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第16話 給仕服姿の少女


「……なんで、私が」


 商業組合で出会ったばかりの、給仕服姿の少女――ラビの弱々しい呟きは、容赦なく響く怒号にかき消された。


「ちょっと、なんでラビが文句を言ってるのよ! 文句を言いたいのはこっちの方なんだけど!」リーチェが声を荒げる。苛立ちを隠そうともせず、乱暴に地を踏み鳴らす。


その隣で、ロキエルは溜息を飲み込み、ただ前を見据える。二人を厄介事に引きずり込んだ自覚は、痛いほどにあった。

「……でも、やっぱりおかしいですよ。お菓子の材料が、こんな魔物の出そうな森の奥にあるなんて」ラビが不安げに周囲を伺い、おずおずと言葉を返す。


 しかし、リーチェはそれを鼻で笑い飛ばした。

「え? じゃあラビは知ってるっていうの? これまでに見たことも聞いたこともない『究極のお菓子の材料』が、どこにあるかって。知ってるならぜひ教えてもらいたいもんだわ! あ、それと、言っておくけど。ここは『魔物が出そうな森』じゃなくて、『魔物がウジャウジャ湧いて出る森』だから」一気にまくしたてると、リーチェは毒気を抜かれたように、がっくりと項垂れた。


「はぁ……もう、マリちゃんを焚きつけると、本当に、碌なことにならないわね……」先ほどまでの威勢はどこへやら。『やってられない』と、肩を落として歩き出した。


「マリさん、理不尽じゃないですか。こんなこと押し付けるなんて」

ラビがこぼすと、ロキエルが静かに応じた。

「まぁ、マリの理不尽は今に始まったことじゃないわ。でも、見返りは大きいのよ」

「見返り、ですか?」

「ええ、あの子が納得する食材を持ち帰れば分かるわ」

 

「ええ、それはもう……とびきりの」リーチェが、ため息混じりの笑みを浮かべて付け加える。


「とびきりの、見返り……」ラビは二人の言葉を噛みしめるように呟き、首を傾げた。脳裏には、商業組合で出会った可憐な少女――自分とさして変わらぬ年格好ながら、どこか底知れない存在感を放っていた『マリ』の顔が浮かぶ。


「……具体的に、何がもらえるんですか? お金とか?」

 恐る恐る尋ねるラビに、リーチェが足を止め、意地悪く口角を上げた。

「お金? そんなの、あの子にとってはただの石ころよ。そんなものよりずっと価値がある……文字通り喉から手が出るほど欲しくなる『特権』が手に入るわ。あ、もしお金が欲しいなら、ウィル……じゃなくて『殿下』から、たんまり搾り取れるわよ」


「そうね。それについては、私も保証してあげるわ」 ロキエルが深く頷いた。その真剣な表情が、かえってラビの不安を煽る。


「……ひいやぁっ!?」突如としてラビが上げた悲鳴が、沈んでいた空気を切り裂いた。


「今度は何よ。虫でも飛んできたの?」リーチェが心底わずらわしそうに視線を向ける。しかし、ラビは震える指先で前方の茂みを指さした。

「な、なんか、います……! こっち見てる!」ラビの言葉が終わるのを待たずに、茂みが大きく波打った。暗がりの奥で、二つの濁った瞳が光る――狼だ。


「――チッ、めんどくさい!」狼が動くよりも早く、リーチェが跳躍した。鋭く踏み込み、流れるような所作で、腰に佩いた短弓を引き抜くと、狼の鼻先へと叩きつける。


「ガウッ!」不意を突かれた狼は、反撃の牙を剥く余裕もなく、情けない鳴き声を上げて藪の奥へと逃げ去って行った。


「あんな雑魚に、いちいち構ってられないのよ。『きゃあきゃあ』言ってないで、さっさと追っ払いなさいよ」リーチェが毒づく。


「まったく。組合長からは『この子の安全には万全の配慮を』って言われてるけど……。貴女を危険に晒すような相手には、そうそう出会えるはずがないわ」何度も悲鳴を上げるラビに、ロキエルも呆れた様子で同調した。


 当のラビは組合長の言葉が嬉しいのか、照れくさそうに身をよじらせている。その様子を見て、リーチェが面白がって付け加えた。

「こうも言ってたわよ。『この子にかすり傷一つでも付けてごらんなさい。今後、商業組合として一切の取引を停止させていただきます』って。……それはもう、すごい形相でね」


「……あ、組合長。そんなことまで」照れ隠しに熱くなる頬を両手で覆ったが、耳の先まで真っ赤に染まってゆく。取引停止という過激な言葉は、自分がいかに大切にされているかの証左であり、彼女にとっては恐怖よりも喜びが勝っているようだった。


「いいから、さっさと歩きなさい。ラビがモジモジしてる間に、また別の雑魚が寄ってくるわよ」リーチェが突き放すように言い、再び歩き出す。その後ろ姿を、ラビは「あ、待ってくださいよぉ!」と慌てて小走りで追った。その足取りは先ほどよりも、ずっと確かなものへと変わっていた。


 一方、ロキエルは過保護すぎる組合長の言葉を思い起こし、密かにため息をつく。

(……かすり傷一つで取引拒絶、か)だが、組合長が自分だけに漏らした言葉は、それとは正反対の響きを持っていた。『私があの子を縛り付けてしまっているのではないか。広い世界を見て、あの子の可能性を広げてあげたい。貴女にその介添をしていただければ不安はないのです』


(あんな殊勝なことを言っておいて。実際は、極端なことはしないだろうけど……。さっきの狼の一撃がもしラビに届いていたら、逆鱗に触れるのは間違いなかったわね)それは決して笑い事では済まない。背負わされた責任の重さに背筋を寒くしながら、ロキエルもまた、静まり返った森の奥へと歩を進めていった。

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