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HAPPY CLOVER  作者: 北館由麻
涙色の彼女
15/43

15

 翌日も舞は朝からそっけない態度で、俺はさすがに傷ついていた。


 勿論俺は昨日と全く同じように舞の板書を取る手が止まるたびに、見えないところを読み上げている。だが、どうも舞の態度がおかしい。


 俺が舞のほうへ身を寄せようとする気配だけで、彼女はピクリと反応しすぐさま退ける。その反応の速さと来たら俺の心を読んでいるかのような俊敏さだ。意外と反射神経いいんだな、と感心するほどに、ね。


 普段は彼女の周りだけまるで別世界のような空気だというのに、今はその空気は全く感じられない。むしろ俺をよけるためにピリピリとした空気を漂わせていた。


 ずっと舞は俺に対して無関心なのだと思い込んでいたが、もしかするとそれは勘違いだったのかもしれない。


 ならば、考えられる可能性は二つ。




 ――俺のことが好きか……嫌いか……。




 俺は思わず頭を抱えた。


 たぶん、いや、間違いなく後者だ。どう考えてもこれは好意的な態度には見えない。


 だけど他のクラスメイトのように存在すらも認識されていないよりはマシかもしれない。少なくとも俺のことは意識しているわけだし。




 ――だとしても傷つくって……。




 まさかいきなりこんなふうに嫌われるとは思わなかったので、正直なところムカついた。


 俺、何か嫌がられるようなことした? むしろ黒板の字を読んであげたり、めちゃくちゃ親切にしてると思うけど。


 チラッと横目で見ると舞はノートを取るのに夢中になっていた。




 ――本当に俺のことが嫌い? でも、どうして?




 それは、ほんのちょっとした悪戯心だったんだ。


 俺は彼女の肩先に顔を近づけた。


 次の瞬間、彼女が視界から消える。




 ガッターン!!




 ――……え?




 俺は床に尻餅をついた舞と目が合った瞬間、つい噴き出してしまった。


 笑ってはいけないが、その無様な姿が意外すぎて笑いが止まらない。だって普通椅子から落ちるか?


 でも舞の顔が一瞬歪んだのを見て我に返った。すぐに笑いを引っ込めるのは難しかったけれど、あんなに勢いよく椅子から落ちたら相当痛いはずだ。


 それに避ける舞が悪いとはいえ、俺が悪戯したせいでこんな事件に発展してしまったのだ。


「ごめん、立てる?」


 俺は手を差し出したが無言で拒否された。そして俺を見ないようにして立ち上がって座る。


「高橋、どうした?」


 先生が近づいてきたので俺は慌てて言い訳した。


「先生、すみません。僕がからかったせいです。高橋さん、ごめんね」


 俺がそう言うと先生は納得したのか、すぐに教壇へ戻った。こういうとき、優等生の看板はとても有効だ。先生からすれば真面目で努力家でおとなしい舞は非の打ちどころがない生徒だしね。


 舞を見ると無表情だが、むしろ眼鏡の奥の目は据わっているようだ。


 これは……さすがにヤバい。


「……怒った?」


「…………」


 ――あー、これはかなり怒ってますね。こういう人が怒ると本当に怖いよね。


 そう思いながらも、俺の軽い口から軽い言葉がつい滑り出る。無視されててもフォローしなきゃダメでしょ、一応。


「ごめん。本当は忠告しようと思ったんだ、『落ちるよ』って」


 舞は俺をキッと睨んでまた視線を背けた。


 さすがに胸がズキッと痛んだが、それと同時に彼女が感情を表してくれたことが嬉しかった。このチャンスを逃す手はないって思わない?


「だって高橋さんが俺のこと避けるから」


 舞の表情の変化を見逃すまいと俺は彼女を見つめ続けた。彼女は俺が視界に入るのを頑なに拒んでいる。


「ちょっと傷ついたな。そんなに俺のこと嫌いなわけ?」


「嫌いです」


 舞は間髪入れずきっぱりと答えた。


「即答かよ」


 ため息が漏れる。ここまではっきり言われると俺の心もさすがにヘコむというものだ。いきなり嫌いじゃどうしようもない。


 ――やっぱりさっきのは、やりすぎだったな。


 俺は珍しく出来心からしてしまった悪戯を激しく後悔していた。




「あの……」




 ――え?


 舞がおどおどと口を開く。なぜか俺を気遣うような視線を送ってきた。


「それ、香水?」


「あ、これ、嫌いかな? クサい?」


 そういえば父親にも匂うって注意されたな。最近少しつけ過ぎてるのかも。


 舞は戸惑ったような表情をした。




 ――ん?




「えっと、そうじゃなくて……、嫌いじゃなくて、むしろ……」




 ――もしかして……照れてる?




「そう。それならよかった」


 思わず笑みがこぼれる。それが嫌味な顔にならないよう気を遣った。




 ――なんだ、そうか。……そうなんだ。




 俺は納得した。そして心の奥底から安堵した。


「ごめん、痛かったよね」


「別に、もういいです」


 ――優しいね、舞ちゃん。


 そう強がって言う舞がどうしようもなくかわいいと思ってしまった。さっきはもう二度と悪戯するのはやめようと思ったが、やっぱり、と考え直す。


「そんなに近寄らなくても見えるでしょ」


「うん、気がついてた?」


「私に近寄っても何もいいことありませんよ。いい匂いがするわけでもないし」


 舞は自嘲的な笑みを浮かべている。自分を過小評価しすぎだが、それも仕方ないか、と分厚いレンズの奥を覗き込んだ。


「わかってないね、高橋さんは」




 ――本当にわかってない。……何も、ね。




「でもそういうところが……」


 ――舞のいいところだよね。……今はこれ以上は言わないけど。


 だっていきなりそんなこと言って、また避けられても嫌だからさ。まぁ、俺は結構気が長いほうだからのんびりやらせてもらうとするか。


 というわけで、じっくりともう逃げ場のないところまで追い詰めたら、嫌と言うほどわかってもらうので、そのときを楽しみに待っててよね。舞ちゃん!




 ――……って、俺、やっぱりタチ悪い?

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