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その日の名は  作者: 篁 石碁
その日の名は
4/11

その日の名は④

『Dear CHU2』で始まる英文の手紙だが、訳して書く事にする。読者の為にも、いや! 何より筆者の為でもあるが……。ま、それはさておき、



『私の愛する美々。元気にしてるかい? 少し早いが、十八歳の誕生日おめでとう! この手紙と一緒に、あるものをそちらに送ったが、もう見てくれたかな?』


 美々は机の上に置かれていた、リボンが掛けられプレゼント用の包装がされた小箱を手に取り、それを開けた。そこには、これもリボンが掛けられた小瓶が入っていた。小瓶の中には、透明の液体が満たされている。

 美々は小首を傾げ、「……水、かな……」と呟き、そして「!」と閃いた。


『感がいいヒノナの事だから云わなくてもわかった事だろう。そう、これは、一週間前に父さんがミッドウェー海域の深海調査で発見した新種の生命体の一部なんだ』


「やっぱり!」と叫び、ヒノナは右手でその小瓶を持ち、まじまじとその液体を眺めた。

『色々な意味で面白いものだから、可愛がって欲しい。その面白さはヒノナが自分で発見するんだよ。それと、同封したチケットを見てくれ』


「えッ? ……あッ! これね」と云って、美々は、ベッドの上に置いた便箋を取りその中を覗き込むと、一枚のチケットが入っていた。それは、サン・ファン・バウティスタ号の乗船チケットだった。仙台港出港予定日が七月十九日とある。

 世界に仙台をアピールする為、巨額の宣伝費を投じてバウティスタ号は宣伝され、チケットは全世界で同時発売。が、それは定員数に対する五0%で、あとは世界の政界、財界の大物が招待客として乗船する事になっており、千人の一般客用のチケットの内日本で発売されたのは三五0枚。しかしそれも、実情はその他の政財界関係者や報道関係者に配られたも同然だった。つまり、この船の航海が深く政治的意味合いを持っている事を如実に示していたと云える。何せ、嘗て伊達政宗がその遠望達識で西欧に使節を派遣した船に準えた客船を建造し、日本国民にその政宗公の偉業を再認識させ、仙台重都構想が国民的コンセンサスを得る為の基盤を固めたいという政治的意図と共に、世界に仙台をアピールする為の航海である。内外の要人の乗船に備え、乗船に当ってのチェック、警備態勢も当然厳しくなる事が予想され、一般客にチケットがなるべく渡らない様にされたのも、テロリスト等が一般客として紛れ込む可能性を抑える為の措置でもあった訳だ。


 だから、普通でいけば、美々などには手に入る事のないチケットである。


 烏枢沙摩の明皇一族の当主、明王玲司の一人娘、美々。彼女は、まだ自分の家が天皇家さえも凌ぐ高貴な家柄である事を知らない。


「お父さん、よくこんなプラチナチケット手に入ったわねぇ」


『……と、思ってるだろう? 実はこのチケットは、お前の愛しの君、ベベルゥ君から、誕生日のプレゼントとしてお前に渡してくれと頼まれたものなんだ』


「えっ?! ベベルゥ君から?! だったら納得。でもどうして直接私に送ってくれなかったんだろ」


『……と、思ってるだろう? 恥ずかしがりやで思いやりのある、そういう男なのさ、彼は……。美々も知っての通り、彼は十歳まで辛い少年期を過ごしてきたからね。だからこそ、彼は人一倍優しい青年になった。彼との縁組はお祖父さん同士が決めた事だが、そんな事は関係なく、そんなベベルゥ君を愛してあげて欲しい……』


「お父さん……」


『お前はこのチケットで仙台から船に乗りなさい。ベベルゥ君は、彼の母上の石垣島の実家に寄ってから、那覇から船に乗る予定になっている。いよいよ、実際に会えるね』


 美々は、ベベルゥがプレゼントしてくれたそのチケットを胸に抱き締めると、口をヘの字にして歯を食い縛った。涙を流さない為に。何年も文通していた運命の人に、漸く会える! その想いが、とうとう一筋の雫に変わり、美々の薄いピンク色のリップを塗った唇に、甘い感傷と、ほろ苦い涙を与えるのだった。


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