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09.悪魔の思惑

 イヌのぬいぐるみを直した頃には、日は真上に昇っていた。

 直している間、ずっとジェットとアインが近くにいて雑談をしていた。最初こそアインはジェットにビクビクしていたが、話をするうちに普通の態度になっていった。アインがジェットに対して多少軽口を叩くものの、ジェットはさほど気にした様子はない。雑談をしていてもアインがうかつなことを言わないようにしているのはわかった。

 失言をしないようにしなければいけない。ジェットのことは得体が知れなくて恐怖を覚えるくらいなので、特に注意が必要だ。

 イヌのぬいぐるみの足を全てつけたところで、「ふー」と息を吐き出す。

 さっきと同じように作業台の上にそっと置くと、イヌのぬいぐるみはぶるぶると震えてから四本脚で立ち上がると普通の犬がそうするように前後に伸びてから「ありがとワン!」と言って作業台を降り、部屋を出ていった。

 それを見送ってホッとする。何気なく向けられた「ありがとう」が嬉しい。


「ルーナ、お疲れ様です。いい感じですよ」

「二人しか直せなかったです……」

「いえいえ、十分ですよ! とても助かりました」


 アインがそう言ってルーナの手をぽんぽんと叩いた。それから窓の外を見る。


「お昼ですし、休憩にしましょう」

「そろそろ腹減ってんじゃね?」


 かなり集中していたので全く意識していなかったが確かにお腹が減っていた。空腹を思い出したところで「ぐうううう」とお腹が鳴ってしまった。

 流石に恥ずかしくなり、ばっと顔を伏せる。

 それを見たジェットがくすくすと笑い、アインは微笑ましげに作業台の上を片付けはじめた。


「片付けをしてから厨房に行きましょう。部屋を出る時は片付ける、が鉄則です」

「別にいいじゃん。他に誰もいねぇんだし」

「駄目です。ルールはルールです」


 ジェットの言葉に首を振るアイン。針や糸、ハサミなどを道具箱にしまい、元あったクローゼットの中にしまう。

 厨房に行けば朝ルディが取ってきてくれた果物がまだ残っていたはず──などと考えた。釣り道具などがあれば川に釣りにもいけるのだが、如何せんそれらを作る道具もない。

 とりあえず果物を昼食としようと思ったところで、階段を勢いよく何かが降りてきた。


「あー! こんなところにいたー!」


 部屋に入ってきたのはルディだった。ルディは身軽にルーナのところまで飛んでくる。


「あれ? ジェットもいるじゃん。何してるの?」

「なんだろ。暇つぶし?」

「ふーん。ルーナ、兎獲ってきたから一緒に食べよ」


 ルディはこの部屋のことやルーナが何をしていたのかは興味がなさそうだ。

 頭に葉っぱがくっついるのを見つけて取ろうと手を伸ばすと、その腕をルディが口に咥えた。甘噛みくらいなもので痛くはないもののちょっと驚いてしまう。


「ル、ルディ?」

「早い行こ~!」


 ルーナの都合などお構いなしにぐいぐいと引っ張るルディ。修復作業も終わったので、部屋を出ていっても問題ないはずだ。アインを振り返ると何も言わずにひらひらと手を振っている。「いってらっしゃい」とでも言いたげだ。

 空腹でもあったのでその様子に甘えて、ルディとともに部屋を出ていった。



◆ ◆ ◆



 ルーナはルディに引っ張られて部屋を出ていってしまった。

 それを見送るジェットとアイン。

 アインはさっきからジェットを意識しており、どこかソワソワしていた。

 ジェットはそんなアインの様子を楽しげに眺め、目を細める。


「なんか聞きたそうだな?」

「……。……ジェットさま、何を考えてらっしゃるのですか?」

「何って?」


 抽象的な問いかけである。しかし、アインが何を聞きたいのかはわかる。

 正真正銘の悪魔であるジェットが人間なんかに構う理由が知りたいのだろう。

 人間のことを足元にいる蟻くらいの存在だと思っている悪魔は少なくない。ただ、ジェットは悪魔の中でも人間に興味がある方だし、その愚かな生き様が結構気に入っている。何かしら理由があれば優しくもするし、手助けもする。

 けれど、それは理由があればの話。

 何の変哲もないただの人間にああやって構うことはない。


「ワタクシには、ルーナがここにいて欲しい理由があります。イェレミアスさまは望まないかもしれませんが……このままこの屋敷が朽ちることだけは嫌なのです。だから、ルーナには長くここに留まって貰い、我々の修復をして貰いたいです。……ですが、ジェットさまはこの屋敷がどうなろうと興味はないですよね?」

「ああ、ないな」

「……だからこそわかりません。自ら髪を整えてやり、可愛いと褒めてやる……普通なら考えられないことです……」


 何か狙いがあるのだろうとアインは疑っている。

 疑うのは当然で、逆にアインがこうして疑ってくれた方がネタバレを早い段階でできて楽だ。

 アインを見てジェットはふっと笑った。


「ルーナ、あいつ不味そうだろ?」


 驚く気配が伝わってきて、ぬいぐるみなのに随分感情と表情が豊かだと感心する。ここまでの魔法技術はブラッドヴァール家ならではだろう。この屋敷の元の持ち主がそういうものを好んでいたという事実もある。

 ルーナはルディと一緒に厨房にいるので、ここでの話が聞かれることはない。


「単純に痩せてて不健康だし、精神面もボロボロ。肉はもちろん、魂も血も不味いに決まってる」

「……食べる気、なのですか」

「いずれな」


 アインは納得できなさそうな声を出す。

 折角屋敷のために人間がいるのに、部外者である悪魔や魔獣に食われるのは気に入らないのだろう。屋敷のために尽くさせたいはずなのだから。

 しかし、ジェットの考えはそれだけではない。


「けど、ルーナが健康になって精神的にも落ち着いて──……レミがあいつの血を飲むなら俺は食わない。ルディも説得してやるよ」

「!!」


 黒いボタンの目が輝く。

 レミが血を飲まなくなって半年以上経つ。すぐに死ぬ訳では無いが、あの様子だと当分血を飲むことはないだろう。吸血鬼である以上、血を飲まないとどんどん弱っていくだけだ。レミはとある事件のせいでかなり衰弱しているおり、現在療養中なのだ。


「アイン。お前は屋敷の維持をしたいだろうけど、それ以上にレミのことが心配だろ? 俺のやってることはお前にとっても悪い話じゃないはずだ」


 ルーナがレミに血を与え、その上で屋敷の維持に協力するならそれ以上のことはないだろう。

 ルディの説得には多少骨を折るかもしれないが、ルディもレミのことを心配しているので渋々納得はすると考えている。


「……ジェットさまのお話は、確かに願ったり叶ったりですが、何だかルーナを騙しているようで……」

「あいつ、最初に生贄でーすって来たんだぜ? 最初から死ぬつもりだったし、その気持ちに嘘はなかった。それを有効利用してやろうってんだから本望のはずだろ」

「ウギギギギ……。……で、ですが、イェレミアスさまがルーナのことを気に入らなかったら──」

「俺とルディが貰う。代わりは他の人間探してきな」


 あっさりと言い放つとアインが更に悩みだしてしまった。頭を抱えている。本当に表現豊かだ。

 レミがルーナのことを気に入れば本人が言っていた「弁当か保存食」として長生きできる。しかし、気に入られなかったらその命はジェットとルディのものだ。

 アインが悩むのは、単純に嫌だからだ。その死に加担するのが。

 この屋敷の元の持ち主は人間を慈しみ、大切にしていた。使い魔たちはその性質を受け継いでいるので悩むのは当然と言える。


「難しく考えるなよ。お前がレミにルーナの血を飲むように言えば良いだけだろ」

「むきー! 簡単に言わないでくださいぃ……それができたら苦労しないんですよ……!」


 簡単な話ではないことは重々承知だ。

 ジェットもレミに血を飲ませようとしたが駄目だったのだ。無理やり飲ませた時に吐いたのを見て以来、静観している。


(あれ、かなり重症なんだよな……死んだらそれまでだけど、流石に寝覚めが悪い)


 そう思ってため息をつく。

 アインは悩んでいるが、きっとジェットとルディのことを黙認するだろう。

 作業台から降りてアインの頭を突っつく。「厨房に行くぞ」と声を掛けると、渋々ついてきた。

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