その日の名は⑤
『(中略)……七月二八日、美々の誕生日は三人で沖縄で祝おうね。それでは美々。美しくなった姿を父さんに見せておくれ。会えるのを楽しみしているよ。マリンスノーが舞い散る沖縄の海、ドルフィンより、我が娘ヒノナに愛を込めて……。父より』
ー七月二二日(水曜日)二一四0Z(グリニッジ標準時)北緯二五度・東経一二九度
丁度、美々を乗せ同月十九日に予定通り仙台港を出港したサン・ファン・バウティスタ号が航行する海域の近く、沖縄石垣島北々西約一00数㎞の海域は物々しい様子だった。六八八級SSN、即ちアメリカ海軍所属のロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦三隻、そしてロス級に囲まれる様に、その中心にロス級より一回り以上も大きな新型のSSNが浮上していた。そして、その四隻の攻撃型原潜より少し離れ、DSRV(ディープ・サブマージェンス・レスキュー・ヴィークル)、即ち深海救助潜水艇アヴァロンを搭載した海軍所属の潜水艦救助船と太平洋第三艦隊所属のフリデート艦が三隻停船している。 上空から見ると、三隻のロス級は正三角形を描き、その重心に新型SSNという配置。 浮上したロス級は、ESMアンテナ及び、UHF(極超短波)用アンテナと、潜水艦専用通信衛星からの信号の受信用レーザー発信機を伸ばしている。だが、奇妙にも前方と後方の甲板に、通常ではある筈のない装置が取り付けられているのだ。至る所で機器が露出し、アンテナ類の伸びる部位の前にある艦首ハッチから太いコードが無数に伸び、その装置に接続している。見た目では解らないが、これは、発熱量六七00kcalの石炭を三000t燃焼して得られるのと同等のエネルルギーが得られる、一kgのウラン二三五の核分裂を利用する原子力エンジンの膨大な電力を使った磁力線発生装置だった。
そして、前方甲板にはテスラコイルが一基備えつけられている。テスラコイルとは、変圧器のの昇圧現象と巻線の共振現象を組み合わせ、減衰高周波高電圧を得る為の装置である。これらは浮上中に取り付けられたものらしい。
ロス級三隻全てに、同様の磁力線発生装置とテスラコイル一基が波がかからぬように組まれた台場の上に備えられており、三角形の重心にある新型原潜の方には、前部ハッチと後部ハッチの近くに、各二基ずつ、四つのテスラコイル装置のみが装備されていた。
全ての原潜に小型船が横付けされ、その甲板では技術者達が忙しく動き回っている。
「司令! 作戦開始時刻二0分前であります」
原潜から三00ヤード離れて停船するフリゲート艦『カーツ』のブリッジで、太平洋潜水艦隊司令官ロナルド=ヘイズ中将が、双眼鏡で原潜の停船海域の状況を把握していた。「司令!」という通信士の声に、いかにも軍将校らしいイカツイ顔をしたヘイズ中将は、「何だッ!」と、双眼鏡を覗いたままブリッジ中に響く程に居丈高に怒鳴った。だがそれは彼の性格から来ているものではない。今現在の緊迫とした状況が、ヘイズ中将にそうさせたのだ。汗で中将の体はベタつき、軍服の脇の下、背中がビッショリと濡れている。
ブリッジ中が緊迫の空気に包まれ、この艦の艦長や士官達もひどく緊張した面持ちだ。「ホワイトハウスより入電! 大統領からメッセージです! 『作戦が成功し、このアメリカが、現代が維持される事を切に願う』、ですッ!」
通信士のその言葉に、ヘイズ中将は双眼鏡を下ろし、
「そうか……。よし! モード博士を呼び出せッ!」
「アイッ! サーッ!」
「モード博士! 『カーツ』のヘイズ中将から通信です!」
フリゲート艦『カーツ』の前方、新型原潜に接舷する小型船の甲板から、原潜甲板で、ある装置の最終チェックに入っている中肉中背、白髪の老人に声が飛んだ。
タイゾー=モード博士。物理学の世界的権威で、フリーエネルギー研究の泰斗だ。
「何だッ! こちらは手が離せない! ……バカモノ! その入力値は1.56だッ!」
小型船ブリッジでマイクを持つ助手の方を振り返らず、博士は原潜の甲板に設置されたコンピューターのモニターを凝視し、キーボードを叩く助手に激昂している。
「作戦開始時刻二0分前だが、準備は大丈夫なのか、との事ですッ!」
「あとは微調整だけだ! 準備は万端! 軍人は黙って見とれとでも云っておけッ!」
と叫び、眼鏡をクイッと上げたモード博士は、更にこう呟いた。
「……エルドリッジ号の様に、大事な部下のドルフィン(潜水艦乗り)を原潜のチタニウム合金の中に埋もれさせたくはなかろうが……」