第14話 職工技術展
「俺一人で来るつもりだったのだが……」
苦笑を漏らしつつも、ウィルヘルムの口調にはどこか誇らしげな響きがあった。
「改めて、今日こうして大勢で押しかけた理由を話そう、『緋龍の骨』の加工をお願いしたくてな」
その言葉に、組合長の背筋がわずかに伸びた。
「……左様で。どのようなものを作成されるおつもりで?」
「この子への、ご褒美だ。俺は包丁にしようか、女の子らしい装身具にしようかと迷っていたんだが……」
ウィルヘルムが、それまでの威厳をどこかへ置き忘れたような顔で視線を向けた先、隣に座るロキエルが、膝の上で丸まっていたマリの頭を愛おしそうに撫でていた。
「本当は完成するまで内緒にして、驚かせるつもりだったのに、昨晩、酒の席の勢いで皆が『アレが良い、コレが良い』と騒ぎ立てたせいで、マリに筒抜けになってしまってな」ウィルヘルムは困ったように、けれど楽しそうに肩をすくめた。
「それで俺は、マリの職場環境を整える『投資』として、公金で包丁を新調することに決めた。皆も、俺の『異論は認めん』という言葉には一応納得したようだが……直後に『個別に贈るものに文句を言われる筋合いはない』と全員が言い出してな。俺の言う事なんざ聞きやしねぇ。それで、具体的に何が作れるか相談に来たわけだ」
「あぁ、それなら丁度よいですわ。『緋龍の骨』の活用法について調べていたので、資料がございます。ぜひご覧ください」組合長が言い終えるより早く、影から抜け出した少女が書棚から一冊の資料を抜き出した。恭しく差し出されたのは、古びてはいるが手入れの行き届いた、分厚い革張りの台帳であった。
「助かる」ウィルヘルムは短く礼を言い、それを受け取った。
「何々……『緋龍の骨は、かつては王族の儀礼用武具や、最高位の聖女が持つ法具にのみ許された禁忌の希少材である』……。ふん、こういうおとぎ話はいらないな。俺が知りたいのは実用性だ」
仰々しい前口上を指先で弾き飛ばし、ページをめくる。そこには、緻密な細密画で描かれた数々の品が並んでいた。ウィルヘルムが多様な加工例に目を通し始めると、背後から一同が我先にと覗き込む。「緋龍の骨」を使ったマリへの特別な贈り物について、まるで子供のように楽しげに議論を交わし始めた。
「それで組合長。この資料にある品なら、どれでも作れるのだな?」ウィルヘルムの何気ない問いに、組合長は凍りついた。
「……いいえ。これほどまでの技術を持つ者は、今や……」組合長がしょんぼりと肩を落とすと、ウィルヘルムは台帳を繰る手を止め、顔を上げた。その鋭い眼光が言葉尻を捉える。
「――いない、というのか」
「――っ!」低く響く声に、組合長の背後に潜んでいた少女が、声にならない悲鳴を上げた。気配を消すことさえ忘れ、彼女もまた組合長に倣ってがっくりと肩を落とす。
(あ~ぁ、ウィルを怒らせちゃったよ……)一同は互いに目配せを交わし、絶望的な空気の中で密かに溜息をついた。
「組合長、提案がある。供給がごく僅かなのだから市場原理で価格は跳ね上がるだろうが、俺はこの緋龍の骨をただ売り払って小銭を稼ぐつもりはない。真の利益は、加工という付加価値を乗せてこそ生まれるものだ。俺が重視するのは『技術者』の育成。磨き抜かれた技に独自の刻印を打ち、品質を保証することで、揺るぎない『信用』を築き上げる。数年後、この紋章が刻まれた製品は金塊を凌ぐ価値を持つはずだ。技術こそが、我々に永続的な繁栄をもたらすと信じている」
それは現代の視点で見れば、原材料の確保から製造・販売までを一貫して掌握する『垂直統合型モデル』であり、品質保証によって付加価値を最大化させる『高級ブランドのイメージ戦略』そのものであった。
ウィルヘルムは不敵に唇の端を上げた。
「そこで、骨の欠片を無償で供出し、職人たちに技を競わせる『職工技術展』を開催してはどうだ? 予算は俺が総て出す。互いの腕を磨かせ、この街の技術水準を底上げする。そして、その頂点に立った者にこそ、今回の特別な依頼を託したい。……悪い話ではないはずだ、どうだ?」
「……育成、でございますか」組合長はウィルヘルムの真意を測るように、その瞳を覗き込んだ。単なる贅沢品の注文ではなく、稀少な素材を『種火』として街の未来を語り始めた男の言葉に、商売人として『信用』そして、なにより『技術』を愛する者としての血が騒ぐのを感じた。
「職工技術展、そして技術者の育成。……殿下、それは我らの悲願でもあります」組合長は震える手で、研磨された『緋龍の骨』を取り出した。
「『緋龍の骨』の加工には並外れた集中力と、既存の道具を使い潰す覚悟、そして何より『型にはまらぬ発想』が求められます。若き職人たちにこの素材を触れさせる機会を与えていただけるのであれば……この街は、大陸随一の『匠の都』として生まれ変わるでしょう」
背後でカタログを覗き込んでいた一同も、組合長の熱の籠もった声に、顔を上げた。
「へぇ、俺たちが贈るプレゼントの試作が、そのまま街の発展に繋がるってわけか。悪くないな」
「マリちゃんの包丁を作る技術が、新しい歴史を作るかもしれない、ってことね!」
ウィルヘルムは不敵に口角を上げた。
「そうだ。俺が欲しいのは、過去の王族が愛でた骨董品ではない。マリが毎日使い、皆が日々身につけ、この街の職人が誇りを持って創り上げる『今、この街でしか作れない逸品』だ」
ウィルヘルムは重厚な台帳を音を立てて閉じた。
「組合長、話は決まりだ。条件は一つだ」彼はマリの頭を撫でるロキエルの手元に視線を移し、それから組合長を鋭く射抜いた。
「なあに、難しい話じゃない」 ウィルヘルムは少しだけ声を和らげ、しかし断固とした口調で続けた。
「その技術展の『最優秀作品』の審査員には、実際に使う者、身に着ける者……つまり、マリを据えること。技術の価値を決めるのは、権力者の鳴らす金貨の音ではなく、それを使って幸せになる者の笑顔であるべきだからな」
ロキエルの腕の中で、マリは驚いたようにぱちくりと目をしばたたかせ、ロキエルは我が事のように嬉しそうに微笑んだ。
「承知いたしました。……組合の総力を挙げ、『緋龍の骨』が新たな歴史を刻む瞬間を、必ずや演出してみせましょう」組合長は深く、深く頭を下げた。
こうして、一人の少女への『ご褒美』から始まった計画は、街全体を巻き込む壮大な『技術の祭典』へと動き出したのである。




