ことばの地図
プロローグ
言葉というものは、不思議だと思う。
毎日使っているのに、自分の言葉は意識しない。水中の魚が水を意識しないように。
でもある日、誰かに言われる。
「あなたの言葉、変だよ」と。
そのとき初めて、自分がずっと何かを背負って歩いてきたのだと気づく。それは、遠くから運ばれた、目に見えない荷物のようなものだった。
私の名前は黒田和美。これは、私とことばの話だ。
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一. 訛りとの出会い
「黒田さんって、訛っとうよね」
中学一年生の春、教室に差し込む四月の陽光がまだどこかよそよそしいあの季節に、その言葉は唐突にやってきた。
声の主は隣の席の男子、田村という名前の少年。色白で前髪が少し目にかかる、それくらいしか特徴はない。
「え……」
私は反応できなかった。突然話しかけられたことと、その内容で言葉が詰まったのだ。
「ほら、次の発表、黒田さん」
教科書を開いて朗読する。周囲の視線が集中するのを感じたが、その意味はわからなかった。顔が熱くなり、今すぐ逃げ出したかった。
席に戻ると、田村はまた言った。
「やっぱり訛っとう」
言い返したい気持ちはあった。でも、声が出なかった。
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私は小学一年生の夏、父の転勤で関西から九州に越してきた。幼い私はそれを冒険のようにも、世界の終わりのようにも感じた。
六年経ち、小学校で友達もでき、方言にも慣れた。もうすっかり『こちら』に馴染んだと思っていたのに。
時々、先生やクラスメイトの言葉がわからないこともあった。そのときは、真美に聞いた。
小学三年生からの親友で、くるくる巻き毛の快活な女の子。九州の言葉を自然に話す。
「シャアシイってどういう意味?」
「ああ、『うるさい』くらいかな」
「うち、訛っとるんかな?」
「そんなことないよ」
真美はいつもそう言ってくれた。そのやさしさが嬉しく、少しだけ悲しかった。気にしないでくれるということは、聞こえているのかもしれない。
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二.ピアノ
中学二年生の秋、放課後に二人で小さな喫茶店に入った。橙色の光が差し込み、銀杏の葉がひらひらと落ちている。
「うち、小さい頃ピアノ習っとったんよ」
真美が目を輝かせて言った。
「もう一回言って」
「……え?」
「ピアノ」
確かに、私の発音は『ピ』にアクセントがあり、真美の発音は平坦だった。
「和美のは少し訛っとる。でも気にせんで良かよ。これまで生きてきた証みたいなもんやん」
そうだろうか。
でも私は『皆と同じ』でいたかった。こちらに馴染みたかった。六年経っても、まだ「よそ者」だと感じる何かがあった。
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三.にほんじん
社会人二年目、総務課に配属された私は、後輩の根本さんと給湯室で世間話をしていた。
「黒田さん、ウケる!」
「え、何が?」
「日本人の言い方! おかしすぎる!」
根本さんの笑い声を聞きながら、私は「にほんじん」と言い直す。でも、やはり「に」が少し上がってしまう。
幼い頃に覚えた発音は、簡単には抜けない。
その夜、一人で残業しながら窓の外を見る。白い息を吐きながら、つぶやく。
「にほんじん」
直らない。でも、もしかしたらそれでいいのかもしれない。
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四.ことばの地図
帰省した冬、久しぶりに真美に会った。結婚して遠くに住む彼女と駅前のファミレスで話す。
「覚えてる? 喫茶店でピアノの発音がおかしいって言われた話」
「覚えとうよ。和美、真剣な顔しとったけん」
「今でも直らんとよ」
「『にほんじん』?」
「そう」
「関西の人はね、そこにアクセント来るっちゃんね」
真美はそっと言った。
「笑われたこともあるやろうけど、珍しかっただけやし、悪くないよ。和美のは生きてきた証みたいなもんやん」
ファミレスを出て、冬の空気を吸いながら歩く。駅へ向かう道で小さく声に出す。
「ピアノ」
「にほんじん」
直らない。でも、それでいい。
これが私のことばの地図だから。
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エピローグ
何年か経って、私は地図を見るのが好きになった。日本地図に刻まれた方言の境界線をたどると、言葉が人の歩んできた道を映すことに気づく。
私の「ピアノ」の発音には関西の地図がある。「にほんじん」の「に」のアクセントには、大阪で吸い込んだ空気がある。九州の言葉も、真美の声も、すべて私の一部だ。
言葉は地図。どこから来て、どこを通り、誰と話し、誰に受け入れられたか──すべてが声となる。
「ピアノ」
「にほんじん」
今日も「ピ」が上がる。
でも、それでいい。
今日も誰かと話しながら、私は自分の地図を少しずつ広げている。
──完──




