婚約破棄するなら、今すぐその服脱いで返して?
エリザベス――中身はクレープを愛する大阪庶民――は、ゆっくりと首を傾げた。その瞬間、脳の奥で「チャリンッ!」と硬貨が弾けるような音がした。
(……なんや、これ。ウチの頭の中に、見たこともない膨大な帳簿が流れ込んできよった。あ、これエリザベスとしての記憶か。どれどれ……。え、うわ、えっぐ! なにこの公爵家の総資産。……あ! あれ、イケメン殿下の横の姉ちゃんが首から下げてる石、これやん!)
その視線は王子の顔ではなく、マリアが首元に下げているペンダントに釘付けになっている。インストールされた記憶によれば、それは紛れもない「資産」だった。
(……間違いない。ウチの公爵家が先祖代々守ってきた『魔導王の涙』やんけ。なんであの姉ちゃんが勝手につけとんねん。しかも無償レンタルか? 契約書はどうなっとんねん!)
怒りよりも先に、「損得勘定」が脳内のソロバンを猛烈な勢いで弾き始める。
「おい、聞いているのか!」
アルベルト王子の怒鳴り声。エリザベスは、深いため息を一つ。そして、淑女の礼をかなぐり捨て、ドレスの腰に手を当てて仁王立ちになった。
「……あのな、殿下。さっきから『真実の愛』やの『絆』やの、えらいふわふわした言葉ばっかり並べてはりますけど。……その前に、精算せなあかんこと、山ほどあるんとちゃいます?」
広間に、場違いな響きの言葉が響き渡った。マリアが「えっ……?」と目を丸くする。
「えっ、ちゃうねん。姉ちゃん、そのペンダント。それ、ウチんところの家宝や。婚約しとるから『貸して』ただけで、婚約破棄するんなら速攻で返してもらうで。あと、そこの王子!」
「な、なんだ!」
「あんたが今着てるその特注の礼服。それ、ウチの親父が『将来の婿殿に』って、仕立屋に大金積んで作らせたやつや。破棄するんやったら、それ脱いで返してな。今すぐ、ここでや。裸で帰る勇気あるんやったら、婚約破棄でもなんでも受理したるわ」
「き、貴様っ……何を、下品なことを……!」
アルベルトの顔が、屈辱で真っ赤に染まる。だが、エリザベスの勢いは止まらない。脳内に流れ込む「公爵家の支出データ」が、彼女の闘争心にガソリンを注いでいた。彼女にとって、この豪華な王宮はもはや畏怖の対象ではない。「不当な契約破棄を目論む、たちの悪い取引先」に過ぎなかった。
「下品? 踏み倒す方がよっぽど下品やろ。……ほな、マリアさん。あんたも運命とか言う前に、そのドレスのレンタル料、ウチの会計係に振り込んどいてな。あ、利子もキッチリつけさせてもらうで。王家御用達の金利、なめたらあかんで?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




