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その日の名は  作者: 篁 石碁
その日の名は
2/11

その日の名は②

 その一カ月前の事……。丁度、極楽の夏休みを前に、中学生達が地獄の学期末試験の底から這い出してきた頃、ぶっちゃけた話、テストが終わったその日の午後の事だった。

 宮城県仙台市。孤高の猛将、あの独眼龍伊達政宗が、慶長六年(1601)四月十四日に、まだ未完成だった仙台城に入城し、仙台開府が為されてから四百三十周年と云う2031年の事。その記念博覧会開催の各種工事や何やらで県内の各界全てが活気だっていた。

 此処に来て政界に再燃してきたのが、仙台首都機能移転論である。昭和六一年九月に打ち出された第四次全国総合開発計画は、仙台に第二国会議事堂、松島に第二迎賓館、山形に最高裁判所を建設するといった内容を盛り込んで一役注目されたが、国民的コンセンサスが充分に得られるかが一番のネックだった。

 そして、仙台開府四百三十周年を目前に控え、仙台重都構想が政界で再燃させる為、その国民的同意を得る為の意図を含め、全国に仙台をアピールする為に、宮城県では県内や東北の各企業の協力(いや、勿論そこに東北出身の大物政治家による働きもあったが……)によって、大型豪華客船サン・ファン・バウティスタ号が建造された。 そのスペックは、LoA(全長)×Lpp(垂線間長さ)×B(型幅)=301.20m×272.00m×38.00m。GT(総トン数)=約100,000T。主機ディーゼル4機に電動2軸プロペラで、航海速力18.6ノット。客室1,200室。十万トンにも関らずにも、旅客定員は2,150名と、一人当りのスペースにも余裕がある。 サン・ファン・バウティスタ号……。伊達仙台藩が江戸初期に太平洋横断の為に造船したガレオン船の名前である。遠藤周作の小説『侍』で、独眼龍に次いで宮城県が誇る有名人、悲劇の使節として広く人口に膾炙されるようになった、あの慶長遣欧使節の正使、支倉六右衛門長経(『常長』という名は誤りだと松田毅一博士は云っている)が、イスパニア人のフランシスコ会司祭のルイス・ソテロと共に乗船、於勝郡(現石巻市)月ノ浦を出航し、ノヴァ・イスパニア(メキシコ)のアカプルコまで二往復したこの黒船。復元された500tのガレオン船が、今も石巻港に係留されているが、先日進水式が行われ、やはりサン・ファン・バウティスタ号と名付けられた豪華客船は、ざっとその二百倍の総トン十万tという大型客船だ。まさに仙台遷都アピールに相応しく、海に浮かぶ仙台城とでも表現出来る、雄々しい姿だった。

 当初、仙台藩六二万石の数字に因み、六万二千トンの計画だったが、徳川家康と交わされ、結局反古にされた百万石のお墨付きを今こそ! と、一桁足りないが十万トンになったと云う。だが、実際伊達仙台藩は表高六二万石どころでなく、実高は祐に百万石を超え、帆足万里は『東潜夫論』で二五0万石、安井息軒は『読書余滴』で二00万石論を唱えている。正に本邦第一の藩こそ伊達仙台藩だったのだ。それに相応しく、世界最大の豪華クルージング客船こそ、サン・ファン・バウティスタ号だった。

 しかしながら、1999年12月に、国会等移転審議会は、「栃木県那須・福島県阿武隈」と「岐阜県東濃・愛知県西三河北部」を移転正式候補地、「三重・畿央(三重、滋賀、京都、奈良の四府県境)」を準候補地にすると答申。ここに仙台重都構想は立ち消えになった。

 それに伴い、サン・ファン・バウティスタ号の建造も資金繰りが上手く行かず、一時中断になっていたが、その造船会社に仏蘭西王家のある一族を総帥とするコングロマリットが資本参加するに至って、2063年に漸く就航の運びとなった。

(その資本参加の裏には、その一族の総帥の孫と、天皇家よりも由緒ある日本のある一族の血を引く、仙台在住のある少女との縁組があった事は、あまり知られていない)その豪華客船の処女航海を記念して、アンダー19、即ち十九歳以下で、未来のスーパーモデルとして活躍しそうな少女を選考する「SUPER MODEL LOOK ’31」が、その航海中に、太平洋上で行われる予定。そして人間国宝観世小次郎時宗氏も乗船し、そのコンテストの前に演出として文楽が催されるとの事。出航は七月十九日、などといった文字が華やかに踊る新聞の一面広告を捲ると、国際面の隅に小さな記事があった。「お母さんッ! 見てこの新聞! お父さんの記事が出てるわ!」


 新聞を持ち、叫びながら畳を蹴る様に道場に入ってきたのは制服姿の明王美々である。

 道場には美々の母、夏菜が袴姿に襷掛け、一人で掃除をしていた。

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