできたオバさんに愛想良く答えながら、実は俺たちの話を聞いていて「今だ!」とばかりに割り込んできたのではないかと心の中で軽く疑った。


 さすがにラーメンを前に愛を語るのはないな、と思うのでしばらくは食べることに専念する。


 それにのびたラーメンほどまずいものもない。


 しかし舞の野菜ラーメンのこんもりと盛られた野菜の迫力にはかなり驚いた。俺からするとヘルシーなラーメンなんて邪道だけど。


 今度はちゃんとしたラーメン店に連れて行こうと思いながら舞を盗み見ると、案外普通にズルズルと音を立てて啜っていたので微笑ましく思った。






 ラーメンを食べ終わると、そそくさと勉強していたテーブルへ戻ってきた。


 せっかくの二人きりの時間なのだから、なるべく周囲に人がいないところでゆっくりと話したい。


 それじゃあ早速さっきの続きを、と思ったときだった。


「眼鏡返して」


 思い掛けないことに舞のほうから話しかけてきた。ものすごく嬉しい。


「まださっきの続きを聞いてないからダメ」


 焦点が合わず、ぼんやりと俺を見る目が少し怯えている。めちゃくちゃかわいい。


 もっと焦らしていじめたくなるのは俺だけじゃないはず。




「俺のこと、嫌いじゃないんだよね?」




 困ったような顔をして俺の視線から逃げようと横を向いた舞は、ぎゅっと目を閉じてそれから頷いた。




「じゃあ、……好き?」




 俺は舞がこちらを向いていないことをいいことに、遠慮なく舞の顔を見つめる。


 やがて観念したように舞はゆっくりともう一度頷いた。




 ――よっしゃーっ!




 テーブルの下で小さくガッツポーズを作ってグッと手を引く。


 願いが叶ったので眼鏡を返した。それを大慌てで掛ける姿を見ると、少しかわいそうなことをしたかな、と後悔が胸をよぎる。


「眼鏡取ったほうがかわいいけど」


 そう言うと、舞はいつものように眼鏡の奥から冷ややかな視線を投げつけてきた。


「無理しなくていいよ。そんなお世辞」


 ――本気で言ってるんだけどな。


 俺はお世辞を言って他人の機嫌を取るような面倒なことはしない。


 舞の悪いところは卑屈になって自分を過小評価するところだ。


「高橋さん、知らないの? 自分の顔」


「嫌っていうくらい知ってるつもりだけど」


「すごくかわいいよ」


「からかわないでよ」


「本当だって。目がきれいでかわいい」


「清水くんにそんなこと言われても嬉しくない」


 会話の調子がいい感じに上がってきて、もっと喋らせたい、と思った矢先にこの一言が舞の口からこぼれた。


「なんで?」


 嫌な言われ方だった。俺は無意識に身構えていた。


「誰にでもそういうこと言うんでしょ?」




 ――誰にでも……  




「……やっぱり、高橋さんも俺のこと、そういうふうに見てたんだね」




 男というのは都合の良い生き物で、自分の好きな人をどこまでも神聖視したがる傾向がある。


 世俗から離れた世界で生きているかのように思っていたが、舞だって俺の噂の一つや二つは当然耳にしているだろう。


 舞が悪いわけじゃない。それは理解しているつもりだった。




 ……それでも、俺はどこかで舞だけは違うと信じていた。




「だって、清水くんみたいな人からかわいいと言われるような容姿じゃないってことくらい、自分でもよくわかってるから……」


 ――俺みたいな人って、どんな人?


 どうして舞がそこまで卑屈になるのか、よくわからない。どうすれば俺の言うことに素直に耳を傾けてくれるんだろう。


 舞と俺の間にある訳のわからない垣根のようなものがもどかしいので、この際強硬手段に出ることにした。


 苛立ちながら、まずは軽く揺さぶる。


「俺が思ってもいないことを言うと思ってる?」


「そんなことは……ないけど」


 手応えを感じながら、今度はもっと強く揺さぶった。


「じゃあ、俺の言うこと、信じる?」


 舞はおどおどしながらも俺の目を真っ直ぐに見る。その目を見るとふと優しい気持ちになった。




「高橋さんのことが好きなんだ」




 見つめたまま、心を込めて俺の気持ちを伝えた。


 その瞬間、隣でカチンと凍りついた音がした気がする。


「……ウソ?」




 ――はぁ!?




「あーもう! やっぱり信じてない」


 俺は大げさに椅子にぐったりとのけぞった。 


 舞を見るとまさに鳩が豆鉄砲を食ったように意識を遠くに飛ばしている。


 だが、垣根の一部を破壊することはできたような気がした。


 本当はもっと華麗に飛び越えて行きたかったが、今の俺と舞では着地に失敗して俺が無様な姿になりかねない。


「まぁいいや。これからゆっくりじっくり俺のこと知ってもらうから」


 伝えたいことを無事に言い終えたので、俺はやけにすっきりとして良い気分だった。


 まだ夢の中にいるような舞の顔を見て、いいことを思いついた。


「あ、そうだ。これから高橋さんのことは舞って呼ぶから」


「え?」


 ――ていうか、もうずっと前から勝手に舞って呼んでたんだけどね。


 内心でほくそ笑みながら、俺は絶好調のまま更に続ける。


「でもさ、舞っていい名前だよね。俺、大好き」


「は?」


 舞は怪訝な顔で問い返してきたが、どう思われようと気にならない。


「だって『舞』って呼ぶたび、『俺の』って意味でしょ?」




 ――ヤバっ……ハズした?




 舞の白い目を見てさすがに一瞬ヒヤッとしたが、特に嫌ともダメとも言わないのだからOKだろうと俺はまた勝手に解釈した。


 そう、男っていうのは何でも自分に都合よく解釈したがるものなんだ。


 好きな人のことは特に、ね。






 さて、ともかく心を確かめ合うところまでは進んで一安心……なのだが、問題はその次だ。


 学校にはメアリーを筆頭に強敵が潜んでいる。


 ここから先が二人にとっての試練といっても過言ではないだろう。




 だけど隣で恥ずかしそうに俺を見る舞の様子があまりにもかわいいので、そういうつまらないことを考えるのはやめた。


 二人きりの時間くらい、穏やかな甘いときを過ごしていたいから――。






〈「涙色の彼女」END〉


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