勃興の宰相
傭兵の忠誠の短編
「ベネリ」
血で全身を濡らしたまま城主の間へと到着した先王が発した最期一言は短く、そして他の者達には分からない程小さいものだ。だが呼ばわれた本人である彼、ベネリ・シュヴァリエの耳と心には確かに届いた。
『息子を頼む』『国を頼む』
先王ブライト・オウルの目は、確かにそう訴えていたのだ。
女王が身罷られてから、10年と数カ月。それまで敵の血で手を染めて来た”フクロウのブライト”は、この期間でやっとその手で彼の息子たちを抱き上げた。それから手塩にかけて育てた彼の息子たち……
長男のモルガン・オウル。彼は父譲りの勇気と頭の回転、母譲りの優しさと丁寧さがあった。彼が王に即位したその日から、王国は発展を続けると確信できる王と成ったであろう。彼は、先王ブライト・オウルを生かすために戦場にて散った。
長女、次女共に、既に政略の為に遠方の戦友の息子と、隣接の王家へと家の為に旅立った後だ。
そして、このオウル王国を継承できる最後の一人であるモーリス・オウルは無能であった。高い金を払った家庭教師はあまりの覚えの悪さに匙を投げた程である。
「さて、如何したものか」
ベネリは、彼の同僚の二人と顔を合わせてあれこれと意見を交わしていた。
ひとりはベネリとブライトが森の梟団という傭兵団に居た頃からの戦友であるベンソン、今は苗字を手に入れてベンソン・ダシルヴァと名乗っている。
女と見ればすぐに目の色を変えていた彼も、自慢のブロンドは茶色に近くなっていて、これまでの苦労によって額と眉間には深い皺が刻まれていた。半ば押しかけられる形で始まった妻との結婚も、今はすっかり尻に敷かれて落ち着いている。もっとも、深い皺の原因がこちらとも言えないが。
もうひとりは、我々が森の梟団として”国盗り”を行った後に、最も我々の国家の中枢に深く食い込んだ男、ジャン=バチスト・ボーヴォワール。ボーヴォワールの苗字は、景色の良い所という意味である通り、ヨルミ湖を望む丘陵地帯と盆地と街の領主家であった。
ブラウンの髪に青い目と高い鼻を持つ彼は、整った顔を隠すように口回りと顔の輪郭に沿って髭を生やしている。本人は「貫禄がないから」と言っているが、無精ひげのように見えるその風貌の方が、貫禄なくみえる事は未だに言っていない。
そんな”貫禄のある”彼であるが、政治というものにからっきしであった森の梟団出身の男達を、一人で支えて来た偉大な男だ。自分より10も下の彼は、城の留守居をしていたからか年のせいか、それともブライトに思い入れが無いのか、我々よりも随分と元気に見えた。
「如何も何も、我々でお支えするしか道はありませんよ」
「ジャンの言う通りだ。ベネリよ……俺達はブライト団長に生かされて、ブライト国王に人生を作って貰った。何を迷う事があるんだ?」
いの一番に言葉にしたのは、予想外にもジャンであった。その言葉に深く頷きながら、ベンソンは言葉を繋いだ。
「別に…お支えしないだとかを言っている訳ではない。”どう”お支えするかの話だ」
「なら簡単だ。モーリスは無能であるが、愚かではない」
「おい!ベンソン!言葉を慎め!!」
怒鳴られたベンソンは肩を竦めて目を逸らしたが、他ならぬベネリ自身も、15になるモーリスが無能であることは分かっている。だが、愚かではないというのはどういうことか…自分には分からなかった。
「それはな、別に無能であることは問題ないんだよ。俺達が担ぐ旗印が軽い分には問題ない」
「ベンソンさんの言う通りです、愚かだと事が深刻になります。権力に魅入られ、それを全て自らの手に収めようとするとなれば、我々臣下の行う事まで口を出してくる。臣下がより広い範囲を掌握しなければならないにも関わらず、それを疎ましく思われるようでは……」
ベネリは静かに「王国は崩壊するか」と呟いた。
今は大人しいモーリスの性格が、年を重ねるごとに我々を疎ましく思ったらどうしようか、我々を政治と軍事の中心から遠ざけ始めるようであればどうしようか……その時には、ブライトには申し訳ないが国を離れさせてもらおうか。もはや、彼に受けた恩は返せたのではないだろうか?
ベネリの手記からは、このモーリスという戦友の不出来な息子を、如何しようかと苦悩した様子が伺える。もっとも、モーリスは王国を継ぐべき者達が自分以外に居なくなったのち、無事にオウル王家の家督を継いだ訳だが、それは先王ブライト・オウルの残した忠義に篤い遺臣たちの相当な苦労があったに違いない。
モーリス・オウルのもっとも誇るべき点は、彼の性格であろう。
結果から言ってしまえば、彼は人生を通して温厚でいて慎ましく、配下の決める事に口を挟まなかった為に国家が機能不全に陥る事は無かったのだ。勿論有能な部下を持たなければいけないのだが、それはブライト・オウルが残した遺臣たちとその息子たちが有能であったのと、モーリスの最も大きい功績とも言える”不敗のダフラン”を見出して、出世させた事によって、オウル王国は着実に領土を広げた。
これにより無能と誹りを受けたモーリス・オウルは、愚かでなかったために”オウル王国”の中興の祖と呼ばれるまでに至るのだ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




