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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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94.ジェットとレミ①

 五、六百年ほど前になるだろうか。

 人間やその他の種族がよく戦争をしている時代があった。あちこちで戦火が上がり、飽きもせずに戦争を繰り返して、領地を奪ったり奪われたり、命を奪ったり奪われたりしていた。

 悪魔にとっては魂を狩るのに最高の場だったのだが、当時は少々困ったことになっていた。

 ある人間の魔術師が『悪魔を呼び出して強制的に契約を押し付ける術』を編み出していたのだ。その術が悪魔にとっては本当に厄介で、呼び出されたが最後、術者に従うしかなくて相当な屈辱だった。

 ジェットもその術の餌食になり、幾度となく呼び出されて無理やり『契約』を押し付けられた。不運だったのはジェットの悪魔の中でも魔力量が大きく、固有の能力が戦争向きだったことだ。だからそのことを知った人間たちがこぞって呼び出したがった。

 固有の能力というのは構造を理解した武器を魔力が続く限り生み出し、操れるというものだった。

 人間たちは武器の製造をしなくていいし、何ならジェット一人に戦場を押し付けることもできたので楽だったろう。

 『強制契約』のせいでジェットの他にも戦争向きの能力を持つ悪魔たちが次々に戦場に送り込まれた。人間同士、或いは人間と他種族の戦争のはずなのに何故か悪魔同士で戦うこともあり、本当に癪だった。

 今回に限り悪魔に非はなく、呼び出した人間の責任だったが、大半の憎しみは悪魔に向けられることになる。憎しみを向けられるのは構わないものの、それで無闇矢鱈に敵意を向けられ、攻撃をされるのが面倒だった。


 そして、その状況を憂いたのが当時ブラッドヴァール家の当主であったフリーデリーケである。

 彼女は長く淡い金髪と赤い目を持ち、吸血鬼らしい美しい容姿には華があった。吸血鬼の中でも発言力があったので一目置かれる存在だった。

 戦争と戦闘の僅かな合間、ようやく『契約』から開放されたジェットはそんな彼女に声をかけられた。


「貴方がジェットね? 貴方は人間に呼び出されて、無理やり『契約』をさせられるのはもううんざりよね?」


 初対面だというのに親しげに話しかけてくるフリーデリーケ。

 戦火によって焼け野原になった亡国の城跡に立つには似つかわしくない赤いドレス姿だった。

 度重なる戦争でジェットの悪名は知れ渡っているし、フリーデリーケもかなり有名だった。だから「こいつがそうなのか」という感慨を持ちつつ二人は対峙した。


「あ? 分かりきったことを聞くんじゃねぇよ」

「そう、よかったわ。──聞いたところによると契約中は他の契約を跳ね返すことができるのよね? フリーだと好きに『契約』させられてしまうんでしょう? なら、半永久的に続くどうでもいい『契約』を(わたくし)としない?」


 半永久的に続く、どうでもいい『契約』?

 現状にうんざりしていたジェットは当然興味を持った。次だっていつ強制的に呼び出されるかわからない。

 一癖も二癖もありそうな吸血鬼であったが、人間たちに馬鹿の一つ覚えのように武器を量産させられ戦場に向かわされるのには心の底からうんざりしていたのだ。


「内容と対価による」

「あら、案外ケチくさいことを言うのね」

「当たり前だろ。人間に強制的に呼び出されるのは心底うざいけど対価は悪くないからな」


 ジェットが戦うにしろ武器を生み出すにしろ、とにかく魔力がいる。人間たちだってそれくらいはわかっているので対価は『契約』に含まれていた。戦争で死んだ人間の魂を捧げる、というものだ。

 対価自体は悪くない。

 が、強制というのがとにかく癪に障ったし不愉快だった。大半の悪魔がそうだったろう。

 フリーデリーケは顔の横で両手を重ね合わせる。鼻につく仕草だった。


(わたくし)にはね、可愛い可愛い孫がいるの。息子よりずうっと可愛いわ。いずれはブラッドヴァール家を継がせたいと思ってる。でもねぇ、ちょっと弱い子なのよね……色々と」

「……で?」

「剣となり盾となって、あの子の傍にいて欲しいの」


 真っ直ぐにジェットを見る目に嘘はない。くだらない『契約』だと思った。

 鼻で笑い、足元にある石ころを蹴っ飛ばす。


「なんか今と変わんねぇんだけど」

「そうかしら? ……そうね。じゃあ、言質をあげるわ。《(わたくし)、フリーデリーケ・フォン・ブラッドヴァールの名において、気に入らなければいつでも破棄してくれていいし、その他全ての『契約』を跳ね除けるだけの効力をあげる》」


 フリーデリーケは自分の胸に手を当てて朗々と宣言した。

 当然そこに嘘はない。

 こんなことを言い切るとは思わず、ジェットは目を見張る。彼女は不敵に笑っていた。そこまでしてジェットに『契約』をさせたいとは思わなかった。


「二百年もすれば貴方の能力の情報なんて廃れてしまうでしょう。そのくらいの期間でいいのよ。──あ、駄目ね。もう一つ付け加えましょう。《ジェットの意思で他の『契約』を受けるも拒否するも自由よ》」


 ジェットは渋い顔をしてしまった。あまりに有利すぎて裏があるとしか思えないからだ。

 だが、忌々しい『強制契約』を跳ね除けるだけの効力を持ち、その上で自分の気に入った『契約』を受けられるという条件は今のジェットには非常に魅力的だった。

 フリーデリーケはにこにこと笑ってジェットを見つめている。


「……そこまでしてお前に何の得がある?」

「得? うーん、あの子をひとりにしても大丈夫な状況が作れることかしら? 言ったでしょ、あの子は弱いの。(わたくし)以外の後ろ盾をあげたいのよ。高位悪魔を従えてるなんて最高だわ」


 口元を押さえて「ふふふ」と笑うフリーデリーケ。


「それじゃそいつ自身の力になんねぇだろうが」

「最初はそれでいいのよ。あとはあの子が選び取っていけばいいの」


 ジェットの指摘を気にする様子もなく、迷いのない様子が気に入った。言ってしまえばただの付き添いなのでいつでも放り出せる。

 そう考えれば拒否する理由もなかった。

 ──思い起こせば、もう少し慎重に考えるべきだった。けれど、当時はとにかく『強制契約』にうんざりしていて、どうにかできるならどうにかしたかったのだ。


「……さっき言った条件、絶対だな?」

「ええ、《絶対よ》」

「他は?」

「そうねぇ、可能な限りあの子の望みを叶えてあげて欲しいわ。でも、これはただのお願いよ。ただ一緒にいてくれればいいわ」

「わかった。で、そいつの名前は?」


 ぱぁっとフリーデリーケの表情が華やぐ。

 千年以上生きている吸血鬼の表情とは思えないほどに無邪気だった。


「イェレミアスよ。レミって呼んであげて頂戴。最初は嫌がるでしょうけど、気にしなくていいわ。

 じゃあ、ジェット──契約成立でいいわね?」

「ああ、いいぜ」


 彼女が確かめるように言うのでジェットは頷いた。

 満足そうに笑う彼女はふんわりと宙に浮く。手にはいつの間にか日傘を持っていた。まだ夜なのに。


「じゃあ、しばらくここで待っていて頂戴。あの子に貴方の場所を知らせるから」


 ひらひらと手を振るフリーデリーケを見上げると、彼女は何かを思い出したように口元に手を当ててくすりと笑った。


「ああ、そうそう……貴方のあの子をすぐ放り出したり、適当に仕事をすることがあれば……(わたくし)、きっと口が滑って貴方の情報や悪魔と強制的に『契約』できる術式のことをペラペラと喋ってしまうでしょうから気を付けて頂戴」

「は!? お、おい!?」

「ふふふ。ただ一緒にいてくれれば良いだけよ。それにね、(わたくし)は戦争中、色んな方々を見てきたけど……きっと貴方とあの子は合うと思うの。楽しい時間を約束するわ。──じゃ、また会いましょうね」


 そう言ってフリーデリーケは姿を消した。

 最後の最後にやられてしまったという悔しい気持ちを覚え、片手で顔を覆う。

 しかし、フリーデリーケとの『契約』の効力は絶大だった。ほんの僅かな時間しか経ってないのに、その効力が身に沁みてわかる。この『契約』が生き続ける限り、呼び出しにすら応じる必要がない。応じるのはジェットの興味が湧いた時だけでいい。

 二百年、せいぜい楽をさせてもらおう──。

 そんな気持ちで小さくため息をついた。


 ふ。と、気配が増える。さっきまでフリーデリーケがいた場所に見知らぬ吸血鬼がいた。

 フリーデリーケと同じ淡い金髪に血のように赤い目。顔立ちも似ていた。


「……お前がジェットか」

「そういうお前がレミ?」


 レミと呼ぶと彼は少しだけむっとする。最初は嫌がるらしいが、ジェットの知ったことではない。

 彼は緩く肩を落とし、何をするかと思ったら急に頭を下げた。


「お祖母(ばあ)様が無理を言って申し訳なかった。非礼を詫びる」


 悪魔に頭を下げる吸血鬼──。

 そんな存在、これまで見たことも聞いたこともなかったので不意を突かれてしまった。

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