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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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80/158

80.過去は過去として沈みゆく③

 島が燃えている。

 美しかった草花も、珍しい動物たちも焼かれている。

 どこまでも透き通るような青い海も、島の炎を海面に映し出している。

 その光景を少し離れた上空から眺めていた。


「助けてやればよかったのに。お前が」

「……お祖母(ばあ)様とフィロの約束があって簡単に手が出せない。彼らだってオレたちの手出しは望んでないし、そもそも釘を刺されている」


 レミとジェットはガリダ軍に見つからないように周囲に結界を張り、ただ島を見下ろしていた。


「ふーん? フリーデリーケは? アイツがここに来るべきだったんじゃないのか?」

「お祖母様に関係している地はここだけじゃないし、そもそもガリダに乗り込んでいるのは知ってるだろう? 話し合いで解決を目論んでいるらしいが、まぁ、難しい話だ」


 獣の咆哮が周辺一帯に響く。

 その数秒後には空は厚い雲に覆われ、あっという間に雨が降り出した。風が吹きすさび、島全体を激しい嵐が襲った。

 まるで天罰のように雷が轟き、島の近くに停留している巨大な船とその周辺に落ちる。


(なるほど、世界が終わる時というのはこんな感じなのか……彼らが終末の獣と呼ばれているのも頷ける……しかし──)


 雷は船に直撃したものの、大きなダメージを負った形跡はない。

 ガリダ軍の船と軍隊が降り立った周辺を不思議な光が覆っており、光の内部は天候の影響を受けていないようだった。

 つまり、彼らの攻撃はガリダ軍には効果がないのだ。全く効いてないわけじゃないにせよ、彼らが切り札にしている天候の影響をガリダ軍は和らげる術を持っている。

 ジェットがその様子をじっと見つめ、やがて目を細めて小さく笑った。


「人間たちはああいうのを一騎当千って言ってるんだっけ? 人間がいくら研究して抵抗できても、生物としての強さが違うから勝てねぇ筈なんだよな、本来は」


 フィロとラケルが軍隊を蹴散らすのが見えた。

 焼き払い、薙ぎ払い、踏みつける。

 その様子はまるで象と蟻だった。

 軍隊も逃げまどっているが、逃げているばかりではない。魔法で、あるいは重火器で応戦していた。それを受けるフィロもラケルも全くの無傷とはいかず、少しずつ負傷していく。

 フィロとラケルの言葉を聞いてなお残っていた人間たちのうち大半は慌てて逃げ出し、残りは諦めて死を覚悟していた。

 幸いだったのはガリダの軍隊が上陸したのは島民が暮らしていた場所とは反対側だったことだろう。おかげで逃げる意思のある島民たちが逃げるだけの時間は稼げそうだった。

 ルディが島民たちを見守り、早く島から離れるように促していた。あの様子なら巻き込まれる心配も少ないだろう。


 ガリダ軍の戦力を削ぎ、島民の避難もほぼ完了した頃。

 流石のガリダ軍も形勢不利を悟ったのか、一斉に船へと戻り始めた。しかし、それと同時に船から巨大な砲身が顔を出す。

 それを無力化しようとラケルが船に突進していった。


「バカ、その砲台は──!」


 焦ったような声を出すジェット。見覚えのある砲身だったらしい。

 僅かにジェットの体が動くが、その場から動こうとはしなかった。代わりに固く握りこぶしを作っている。

 凄まじい轟音が鳴り響くのと、船から顔を出した砲身から鋭い光の束が発射されるのはほぼ同時だった。

 一際大きな雷が砲身に落ち、黒い煙が上がる。

 しかし、その砲身から放たれた光の束はラケルの腹を大きく抉り、右後ろ足を奪っていった。ラケルの体が地に落ちる。彼女の体を中心に赤い血が広がっていった。

 最後まで我慢をしなければいけなかったが、これ以上は見ていられない。


「ジェット、お前も来い」

「……嫌だ。今行ったら俺が何言われるかわかってるだろ?!」

「良いから! 来い!!」


 強い口調で言うと、ジェットが舌打ちをした。

 ジェットが近づきたくない理由は何となくわかった。──彼が嫌う『契約』が待っているからだ。

 ガリダ軍の船は砲身が駄目になったことで撤退を決めたのか、徐々に離れていく。

 それを見ながらラケルの傍らに降り立った。ラケルがレミとジェットを見て苦しげに笑う。


「ははっ、アンタたちの言う通りだったよ……あいつら、見たこともない武器や魔法を使ってくる……まさかウチの腹が抉るブツがあるとは、思わなかった……けど、アンタたちの予想も外れ、た、よね……勝てないってほどじゃ、なかったよ……」

「……もう喋らない方が良い」


 レミがラケルの傍に跪き、抉られた腹に手を(かざ)す。

 回復魔法は不得手だったので、この酷い傷を治せるとは思わなかった。しかし、何かせずにはいられない。フリーデリーケとの約束とやらに弾かれるかと思ったが、それは杞憂に終わる。

 出血が多少和らぐが、明らかに消耗の方が速い。

 ごぼ。と、ラケルが口から血を吐き出した。目が虚ろだ。


「神の声が聞こえると言うと、どいつもこいつも笑ったもんだけど、……ウチらの一族には、聞こえてた……でも、いつからか神の声が聞こえなくなったんだ……その時から、ウチらは世界から必要とされなくなったんだろうね……悲しかったけど、穏やかな気持ちにもなった……だから、もう好きでもない争いに首を突っ込むのはやめたのよ……ウチらの、能力も、すぐには、必要ないだろうから、って……ルディ、には、教えて、ないの……こんなこと、なら、はやく、教えとけば、よかった……」


 ラケルの瞳がどんどん光を失っていく。それを見ているしかないのが歯痒い。

 彼らの言うことなど無視をして介入すればよかった。そうすれば、せめてラケルが死ぬことはなかっただろうに。


「……ラケル……?」


 森の方からフィロがふらつきながら現れる。

 体中ボロボロで、矢のようなものが刺さっていた。血を吐き、血を流し、彼もまた酷く傷ついている。


「フィロ……?」

「うん、僕だよ……がんばったねぇ、ラケル。お疲れ様。愛してるよ。……あとは、僕の好きにさせてね……」


 ラケルを見下ろすフィロ。フィロを見たラケルの瞳に一瞬だけ光が戻った。

 フィロが傷ついたラケルの頬を舐める。彼女はどこか安心したように目を閉じ──そして、息を引き取った。

 (つがい)の死を看取ったフィロはゆっくりとラケルの傍に倒れ込んだ。


「……悪魔。ジェットって言ったっけ……? 彼女の魂はまだここにあるし、僕の命ももう尽きる……。

 僕と契約をしよう。僕ら二人分の魂なら、何をしてもお釣りが出るくらいだよね……?」


 ジェットは無表情だった。しかし、その瞳に憤りが宿っている。


「まずひとつ……僕と彼女の死体を骨も残さず焼いて欲しい。僕らの亡骸が、人間に利用されるのは嫌だ……」


 ──またそういう契約かよ……。

 ジェットの苦し気な呟きと、拳を握りしめる音が聞こえるようだった。

 フィロかラケル、どちらかがこの手の契約を言い出すだろうとは思っていた。ジェットはそれを嫌がり、レミはジェットが嫌がるのを知って連れてきた。それしか、彼らの望みを叶える術はないからだ。


「ふたつめ、こっちが本題……この先できる限り、ルディと一緒にいて欲しい。あの子はこの島しか知らないから、外の、楽しい世界を見せてあげて欲しい……あと、礼儀作法とか、教えてあげてほしいな……人間の中で暮らしても、困らないような知識とかも……」


 ぜいぜいとフィロが苦しそうに呼吸をしている。毒に侵されているのは明白だった。


「……は、人間を舐めてた、な。僕にこんなに効く毒を作る、なんて……あぁ、くやしい……」


 疲れた様子でフィロが呻く。そして、「どうするの?」とジェットを見る。

 死の淵にいるとは思えないほどあどけない表情と仕草だった。

 ジェットは答えない。だが、契約をしたくないと思っているのは明白だ。


「悪魔なんていけ好かなくて、僕もラケルも嫌いだけど……キミは僕らの知ってる悪魔とはちょっと違うんだね。相手の死を嫌う悪魔なんて初めて見た……。キミにとっては都合のいい話なのに、どうして嫌がるのかな」

「……うるせぇな。もう死ぬお前に関係ないだろ」

「確かにね~……で、契約は受けてもらえるの……?」


 息も絶え絶えであったが、フィロは答えを求めていた。

 答えを聞くまでは死なないという強い意志を感じる。

 ジェットが嫌そうに顔を顰め、フィロからふいっと視線を逸らしてしまった。そんな彼をレミは横目で静かに見つめる。

 ここでジェットが断ったとしても、フィロの望みはレミが引き受けるつもりだった。しかし、今フィロが求めているのは明確な『契約』であり、自身の魂と引き換えに『契約』を絶対に果たして欲しいという強い思いがあってこそだ。ここでレミが口出しをするわけにはいかなかった。

 その昔、戦争の道具として使われていたジェットが、今度は戦争の後始末や戦争を逃れる術を頼まれるのも皮肉な話だ。

 本人もそのことがあるから歯がゆいのだと想像がついた。

 ジェットは悪魔のくせに迷いすぎる。


「……お前らの大切な息子がどんなことになっても地獄から文句言うなよ」

「はは、神の使いである僕が地獄行きとか~……。……ま、そりゃそうか~……」


 すう。とフィロが目を閉じた。

 その顔は安らかで、これまでの使命から開放された開放感、そして大切な息子を誰かに預けられた安堵感からだろう。


「でも、よかった~……いつか、ルディに、ひとりにしてごめん、って謝っておいてくれる……?」


 そんな吐息みたいな呟きが最期の言葉となった。

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