死因:クレープ。目覚めたら婚約破棄の真っ最中でした
行列の絶えないその店は、甘いバターの香りと、客たちの賑やかな笑い声に満ちていた。 エリは、手にした「特製生クリーム・イチゴ増量クレープ」を幸せそうに眺めていた。
「これや……これのために一週間仕事頑張ったんや……!」
最初の一口。モチモチの生地と、冷たくて濃厚なクリームが口の中で爆発する。しかし、その至福の瞬間は、あまりに呆気なく「終わりの時」へと変貌した。
不運にも喉の奥に張り付いた生地が、酸素の通り道を遮断する。視界が急激に色を失い始めた。
さっきまで耳をつんざいていた大阪の喧騒――電車の走る音、呼び込み、若者の笑い声。それらが水底へ沈むように遠ざかり、ただ、残響だけが尾を引く。見上げた空の青は、滲んだインクのように白く濁り、商店街の極彩色の看板は、光の破片となって闇に溶けていった。
「……ちょお……誰か、背中叩いて……」
指先から力が抜け、食べかけのクレープがスローモーションで地面へ落ちていく。アスファルトに散らばった真っ赤なイチゴが、最後に見た「現実の色」だった。音のない世界。意識は、深い、深い、紺碧の底へと沈んでいった。
――はずだった。
「……エリザベス! 貴様、聞いているのか!」
鼓膜を突き刺す、傲慢な男の声。消えたはずの視界が、今度は耐えがたいほどの黄金色の輝きを伴って蘇る。
(……うるっさいなぁ、どこのアホやねん……ウチは今、クレープと今生の別れをしてる最中やぞ……)
重い瞼を押し上げると、そこは大阪の路地裏ではなかった。天まで届きそうな白い柱が並び、壁一面にはまばゆい金細工の紋章が埋め込まれている。そこは、見る者を震え上がらせるほど、圧倒的な富と権力に満ちた空間だった。
そして、目の前には金髪を逆立てた、いかにも「性格の良くなさそうな」美形男子が、指をこちらに突き立てて立っていた。
「自分の罪を認め、この場で聖女マリアに謝罪しろ! さもなくば、婚約を破棄する!」
隣には、洗練された香水の匂いをさせた、お上品そうな女がしがみついている。
「……そうなのです、エリザベス様。殿下と私は『運命』に導かれ、魂で引き寄せ合いましたの。愛のない契約に縛られた貴女には、きっと理解できないでしょうけれど」
エリは、しばし呆然と周囲を見渡した。そして、自分の胸元を触る。……苦しくない。 けれど、あるはずのクレープがない。
(……嘘やん。ここ、どこ? っちゅうか、ウチのクレープは!?)
混沌とする頭の中で、一人の男の声がさらに追い打ちをかける。
「聞いているのか、この悪女め!」
その瞬間、彼女の中の「大阪人の魂」が、ついに限界を超えて火を噴いた。
「……あ、あの、ちょっとよろしいですか。さっきから『悪女』だの『破棄』だの、えらい威勢ええけど……あんた、誰?」
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次回、いよいよエリが「慰謝料の計算」を始めます。どうぞよろしくお願いします!




