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その日の名は  作者: 篁 石碁
その日の名は
3/11

その日の名は③

此処は、薙刀術の道場である。美々の母(旧姓は庵野)は、直心影流薙刀術の相伝者で、仙台市支倉町(筆者が仙台市観光課に尋ねたところ支倉常長とは無関係だという)にあるこの道場も、仙台藩認可の江戸中期よりある由緒正しき道場である。

 因みに、仙台藩の武術については不明な点が多く、実際『伊達家文書』で確認されている薙刀術の流派は、穴沢流、鈴鹿流、静流の三流派だと云う事を一応付記しておく。

「あ、本当?」

 額の汗を軽く拭い、夏菜は態とらしく驚いて見せた。実は夏菜は既に読んでいたのだ。

「いい? 読むわよ。え~とね……、『……七月四日から、琉球大学の明王玲司教授を中心とする国際海洋調査団が、沖縄県石垣島北々西一00kmの地点で深海調査を行っている。同教授によれば、一万五千年程前に沈降した『琉球古陸』こそ伝説のムー大陸であり、ムー帝国の首都とされるヒラニプラこそ、沖縄の伝承で海底にあるとされる理想郷、ニライカナイであると言う。近年沖縄沿岸で海底遺跡らしき構造物が立て続けに発見されており、学会でもその調査結果に注目している。尚、その深海調査で採取された生命体らしき物体は、新種である事が判明した。その新種の生命体は、無色のゼリー状の形態を有している事から、海月の変種ではないかとの見方も出ているが、太古から生き続ける原始生命体の可能性も有るとの事で、生命誕生の謎を開示する為の貴重な発見だと、海外の研究機関からも、そのDNAサンプルを求める声が寄せられている……』、だって」

 美々はそう読み終ると、道場の端の方に雑巾を滑らす夏菜の方に視線を向けた。

「お父さんも頑張ってるわね。で、あなたの方は今日のテストは頑張ったのかしら?」


 道場にペタンと座り、新聞を広げる美々に夏菜がそう言うと、新聞を投げ出し、美々は道場の床に大の字に寝転んだ。そして、江戸時代からある道場の古びた天井を仰ぎ、

「お父さん仕込みの英語と理科は多分満点よ。だけど……」


 と、言うなり美々はハンドスプリングで跳ね起きた。スカートがフワッと舞い、その中から長いスラッとした足が覗く。そして、着地成功!予期される母親の叱責が飛ぶ前に、美々は逃げる様にして道場と母屋を繋ぐ渡り廊下の方へ掛け出し、振り向きざまに、

「あたし四分の一は外人よ。国語や漢字なんて四分の一出来れば、い・い・の・さ」

 と言って、ペロリと舌を出した。だが、そんな美々の後ろ姿に向かって、

「あら、そんな事云ってると、いいものあげないもんね~」

 と、夏菜がおどけて云うと、美々の耳がピクピクッと動き、その足がビタッと止まる。

「いいものって、もしかしてお父さんからの誕生日プレゼントッ!?」

 再び振り向きざまにそう声を出した美々。今度はそこにはとびきりの笑顔があった。

「あなたのお部屋に行ってみたら?」と、夏菜がそう云うや否や、美々の姿は道場から消えていた。そして「今度のテストは頑張りま~す」という声だけが夏菜の耳に届いた。「もう、あの娘ったら!」と云って、夏菜は困った顔をしながらも、半分微笑んでいる。


「フーッ。だけどあなた……。あなたが沖縄の海に出ていても、美々は立派に育ちましたよ。何せこの仙台の父親、伊達政宗公に優しく見守られているのですからね……」


 夏菜は、秋になれば美々の様に可愛らしい白い花を咲かせる県花のミヤギノハギが一面に植えられている庭先の方に歩を進めると、そこから嘗ての青葉城の方を眺望した。初夏の日差しに新緑が映え眩しい位である。時代が流れても、青葉山はやはり青葉に覆われ、それを眺めるだけで仙台の歴史を感じさせ、見る者の心を霽月にするのだった。

 支倉町から眺めると、仙台二高、東北大学、仙台博物館、その先に青葉城(仙台城)跡がある。四百ッ六十年前と同様そこには、独眼龍伊達政宗公が仙台城の懸造の眺瀛閣で仙台の民を見守ったが如く、今は伊達政宗公の銅像が、美々を、そして仙台の民全てを厳しく、そして暖かく見守っていた……。

 ただ一つ違うのは、政宗公の『儂の死後は、全ての画、像には右目を入れよ』との遺言通り、その銅像の政宗公の尊顔に、失われた右目が入れられている事だけだった……。

 夏菜は目頭を熱くし、手に持っていたもので涙を拭く。が……、


「いやだ~! 雑巾じゃないの~」


 まだ三十一歳の夏菜が顔を真っ黒にして、オチがついたところで一段落。


「うわ~ッ! やっぱりお父さんからだッ!」


 美々は、十代の少女の感性で飾られた可愛らしい内装の自室のベッドに腰掛けて、父、沖縄にいる玲司からの手紙を広げていた。

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